第23話 棒人間への返済
「だあぁぁぁぁぁ、もう今日こんなのばっかりッスよぉぉぉぉ!」
「俺の方がそう思ってるわボケェェェェェ!!」
「ボクっ、もうっ、息がっ、続かないん、ですけどっ!」
「頑張ってファティ! 捕まったら全部元の通りになる!」
叫びながら走る途中、ちらと後ろを振り返れば、その数50匹、いや100匹か。後続を考えればもっといるかもしれない。
現状で逃げることしかできない以上、どれだけ増えた所で最早変わらないのだが。
「どうすんだよ相棒! このままじゃ本気でジリ貧だぞ!」
「僕に聞かれても困るッ!」
少しでも距離があるうちに方途を見つけなければ、と思う一方、そんな都合のいいことが、という諦念も混ざり始めた頃。
ふと、目についたのは屹立する巨岩。そこには年輪のような縞模様が浮かんでいた。
「――幸運の女神は、僕らを見捨てなかった、か」
「あんだってぇ!?」
「そこの岩陰だ! 僕の記憶違いでなければ!」
どうかぬか喜びで終わらせないでくれ。祈るような気持ちで足を動かし続ければ、燃え尽きた野営の跡が見え、その向こうに。
「た、タマクシゲが!」
「助かり、ましたぁ……ふへぇ……」
「げぇ!? 調理器具まで全部出しっぱなしじゃないッスか!?」
「片付けは後回しだ! 乗り込んだら戦闘配置! この場で連中を掃討する!」
「カカカッ! 家さえありゃあこっちのもんだぜ!」
これほど装甲マキナ支援車シャルトルズが頼もしく見えたことは、今までになかったかもしれない。
全員揃って開きっぱなしの後部ハッチから車内へ転がり込み、息を整える間もなくダマルはエーテル機関に火を入れ、僕は砲手席へ尻を叩きつけた。
相手が非武装数押しならば、マキナなんて必要ない。機関の始動に伴って動力を得た砲塔をぐるりと回す。
「ニンゲン! ギッギ! ニンゲ……ン?」
追い詰めたつもりだったのだろう。どこか意気揚々とした様子で映りこんだナナフシ共は、予想外の物体にぐにゃりと首を傾げた。
知らないというのは、幸福かもしれない。
『残念だったなスティックマン共! 相棒、利息をつけ忘れるなよ!』
浮き上がるスタンバイを示すインジケータ。レティクルに先頭の連中を重ね。
「ああ。手持ちの少ない焼夷榴弾だが、返済分きっちり持ってってもらうさ」
僕はトリガに指をかけた。
ヒィンと音を立てて動き出すモーターに、細長い砲身の奥で砲弾の尻を撃鉄が叩く。
高速で飛び出した1発目を、目で追える者などなかっただろう。奴らがその脅威に震えあがったのは、頭上から炎の雨が降ってきてからだった。
「ギ、ギィィィィィ!?」
ドンドンドン、と連続で空中炸裂する焼夷榴弾は、数体に破片と熱を浴びせ吹き飛ばしていく。
たとえ直撃せずとも、そのショックは想像に余りある。たちまち集団に混乱が伝播し、まるで巣の中に水を流し込まれた蟻のように、ナナフシ共は一気に戦意を喪失して逃走へ転じた。
『おぉ……流石に武器があったら敵じゃありませんね』
『これで逃げなかったら逆に怖い』
『追撃するッスか?』
「いや、必要ない。互いに不幸な出会いだった、ということにしておこう」
トリガから手を離す。
結果的に割を食ったのは向こうかもしれないが、とりあえずこれで貸し借りなしの恨みっこなしだと、砲手席の背もたれに体重を預けかけ。
僕はピタリと体を硬直させた。
「……恭一より全体へ。次の目標地点は川、ないし泉。後片付けを終了次第、水源の捜索を最優先としよう」
『賛成だ。このままじゃ臭いが染み付いちまう』
■
キメラリア2人から、臭いという理由で外に追いやられ、ダマルと共になんちゃってデサント兵として過ごすこと暫く。
求めていた水源は自分たちの予想に反し、思いのほか簡単に見つかった。それも水たまりや泉ではなく、大河と呼ぶべき巨大なものが。
「どうだい?」
「……普通の水だな。飲み水にするのは気が引けるが、身体洗う程度なら問題ねぇだろ」
と、白い手が簡易テストキットを振りながら言う。
テクニカの奥底で見つけた使い捨て品らしい。800年の時を経ての精度は誰も保証してくれないが、何もせず浴びるよりは余程マシだろう。
飛び込む勢いで身体を洗い流し、ついでに戦闘服も洗濯して、一息。
ちょうどインナーを身に着けたところで、岩陰の向こうからひょっこりとファティマの耳が覗いた。
「おにーさん? 終わりましたか?」
「ああ、何だい?」
急ぎの要件だろうかと手早くズボンだけを履けば、顔を見せた彼女には特に慌てた様子もない。
ただ、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら近づいてくると、そのまま抱き着く様にこちらの首へ両腕を回してきた。
「ちょっ、ファティ? どうした急に」
