第6章 王族
第6章 王族
カシミア王国のトライス城。
「わたし、城下に出るわ」
ルリアはいつものわがままを言った。
「王女、いけませんよ。ただでさえ暗殺の危険があるというのに」
「大丈夫よ。城下にわたしの顔を知る者はほとんどいないわ」
「しかし・・・」
クチカットは言葉を濁す。
「変装すれば平気でしょ?いつもの事よ」
「わかりました。それでは今度は何に変装を?」
「僧侶の格好がいいわ」
「僧侶?」
「一度、僧侶のローブを着てみたかったの。いいでしょ?」
無邪気にルリアは言った。
「僧侶は変装しても態度が難しいですよ。それでもですか?」
「わたしはバージンよ」
「いえ、そういうことではなくて・・・」
「大丈夫!わたしを誰だと思ってるの?完璧に変装してみせるわ」
「ルリア様」
「勉強もちゃんとしてるわ。だから大丈夫!」
「わかりました」
数十分後、僧侶の服が用意された。
ルリアは着ていた服を脱いで、下着だけになった。白い肌が露出する。その姿を彼女は恥ずかしげもなくクチカットの前にさらけ出した。
「あれ、確か僧侶は下着はつけないんだっけ?」
「そうですが、そこまで徹底しなくても・・・」
「そこを徹底するのが本物よ」
そう言うと、ルリアは下着も取った。
全裸になったルリアは、その姿をクチカットにまじまじと見せつけた。
「わたしの裸はどう?美しいでしょ?」
「あ、いえ。やめてください、ルリア様」
「見てよ」
ルリアは何も身につけないで立っていた。
「わたしを見て」
クチカットは照れながら、ローブで目を覆う。
「早く服を着てください」
「よく見なさい。王族の女の裸を」
「どうか、ご勘弁を!」
ルリアは意地悪だった。
そして、ようやく僧侶の服を着る。着こなしは完璧だった。
「これでいいでしょ?」
「はい、姿は完璧ですね」
「杖は?」
「ああ、それも必要ですね」
「本物の僧侶からもらってきて」
「本物のですか?」
「ええ。あ、ちゃんと寄付金三百エルスあげてきてね。お礼に」
「杖一本に三百エルスですか?」
「いいでしょ?教会にもお金、というか寄付は大事よ。王女からというのはちゃんと伏せておいてよね」
「わかってますとも。そこは言いません。しかし、教会ではなくそこは寺院ですよ」
「そうだっけ?」
「もうちょっと勉強が必要ですな」
「そうね、フフッ」
トライス城には百五十年前に起こった天下統一戦争の女王のいざという時の逃げ道に秘密の隠し階段がある。千段にも及ぶ螺旋階段の秘密の通路だ。それを使えば城の裏手の門のすぐ近くに出る。そこを僧侶に扮したルリアとクチカットは降りていく。
「この階段、降りていくときはいいけど、戻るときは大変よね」
「それはいつもの事ではございませんか。いい体力作りになりますよ」
「ねぇ、それより、今の戦争、国民はどう思ってるのかしら?」
ルリアの声が階段に響く。
「どう、とは?」
「国民の感情よ」
「それはもう、ルリア様の決めた国策ですし」
「そこのところは気になるところね。王女として」
「はぁ・・・」
「城下に降りたら聞いてみたいわ」
「そうですか」
ルリアとクチカットはトライス城を出た。城下に降りる。僧侶は国民にお辞儀をして歩かなければならない。ルリアたちはそれを実践した。
城下の街は平和そのものだった。とても戦時下とは思えないほどだった。
「カシミア王国の王都はやっぱり綺麗ね」
「そうですね。国民も安心しておられる」
「ウール皇国軍の攻撃はここまで来ない」
「それは我が軍が優秀だからでしょう。軍備も備わっていますし、国民も戦争には協力的です」
「そうなのね」
ルリアたちは街を歩いた。誰も王女だとは気づかない。
「変装はバッチリね」
「慎みくだされよ」
「平気よ。黙って歩けばいいわ」
街行く人々にお辞儀を欠かさない二人。
「この方が暗殺の心配もないかもね。わたしだと見抜く人はいないわ」
「慎重にお願いしますよ」
ルリアは街の婦人に話しかけてみた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは、尼人様」
「わたしたちは悟りのために今の戦争に対しての国の心を聞いて回っているのです。どうかご協力を」
「ええ、何を離せばいいのかしら?」
「今の戦争をどのくらい知られてますか?」
「カシミア王国が疲弊していて他国から進撃を食らうかもしれないのを、女王ルリア様の声によって、先に他国に武力行使をして進軍された。そして南のメンカ共和国を占領し、そのあと海の向こうのウール皇国を今、占領しようとしている」
