“はずれ姫”と“はずれ王”の結末と未来
私の結婚式まであと3日――。
既に準備は整えられ、勉強の日々は終わった。
今は心置きなく息抜きばかりをしている。
さっそく染物工房を立ち上げて、作りたかった雪の結晶模様を染めたり、持って来た布を部屋に飾り、バニラの香を焚いて楽しみ、エーヴァルにねだって雪遊びやアイスクリームを作ってもらったり。
あのアイスクリーム、バニラ入りだけじゃなく、いちごやブルーベリーを入れるともっとおいしい事を知った。
私達は面白がっていろいろな果物や飲み物を入れて試した。
持ってきたマンゴーやパパイヤ、パイナップルにバナナにコーヒー。
ゴマや胡椒、唐辛子やトマトも入れてみた。こちらはちょっと改良が必要だけど。
栗やかぼちゃ、さつまいもは意外と美味しかった。
最近国で作り始めたカカオの粉末を入れたら、すごく美味しくてエーヴァルはとってもびっくりしていた。
その表情が目を見開いてほんとにびっくりした表情で、久しぶりに白くて長い耳が見えた。
エーヴァルと一緒にいるのはとても楽しい。
だけど……。もうすぐそんな日々も終わる。私は陛下の妻になるのだから。
いくら従者や側仕えといっても近すぎる距離であれば顔をしかめられ、国民からはそっぽを向かれてしまう。
たとえお飾りでも王妃という立場になれば、誤解されるようなことは控えねばならない。
残念だけど、こんな夢のような日々は終わり。それだけが心残りだ。
「リーノ姫、私は貴女に謝らねばなりません」
とうとう来てしまった、と私は思った。
とても言いにくそうな様子のエーヴァルに、これが別れの挨拶なのだと察した。
せめてエーヴァルから教わった、理想の王妃のようにうまくふるまえるといいのだけれども。
「どうして? 私、エーヴァルに良くしてもらって、とても感謝しているのよ」
離れるのが寂しいと思うくらいに、とは言えなかった。
「いいえ。私は感謝に値しない人間です。私はずっと嘘をついていました」
「嘘?」
「ええ。貴女の結婚相手は私で、エーヴァルは弟の名。アディルス・スノーディア。私がこの国の王です」
エーヴァルの……いえ。アディルス陛下の告白に私はとても驚き、数々の非礼を思い出す。
陛下にアイスクリームをねだり、ウサギ従者とこっそりあだ名をつけて故郷に手紙を出し、楽器を弾かせて自分が歌ったり……。
スノーディアとアイラナでは立場があまりにも違うのに。一気に血の気が引いた。
と、とにかく謝罪しないと。
「私ったらアディルス陛下に対してなんて事を。数々の無礼、どうかお許しくださいませ」
私は慌ててドレスの裾をつまんで頭を下げた。
「顔をあげてくれ、リーノ姫。言わなかった私が悪いのだ。何故言えなかったか、リーノ姫にはわかるだろうか?」
私はゆっくりと頭を上げ「いいえ……わかりません。陛下」と答えた。
アディルス様は困ったような、照れくさそうな、どちらともつかない顔で笑う。
「君と一緒にいられるのが本当に楽しかったんだ。言えばこんな風に態度を変えられてしまうと恐れてもいた」
「でも……私なんかが陛下に対して……」
ドレスを両手で握って言いさす私を陛下は遮り、
「授業で教えたはずだ。私的な場所でなら陛下は堅苦しいことは望まないって。今はアディルスでいい」
と言う。
私は少し迷って「アディルス……さま。何故。このような事を?」と尋ねれば、
「本当の君を知りたかったんだ。思った通り見られたから、従者として出迎えたのは私の作戦勝ちかな?」と陛下は苦笑する。
入れ替わったのも、婚姻を同盟の条件にしていたから、命じたって格下である私が本当の姿など決して見せないだろうと予想していたそう。
それに自分が娶るアイラナの“はずれ姫”はどれほどのものかと、興味もあった。
「へ……アディルスさまはお人が悪いです。私をからかっておいでなのですか?」
アディルス様は眉尻を下げ「許せ」と一言言ってとても優しく笑った。
アディルス様はずるい。そんな風に言われたら、許さない訳にはいかないじゃない。
「実物の君は噂とはだいぶ違っていた。まっすぐで素直で、時に感情的で。国を愛し、家族を愛し、君は愛されて育ったのだろうという事はよく分かった」
アディルス様にははずれ要素は全然はずれじゃなかった。むしろ好ましく見えたのだと言った。
「リーノ姫はどうだろうか。“従者エーヴァル”からこの国の実情を知ってがっかりしたのではないか?」
私は首を横に振った。授業で聞いたこの国の厳しい実情。
この国が繁栄したのは昔の話。今は過去の遺産といつ尽きるかもしれない金銀宝石や鉱石で細々と食いつないでいるけれど、民の暮らし向きは良くならず、年々悪化する一方。
かつてたくさんの同盟国もあったけれど、今は小国ばかりで実利が少なく、長く続いた戦争で周辺国の心象は決して良くない。
「祖父やほかの王の代のように武力で他国を従わせれば国は潤う。だけどそんな風に遺恨ばかりを残しては、いつか誰かによってこの国も攻め滅ぼされる。だから武力で攻め込むのは反対だし、弟も同じ考えだ。だけどこのまま民に苦しい暮らしを強いたくはない」
今の民は戦争後期や戦後に生まれた者も多く、生まれた時から一度だって豊かな生活をしたことがないはず。
薪がなくて寒さに震え、冬が長引けば食べ物にも困る生活は誰だって辛い。