元々スキンシップが強めな彼女だが、ここまで問答無用というのは珍しい。やんわりとしたホールドながら、多少身じろきをしたくらいではびくともせず、鼻息が首元へとかかった。
「んー……大丈夫そうですね。石鹸の匂いしかしません」
「あ、あぁ、臭いが取れたかどうかのチェックかい。先に言ってくれよ」
ふふん、と鼻を鳴らした彼女は、返事の代わりかぐりぐりと頭を頬に擦り付けてくる。
こうしたかった、ということなのだろうか。開いた手でポンポンと頭を撫でれば、ようやく体を自由にしてもらえた。
しかし、それで用事は終わりと立ち去るかと思えば、ファティマは岩の上にぴょんと腰を下ろし、カクンと首を傾げる。
「結局、あいつらはおにーさんを、人間の男をどうしたかったんでしょうか?」
「最初は単純に増える為に必要なのかと思ったが、違うのかもしれないな」
「親にさせられるって言ってた奴ですか?」
上着の袖に腕を通しながら、ああ、と短く頷く。
「途中で会った女王的な個体が、混じる、合わさる、群れ、強くなる、と言っててね。それが言葉通りの意味なら、人種の遺伝子を取り込むことで、進化していくような生物なのかもしれない」
「あ、もういいです。ボクには難しすぎることがわかりました」
へにょりと後ろへ絞られる大きな耳が、あまりにもファティマらしくてつい苦笑が零れる。これがシューニャなら、色々な方面から質問攻めにあっただろう。
「まぁ、結果的にされることは同じだと思うよ。連中が求めてるのが母体じゃなくてよかった」
「なんでですか?」
「もしそうなら、君たちが真っ先に襲われていただろうし、僕としては気が気じゃない」
想像するだけで背筋が寒くなる。あの上位個体らしい奴がそう言っていれば、僕は今頃連中を根絶やしにしていたかもしれないのだ。
そもそも、別の生物や種族の性別に繁殖を依存しなければならない時点で、随分奇妙な形態だ。尤も、アレが求めていたのが自分の想像通り、一種の進化だとすれば分からなくもないが。
「……おかーさんになるって、どういうことなんでしょう。夫婦になれば、勝手におかーさんになれる、って訳じゃないですよね?」
ぽつりと、しかしハッキリと。
岩の上に顔を向ければ、金色の瞳と視線がぶつかった。
「せ、説明しにくいことを聞くなぁ……」
「ボク、その辺りがよくわからないんです。発情したらおかーさんになる、って聞いたことはありますけど、ボクは結局おかーさんになってませんし、何より発情した時のことなんてほとんど覚えてません」
腕を組んでうーんと唸るファティマ。彼女には珍しく、本気で悩んでいるらしい。
以前、フォート・サザーランドの一室で、ファティマは恋人や夫婦の営みについてよくわからないと言っていたことを思い出す。
今まで置かれていた環境が原因なのか。保健体育的な知識が大きく欠けているのは間違いないだろう。あるいは、それくらいまでに、自分とは関係のないこと、と思い込んでいたのかもしれない。
とはいえ、ファティマも現代においては成人である。無知のままというのも不味い気がして、僕は重々しく口を開いた。
「あー、その……ファティは、お母さんになりたいと思うかい?」
「わかりません。なったことないですし」
「なら聞き方を変えよう。赤ちゃんが欲しいって思うだろうか?」
「……考えたことない、ですね。赤ちゃんはこの間抱っこした時、可愛いって思いましたけど」
「お母さんになるっていうのは、赤ちゃんを授かることだ。それは君の言った通り、夫婦になって、キメラリアなら発情することも必要なんだろう」
かくんと頭が傾き、長い三つ編みぷらりと垂れ下がる。
「やっぱりわかりません。そうなりたいって思った時、ボクは結局何をしたらいいんですか?」
果たしてどうすれば遠回しに、しかし的確に伝えることができるのか。一層のこと、勉学だと考えてしまえればよかったのかもしれないが、彼女と目を合わせると、どうしてもそこまで教科書的になれず。
「ファティ」
救いの女神だと、本気でそう思った。
「シューニャ? アポロニアも、どうかしましたか?」
「ちょっとこっち来るッス」
岩陰の向こうから現れた2人は、どこか呆れた様子で、しかし僅かに赤味の差した頬を隠すようにしながら、ファティマを岩の上から引きずり下ろす。
「え、え? なんですか? まだお話の途中で――」
「そういうのは異性に聞くべきじゃない」
「腹括ったッスから、続きは自分たちが教えてやるッス」
アポロニアだけならば怪訝そうにしたかもしれないが、シューニャも一緒となるとそうもいかない。彼女は体格にも力にも劣る2人に両脇を固められ、玉匣の裏へと連行されていった。
それと交代する形で、カカカと軽い笑い声が聞こえてくる。
「思春期の娘ってのは難儀だなぁ? ま、言って生娘共がしっかり説明できるたぁ思えねぇがよ」
