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時が鳴りて  作者: オオクマ ケン
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第2章 ロザの家

  第2章  ロザの家



 崖絶絶壁の壁面にロザの家はあった。木で出来たコテージだ。突き出た岩場に建っていた。そばには凍った滝が巨大な氷柱となって下に伸びていた。

 家から突き出たところに露天風呂があった。パーティルは夕焼けを見ながら湯船に浸かっていた。

「ふぅ・・・」

冷たい空気と熱い風呂で、パーティルは緊張を和らげた。

 さっきの恐ろしい目に遭ったことを考えもしたが、実際、こうして助かったのだ。少し安心した。パーティルは性格がおっとりしているところがあるし、旅に慣れているわけでもないので、疲れは出ていた。そこにロザの家だ。彼女は、ロザ・ガーウィンという男のことをまだ何も知らない。しかし、あの凶暴なまでのスリラ族の戦士としての彼より、人としてのロザを見て、ある種の安心感を得た。不思議な男だとパーティルは思った。

 風呂から上がるとパーティルは鞄から着替えを出して、それを着た。

そして家の中へと入る。窓の外を見るだけで高い場所にこの家が建っていることが分かった。彼女は高所恐怖症ではないが、それでも身震いがした。ダイニングルームからはいい匂いがしてきた。

「夕食だぞ」

 ロザが料理を振る舞っていた。食卓にはスリラ族のものと思われる郷土料理が二人分並んでいた。

「いいんですか?」

「ああ」

「いい匂い。おいしそうです」

「今日はここに泊まっていくんだ。メシも食わす」

「本当にご親切に・・・」

「いいから気にするな。困ったときはお互いさまというやつさ」

「はい」

 パーティルは夕食にありついた。

「あの、お一人でお住まいなんですか?」

「そうだ」

「聞いてもよろしいでしょうか、ご家族の方は?」

「女房と三人の子供がいる。長男と長女、次女だ。だが、この戦争だろ?戦火に巻き込まれないように家族は皆、東の方へ疎開させている。戦争が終わるまでの辛抱だ」

「そうだったんですか」

「俺には土地を守る役目がある。今はそれをしているだけさ。しかし、スリラ族の民も、もうちりじりになってしまっている。今さら土地を守っても意味はなさそうだ。カシミア王国軍が迫っている。もうじきこの土地も占領される日が来るやもしれん。俺一人で何ができる?」

 パーティルは黙った。

「しかし、さっきはすまなかったな」

「え?」

パーティルは顔を上げると、ロザを見た。

「さっきの三人組の男たちさ。奴らもスリラ族の連中だ」

「ああ・・・」

「同胞としては情けないと思っている。なぜあんな奴らが我がスリラ族から出てきてしまったのか」

「き、気にしてはいません。もう・・・」

パーティルはため息をついた。

「でも、さっきの、よく同胞の方にあんなことを・・・」

「ん?」

パーティルはさっきのことを思い出していた。

「大砲で同じスリラ族の人を、ああもあっさりと殺してしまうなんて」

「あの手持ちキャノンは俺の専用の武器だ。まぁ、追っ払えばよかっただけなものを、ああも残忍に殺してしまうところを見たのだからそう思わざるを得まいが」

「助けてくださったことはとても感謝していますが、あんな恐ろしいことは・・・、今のあなたからは信じられません」

「俺が怖いか?」

「そうではありませんが」

「誇り高いスリラ族の者が、ああであっては恥なのだ。我々は少数民族だ。ウール皇国の中でも長年、差別されてきた歴史もある。それにウール皇国に染まらないだけの生き方もしてきた。太古からの戦闘民族でもある。野蛮と捉えられることもある。だからこそ俺たちは誇りを重んじてきたのだ。それに反するものは律する。そのやり方が少々強引でもな。それにこの戦争だ」

「はぁ」

「戦争が我々を眠りし戦いの本能を呼び覚ましたのも事実だ。戦士なる男は本来、戦いに赴く。そして敵は殺す。俺もその一人さ」

「そう、ですか」

「奇妙か?」

「いいえ。逆に合点がいったと思います」

「あんたも銃を持っていたな。サレム式のハンドガンか」

「ええ。昔、母から身を守るためともらったんです。十五発の弾が入る拳銃ですが、八発しか持ってなかったんです。そしてさっきのいざこざで一発ムダに撃ってしまった・・・残り七発・・・」

「銃を撃ったのは?」

「初めてです」

「そうか」

パーティルは自分の手を見た。少し震えた。

「あんなに反動があるものとは。それに人を殺すための道具です」

「ふん、いざとなったら使うものさ」

「そうでしょうか・・・」

「このご時世、そんなものを脅しにだけ使うなんて馬鹿げている」

「わたしは人を撃つのが怖いです」

「見たところ、そんな風に見えるからな。あんた人を殺したことはないと見ていた」

「その通りです。わたしは人を殺したことはありません」

「今は戦争中だぞ。それにカシミア王国へ行くのだろ?そのための旅をしているのだろ?」

「はい」

「なら、キレイごとは捨てるんだな。戦う覚悟をしておけ。常にだ。それが戦争に生き残るということだ」

「わたしにはやるべきことがあります」

「それを知ったところで俺の出る幕ではないな」

「あなたにもそれをお話することは出来ませんが・・・」

「興味もない」

「なぜですか?」

「あんたがカシミア王国へ行くと言ったからには、何かを背負っているということだけはわかった」

「ええ」

「それだけで十分だということだ」

「そうですか」

「ただの避難民や非戦闘員には見えない何か高貴なものをアンタには感じる。宿命を背負ってるんだろ?」

「はい、とてもとても大事な・・・」

「なら、それだけで十分というものだ。さぁ、メシを食え」

「はい」

二人は夕食を続けた。


 パーティルは寝床を借り、就寝した。しかし眠れなかった。

遠くで爆音が聞こえる。戦時中とはこんなものだった。いつもどこかで人は戦っている。彼女は枕で顔を覆った。

「あの人、ロザさんって言ったかな。いい人だけど、とても残忍なところもある」

さっきの夕食では優しかった。彼はベランダに出て外を見ている。手には手持ちキャノンを持っている。見張りでもしているのだろうか?

