北の国の“はずれ王”
初めての雪には何日でも飽きずに目を輝かせ、冬の遊びを教えてみればアイスクリームに感動し、後宮という単語に顔を真っ赤にして恥じらい。
後宮へ連れていって実は戦災孤児や夫を亡くした母親たちの場所だったと知って、妙にほっとした表情で安心し、現在の後宮の一角に置いてある私や弟のエーヴァルの趣味の楽器部屋に案内すれば、「恥をかかせたのだから、罰として弾いてくれ」とねだったり。
温室に連れていったら、大層気に入り、故郷の花の種を持ってくれば良かったと悔しがった。
かと思えば、後宮の空き部屋を見て、「自分も少し借りて自分の染物工房にしたい」と要望したり。
スノーディアにも伝統的な染色があるから、今度は職人を呼ぼうとしたら、そんなのはダメだ、ぜひ工房に行って直接見学したいと、積極的に民の様子を知りたがる。
――好ましい。むしろ好ましい。
育った環境は違うのに、似た価値観。
元気が良すぎて多少気品に欠けるところはあるが、何事にも素直な反応を見せ、側仕えや庶民に分け隔てなく接する気遣いがある。
私にはリーノの行動も発言も何もかもが好ましく映った。
私の力で叶えられることなら何でも叶えてやりたいと思う。
「アディルス。さてはお前、気に入ったな?」
気に入った? そんなもんじゃない!
「奇跡だ。あんな女性がこの世にいたなんて。奇跡でしかない」
自分とは髪もパーツの作りも似ているが、目だけは緑柱石色のエーヴァルは浮かれる私を馬鹿にする。
「お前さぁ……恥ずかし気もなく良くそんなセリフ言えるな。それよりこっちを手伝えっての」
エーヴァルは私の態度の変わりように完全にあきれ果て、サインすべき書類の一山を目線で指示する。
「ああ、悪い。そっち寄越して」
私は弟のエーヴァルから書類をいくつか受け取って、サインをして行く。
私達は双子の兄弟で名目上の国王は私だが、実際の統治は二人で行っていた。
初めの挨拶をうまくごまかせたせいか、弟のエーヴァルを国王と思っているようで、彼女もまだ私が国王とは気づいていない。
「しっかしお前、これからどうすんだよ。さっさと独占契約まとめないと、こっちの計画進まないんだけど?」
エーヴァルは積み上げた分厚い書類の一角を指さす。
スノーディアは今、大きな岐路に立っている。
祖父の代まで続いた戦争で、我々に対する諸外国の心象が良くはない上、鉱山から産出される鉱石や宝石が年々減少しつつあった。
ただでさえ冬が長く、民が食べるために必要な農産物も輸入に頼らざるを得ないのに、元手となるものが減っているのは問題だ。
庶民たちだって以前と比べると格段に生活が厳しくなっている。
これを何とかするために、昔からの同盟国であるアイラナとバニラの独占契約を結び、冬の間にバニラを使ったお菓子や嗜好品のレシピを作ろうとしていた。
幸い寒くても育つシュガービートがこの国にはある。これにアイラナのバニラを合わせた菓子やレシピ、石鹸や香水を売ろうと二人で考えていた。
リーノを妻に迎えた後は、アイラナのココナッツや最近作り始めたらしいカカオも手に入れたい。
カカオはリーノが持ってきていたのを少し飲ませてもらったが、ほろ苦さと甘さが同時に味わえる、不思議な味だった。
あれは無限の可能性を秘めている。焼き菓子やアイスクリームに入れるだけでも、まったく別の菓子ができそうだ。
「さてなぁ。どうしようか?」
目下の問題点はそこだ。
本当は自分が王なのだと言うタイミングを完全に逃してしまった。
「だったら何で従者のフリしたんだよ。しょっぱなから間違ってるっつーの」
書きかけの書類を丸めて、ぱしん、とエーヴァルは私の頭を軽く叩く。
「知りたかったんだ。本当の彼女はどういう人物なのか」
上辺だけ取り繕った女なんて願い下げだし、財政が厳しくなる予定だから浪費家も困る。
これから確実に苦労させてしまうのは見えていたから。
彼女の姉を断った理由は寒さだけじゃない。これからスノーディアは外交に打って出る。
必然妻である王妃も帯同することになる。
ただ帯同するだけじゃない。王妃も社交界で他国と交流し、スノーディアでこれから作るものの宣伝をしてもらわねばならない。
姉の方は身体が弱く、今までだって人付き合いもままならなく、そんな気苦労の多い責務は負担になるだろうと、リーノを選んだのだ。
「で、結果、お前は気に入ったって事だろ。さっさと話しちまえよ」
「もう少しだけ、今のままでいたい。王だと知ったら……」
私はそう言葉を濁した。
知れば彼女は一線を引く、と思う。
いくらのびのび育ったとはいえ、礼儀は弁えている娘だ。
今の気安い従者エーヴァルではなく、国王アディルスに対する態度に変わり、きっと距離を置くだろう。
想像するだけで寂しくなる。
「気持ちはわかるが、さっさと話してリーノ姫の協力得た方が簡単だぞ」
「分かってるよ。いずれ話す。どうせバニラの件も話さないといけないし」
そう。独占契約権はリーノの説得がなければ話にならない。
だけど同盟維持は名目で、その後の独占契約が目的だと知ったら、リーノはないがしろにされたとがっかりするだろう。
誤解のないように伝えないと。
「わかってればいい。で、リーノ姫。教育は順調なの?」
「割と。言葉遣いはそれほどひどくなかったし、教えれば素直に聞く。のびのび育ったせいか所作や仕草が少し荒いくらいだ。少なくとも外交デビューまでには間に合うよ」
リーノの良いところは、何より色々な事に興味を持ち、関心を寄せる。
その先が貴族社会だけでなく、きちんと社会の出来事や庶民にも向いている。
これは王族として得難い資質だ。
貴族だの王族だのは、誰の支えでここにいるのか忘れて、自分の事だけな者の多い事。
「少なくともぜんぜん“はずれ”じゃないよ、リーノは。ウチには当たりだよ」
大体彼女が“はずれ姫”なら、私は“はずれ王”だ。
豊かでいられるのはあと片手の年数もない。その間にバニラの独占契約で収入の道筋をつけられなければ、いずれどこかの国に攻め込まれ、憎まれている私達は確実に処刑される。
下手すればリーノまで巻き込んでしまう。それだけは絶対に避けないと。
全く。先代のじじい共は余計なことをしてくれた。子孫はこんなに困っているというのに、自分達は呑気に墓の下なのだから。
「絶対に成功させような。バニラの独占契約と販売」
幸い弟を始め家臣にも恵まれているし、この先武力だけではやっていけないと一定の理解を示す貴族達も多い。
必ず成功させて、誰一人欠けることなく、リーノと二人、よぼよぼになるまで長生きしてやるんだ。
私は固く決心して、次の書類に向かった。