「それで何か変わりましたか?」
「ええ、わたしは軍需工場に勤めているのだけれど、工場では爆撃機のエンジンの部品を検品しているわ。お給料もいいのよ。この戦争が始まってからこの国は以前よりもずっと潤っている」
「それは何よりです」
「ええ。では」
ルリアは満足げに婦人を見送った。
「どう、クチカット?」
「国民の感情は良いですな」
「でしょう?」
「はい」
「この戦争を始めて良かったわ」
「そうですな」
「あと一年よ。私の見立てでは、あと一年でウール皇国は落ちる。いいえ、落として見せる!」
「ルリア様、お声が大きいです」
「そうだったわね。フフッ」
ルリアとクチカットはさらに先を進む。
「また人に尋ねてみたいわ」
「どうぞ」
「誰にしようかな・・・」
見ると、老婆が一人、歩いているのが見えた。
「あの人にしてみる」
「どうか国民には楚々スのないようにお願いしますよ。今は我々は僧侶なのですから」
「はいはい」
ルリアは老婆に近づく。
「どうも、こんにちは」
笑顔で話しかけるルリア。
「はい、こんにちは」
「今、わたしたちは悟りのために、今の戦争について国の声を聞いて回っているのです。どうかお話を聞いてください」
老婆はルリアをよく見る。そして、目を丸くした。
「そなた、間違えようもない、ルリア様ですね?」
「え?」
ルリアは驚く。
「なぜ・・・」
「わたしは十一年前、城に仕えていました。あなたはその顔、お姿・・・見間違おうはずはありません」
「クチカット、この人・・・」
「あなたは、先代女王の付き人だった・・・」
「それはもう、過去のことです」
「今はどうなされている?」
「この街の角のパン屋で働いております」
「このことは誰にも・・・」
「大丈夫ですよ。誰にも申しません」
「それでは、我々はこれで・・・」
「お待ちなさい。さっき、この戦争についてお聞きになりましたね。そうでしょう、王女?」
ルリアは立ち尽くす。
「あなたは先代の、母君の付き人だった人・・・。また城で仕えぬか?」
「遠慮しておきます。それよりこの戦争は、わたしの夫や息子が兵として海軍軍人で出兵しております」
「そうなの。でも、遠征は国民の義務よ」
「でも、人殺しをし、殺されようとしています。どうか、この戦争に区切りを付けてくださいませ」
「この戦争に区切りは付くわ。この戦争に勝てば戦いは終わる」
「いえ、そうではなくて・・・」
「今はやめることはできない。兵を引くことは絶対に無理よ」
「そうですか・・・。王女ならと懇願してみたのですが」
「ごめんなさい」
「わたしはもう行きます」
「そう」
「では、さようなら」
老婆は去っていった。
ルリアとクチカットはさらに先へ進んだ。
「女王が一国民の感情に流されるわけにはいかない。そうでしょ?」
「ええ、ルリア様」
「戦争とは、いえ、政治とはそういうものなのよ。同情だけで動くものじゃない」
「戦地では多くの兵士たちが戦っているのですからな」
「それは分かってる。傷つき、倒れる者や、戦地で病にかかる者もいる。毒ガスにやられる者や戦車に踏みつぶされる者も。でも、だからってそれがどうしたっていうの?これはカシミア王国がいずれ平和を手にするための戦いなのよ。そのためになら血が流れたってしょうがない。それが戦争だもの。わたしは戦争をしているけれど、そればかりじゃない。区切りだっていつかは付けるわ。でもそれは、戦いに勝ってからなのよ。矛盾してるようだけど、戦争しなければ平和は手に入らない。やらなければやられる。それを経験している国だからこそ戦争は必要なのよ」
「そうですな。いずれは訪れる平和のためです」
その時、本物の僧侶の列が通りかかった。全員、女だった。
「ルリア様ですね?」
「えっ?」
「その高貴なお姿、一目で分かりました」
「そ、そう・・・」
「戦争について聞いて回っている僧侶がいると聞いたもので」
「あ、わたしのことは・・・」
「大丈夫です。誰にも言いません。しかし、もうお城にお戻りください」
「なぜ?」
「わたしたちは戦争については民にこう聞いているのです」
「何?」
「〝人間にとって、戦争をすることと平和に甘んじること、どちらが愚かなのか・・・?〟と」
ルリアは初めて、言葉を詰まらせた。そして、クルリと身をひるがえすと、城の方に戻っていった。クチカットはそれを追う。
「ルリア様」
その姿を見届ける僧侶たち。
「やはり王女と言っても十六歳の少女ですね」
「まだ子供ね」
僧侶たちは呆れ顔で言った。