 パーティルは目をつむった。


 翌日、いつの間にか眠っていたパーティルは目を覚ました。朝だ。

起きて背を伸ばすと、窓の外から太陽の光が差し込んだ。

まぶしい・・・。

彼女は着替えて旅の支度を整えると、ダイニングルームへ行った。もうロザが起きて、朝食をテーブルに並べていた。

「おはよう」

「お、おはようございます。お早いんですね」

「俺はほとんど寝てないからな。だが平気だ。そもそも俺みたいな戦士は眠らなくてもいいのだ。そういうふうに今まで生きてきたからな」

「はあ・・・」

「さぁ、朝食だ」

「あ、ありがとうございます」

「俺は狩りもする。雪ボタン肉だ。食えるか?」

「すごいですね」

「スリラ族の主食さ。まずは体力をつけないとな。生きる基本だ」

「はい」

 パーティルは食卓に着いた。

食事をしながらロザは言った。

「今日、発つのか?」

「ええ、先を急ぎます」

「もっとのんびりした性格に見えるが」

「そうですか?あ、でもよく言われます。〝パーティルはいつものんびりとしてるな〟って。やっぱり顔に出てます?」

そう言うとにっこり笑うパーティル。

「そうだな、俺の妻もそんな感じだ。だから見ていて飽きない」

「そうですか」

「妻はあんたの倍は年を食ってるけどな」

「ふふっ」

笑顔になるパーティル。

「歩いてカシミア王国へ行くのか?」

「ええ」

「徒歩か?カシミア王国は西のトカレ海峡の向こうのさらに西の大陸にあるのだぞ。海に出るまではいいとしても、海路はどうする?それに一番近いルリカの港は戦火の真っただ中でもあるぞ」

「そうですね。まずは南へ渡って軍港ショーリカスへと行こうと思います。そしてミンガリア島のクルア港まで軍の船に乗せてもらって、島から西へ行き、ドナの港からさらにカルアキア島へ渡り、ゾニア大橋まで行き、橋を渡ってメンカ共和国に入り、国境を越えて北のカシミア王国へ入国しようと思います」

「南の島続きを渡っていくのか」

「はい。そうすればトカレ海峡も渡れると思います。そしてトライス城へ・・・」

「トライス城だと?」

 ロザは驚いた。

「カシミア王国の王都じゃないか。敵の中枢だぞ!そんなところまで行くというのか?」

「はい」

「あんた、一体・・・」

「え?」

「いや、詮索はしないんだったな。しかし、ほとんどが陸路か。しかも徒歩で」

「なんとかなりますよ」

「あんたのその楽観的な考えはどこから来るんだというんだ」

ロザは呆れ顔をする。

「しかもカシミア王国の南にあるメンカ共和国を通るんだろ?あそこはもうカシミア軍に占領されているんだぞ。あんたみたいな女が堂々と通れるわけがないだろう」

「そう、ですね」

パーティルは困り顔をした。

「でも、行かなくちゃならないんです」

「そうか・・・」

「ええ」

「ならば、ここから南へ行くと、ブライフの町がある。そこから鉄道を使え」

「シャンドル鉄道ですか」

「ああ。南へは普通その鉄道を使う。ショーリカス軍港まで鉄道が伸びているだろう。なにもすべて徒歩で行くことはない」

「はい、ありがとうございます」

 食事を終えるとロザは少し、考え事をした。そしてため息をつく。

「仕方がないな。あんた一人では心もとない。そんな気がしてきた。これは本心だ」

「え?」

キョトンとするパーティル。

「俺もあんたに同行しよう。あんたには用心棒が必要だ。そう思っただけだ」

「い、一緒に来てくださるんですか?」

「ああ」

「でも・・・」

「言ったろ、ここを守っても今さらかもって。俺はスリラ族の戦士だ。戦うべき時は今、これからかもしれん」

「でも、あなたに何かあったら・・・」

「誇りだ!疎開してる家族も承知するさ。それが戦士の宿命だってな。だから心配するな」

「はい。本当にありがとうございます!」

「礼はカシミア王国に着いてからだ。それに王都へはたどり着けるか分からん」

「わたしはそれでも行かなくてはならないんです」

「あんたがそうなら、俺は俺のやるべきことを俺なりにやるだけさ。行くか、カシミア王国の王都へ。そしてトライス城へ!」

「はい!」


 旅の支度を済ませると、パーティルとロザは断崖絶壁を岩の階段を使って降りて行った。

「ここから南へ30キロ。そこにブライフの街がある。行こう」

ロザは片手に手持ちキャノンを持ってパーティルに言った。

「ええ。では行きましょう!」

「急に気持ちがすわったようだな」

「はい。この旅こそが、わたしの戦いなんです。必ずたどり着いてみせます、カシミア王国へ」

 ロザはやはりこの娘には何かを感じると思った。なんとなく気づいていた。カシミア王国と王都、そしてトライス城。そしてさらにこの旅。彼女の高貴な雰囲気はきっとそれに関係があるのだろう。そして、この戦争を終わらせるカギとなるやもしれないこの娘の存在を感じずにはいられないロザだった。

それにはこの危険な旅に身を投じても良いと思わせるだけの賭けをする気になったのだ。この娘は守らなければならない。俺のこの手で!



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