きゅっと心が痛くなる。
「気候が厳しいこの国で冬の間にできる事を早々に考えなければ、この国は立ち行かなくなり、国民はもっと厳しい暮らし向きになる。そこで目を付けたのが、アイラナ産のバニラだ」
バニラを使ったお菓子やレシピ、香水などを作り出して売る、これが陛下の考えだという。
アディルス様は片膝をついて私の手を取った。
「どうか私に力を貸して欲しい。ラウ=アイラナのリーノ姫。スノーディアは憎まれているから、この先、楽しい事より辛い事がきっと多い。リーノには苦労をかけると思う。それでも私の側にいて欲しい。君が側で笑ってくれれば、きっと辛くなくなるから」
アディルス様は、私を真摯に見つめる。
家族以外で初めて私を求めてくれる男性に出会えた事がとても嬉しかった。
誰も欲しがらなかった、“はずれ”な私にもできる事がある。そのことが故郷の太陽のように私の心を明るく照らしてくれる。
「はい。私が側にいてアディルス様を支えます」
私はそう答えると、腕にしていた赤サンゴのブレスレットを外して、アディルス様の手に付けた。
本来は男性から女性に贈るものだけど、今の私はきっとアディルス様が守ってくれる。
「私の国で、赤サンゴは魔除けで出産のお守りなの。アディルス様や今、生まれ変わろうとしているスノーディアをきっと守ってくれるわ」
私はアディルス様を立たせて言った。
「母さま……。いいえ、アイラナ王の説得は任せてください。二人でこの国を豊かにしていきましょう!」
私、なんて幸運なんだろう。
こんな風に誰かに求められて、役に立てることがあって。
嬉しくって、幸せで――。
「どうしましょう。私、今とてもアディルス様に抱きつきたい気分です」
「奇遇だな。私もだ」
私達は顔を見合わせて笑い、心行くまで抱きしめあう。
アディルス様の体温が、まるで温室にいるみたいな温かさでとても心地良い。
「リーノを必ず幸せにする。誓うよ」
「私だってアディルス様を幸せにして差し上げます。絶対ですよ」
どれほど私が今、幸せなのか今すぐ伝えたい。
この国に伝わる風の神さまに思いを届けて欲しいと私は願った。
――母さま。リーノは今、とても幸せです。私を生んでくれてありがとう、と。
※ ※ ※
王さまが南の国から王妃さまを迎えた後、決して楽ではない庶民の暮らしにいつも心を寄せ、民に寄り添っていたのだと老人は語る。
「その後お二人はバニラを使ったお菓子のレシピやカカオからチョコレートを作り出した。これが今のスノーディアの特産品になったんだよ」
王妃の国は暑くて飲みものとしてしか使われていなかったものを、二人はスノーディアの寒さを利用して固めて食べられるようにし、チョコレートと名付けた。
それを食べた他国の人間がとても気に入って、売って欲しいとお願いした。
二人は国をあげての生産に取り組み、チョコレートをほかの国に売り出した。
「そこからスノーディアの民は豊かになったんだ。みんながチョコレートを買ってくれるようになって」
金銀や鉱石の採れる鉱山以外、観光の目玉もない、めぼしい産業も産物もない上に、年の半分は雪の季節。
寒さで畑の実りは期待できないから、人々はみな雪の間はチョコレートづくりに精を出し、そこから豊かになれた。
「中でもお二人はチョコレートとバニラのアイスクリームがお好きなのだそうだ。思い出の味で」
「ボクもチョコのアイスすきー。甘くておいしいの!!」
豊かになったスノーディアの街では、もういつでもいろいろな種類のアイスクリームが庶民でも手軽に買える。
いちごでも、チョコレートでも、バニラ入りのアイスクリームでも。
老人はチョコとバニラを一つずつ買い、チョコレートを孫に手渡した。
「ボクも大きくなったら、絶対おじいちゃんみたいな“チョコレートしょくにん”になるんだ!!」
「そうかそうか。じいちゃんの後継ぎって訳だな。頼もしいことだ!」
ひと匙ひと匙、大事そうにチョコレートのアイスクリームを食べる孫に老人は破顔する。
自分が孫と同じ年頃の頃、襤褸をまとい、アイスクリームどころか、パンのひとかけらを口にするのにも苦労した。
自分だけではない。あの頃は誰もが皆、苦しい時代だった。
お二人が作り出したチョコレートのおかげで、生まれてきた息子や孫は暖かい部屋でスープを飲ませられた。
もう飢えてつららを齧らなくてもいい、本当によい時代になったと老人は思う。
ふと目線を道端に向ければ、すっかり根雪も緩み、上着がいらない季節がそこまできていた――。
「春になったら、何を献上しようか。毎年楽しみなことだ」
バニラアイスを食べながら、老人は思いを馳せる。
今年二人は成婚60周年目、いつも二人は質素に祝っているが、節目の年くらい華やかにチョコレートでできたオブジェもいいだろう。
王妃様は雪原の雪ウサギが好きだと小耳にはさんだことがあるから……。
そうだ、オブジェは白とチョコレート色、二色のウサギにしよう。
お二人の目の色に合わせて、白には酒に漬けておいたさくらんぼ、チョコレート色にはすみれの砂糖漬けで目を作る。
しばらく見て楽しんだら、溶かして二人の希望する菓子にすればいい。
国一番のチョコレート職人は、今でも仲睦まじい二人への贈り物を考えることに余念がなかった。
――おしまい――