「いいシミュレーショントレーニングになってると思っておくさ……いざ、自分が父親となったら、そういう質問をされることもありそうだしね」
「今のお前じゃヘッポコもいい所だがな」
胸に大きな矢が突き刺さる。実際、自分の受け答えではファティマに何の理解も及ぼせなかった以上、ヘッポコに反論できる余地はない。
しかし、ならばと僕は裸の骸骨に向き直った。
「君ならどう答える?」
「あぁん? 俺ならそりゃあもうアケスケに――」
「ジークルーンさんとの子。そうだな、彼女によく似た幼い娘に聞かれた時、とイメージして答えてくれ」
下顎骨をぱっかりと開いたまま硬直する髑髏。
ダマルの事である。相手が意中の女性でなければ、言葉通りアケスケに伝えることに抵抗など感じないのだろう。
だが、想像というのは時に現実よりも恐ろしい。骸骨は暫し沈黙した後、コリコリと頭蓋骨を掻いた。
「……悪ぃ、全く思いつかねぇし、1回目なら多分はぐらかすわ」
「だろう? 正直、ここまで保健体育が重要な教育だとは思わなかったよ」
「ハーレム作ってる奴が言うセリフじゃねぇぞ」
「それに関しては、返す言葉もございません」
■
あれから数日後の夜。
俺は車内で、また運転席を前に腕を組んでいた。
とはいえ、前回ガーデンと通信を行った時とは違い、隣にはシューニャが座り込んでいたが。
「ますいせいのガス?」
「ああ。サンプルを取ってみてるんだが、どうにも日没と同時にどっからか発生してるらしい。パッと見で怪しいのは、あの蟻塚っぽい穴だな」
先日の教訓から、日没後には何らか目に見えないの危険が存在する可能性があると仮定し、俺たちは日が暮れる前に食事を済ませ、夜は玉匣の中へ閉じこもる作戦に出ている。
同時に大気のサンプリングを行っていたのだが、今日ほど装甲マキナ支援車シャルトルズを設計した奴が、化学防護能力を保有させたことに感謝した日はないだろう。
「無味無臭で刺激性もねぇから気付かねぇ上に、空気より重いっぽいから窪地に溜まるようだ。高濃度なら短時間で、低濃度でも吸い続けたら意識が混濁して昏倒しちまうぜ」
「要するに、吸い込むと眠ってしまう、ということ? 毒ではなくて?」
「毒と言えば毒だろうな。流石に即死するってこたぁねぇだろうが、長時間曝露され続けちまうと、呼吸困難やらを引き起こす可能性は十分ありえるぜ」
雑学からの考察である以上、それがどれくらいの時間、どれくらいの濃度で、というのはさっぱりわからない。
だが、吸引後急激な眠気に襲われていることを考えると、眠るだけで他に害はない、なんて気楽なことは口にできるはずもなかった。
ふむ、とシューニャはメモを取りながら首を捻る。
「……眠ってしまったら最後、そのまま死んでしまうか、アイツらに襲われるということなら、焼けた大地から人が戻らないのもわかる」
「それだけが理由かはわからねぇが、他よりやべぇ土地だってことは覚えとくべきだな」
「けど昼間は? 夜だけで毒が消えるというのは、不思議な気がするけれど」
この辺りの推測ができるのが、流石はシューニャという所だろう。
俺も最初は、高濃度のガスが地表付近から僅かな時間で拡散、無害化するとは思えなかったのだが、この疑問に関しては空気の流れを調査していて理解が及んだ。
「いや、昼間の心配はなさそうだ。よく窪地に刺さってるでけぇ岩あるだろ。アレどうにも生きてるみたいでよ」
「生きている? あの、大きな岩が?」
「貝かなんかの化物なんだろうな。昨日のモニタリングデータを見てっと、日が昇る頃になったらすんげぇ勢いでガスを吸いこんでんだわ。おかげで昼間は誰が倒れる心配もなく、だからこそ油断させてくる」
窪地にばかり岩が刺さっているのは、低い場所にガスが滞留する特性を利用して、効率的に吸い込むための方途なのだろう。それをエネルギーとして利用しているのか、あるいは単純な呼吸に過ぎないのかは全く想像も及ばないが、少なくともこの土地特有の環境に適合している生物であることは間違いない。
「むぅ、これは覚えておく必要がある。毒についても岩についても、帰ったら書き記して纏める」
熱心にメモを取っていた彼女は、鉄仮面の奥で瞳をキラキラと輝かせる。普段からそういう生き生きしたところをハッキリ見せれば、歳相応以上の可愛げもあるだろうにと溜息が出た。
「せっかくの人体実験だったんだ。後の世の為になりゃいいがな」
ピタリと万年筆が止まる。
「……これ、キョウイチの体には、やっぱりよくない?」
「さぁな。どっかで皺寄せが来なきゃいいんだが……あいつの為にも、お前らの為にもな」
メモに視線を落とすシューニャを横目に、俺は火を点けないままタバコを咥える。
危険は承知の上。そう言いながら、緊張感が足らなかったことは否めない。全く馬鹿げた話だと、吐けもしない紫煙をため息に乗せた。




