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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
六章 三耀の術士
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 塔を離れる為の荷造りはオロフたちがすでに大方終えてくれていた。

 大急ぎでそれらを、馬が引くというだけの荷車のような小さな馬車に詰め込みながら、リュエルもオロフたちに旅で得られた事を話した。全て伝え終えたのは、怪我人も乗せ終え、いざ出発という頃だった。オロフが言った。


「マティアスの考えがそういうことなら、我々は方針を変えねばならない。……まだ大陸にも軍事力をもつ国はある。彼らに助けを求めよう。力を合わせるのだ。亡き王の仇の首を自らで討ち取れないのは悔しいが、もはや誇りの問題ではない」


 忠誠を誓った騎士たちには屈辱でしかない。隠しているが、自らの力無さをずっしりと味わい、ふがいなさで泣いている者もいたはずだ。やはり、声を上げて訴える者もいる。当然だ。


「……悔しいです!」


 目と足を失い、荷台で小さくなるその騎士の肩に、オロフは慰めるように手を置いた。その思いはきっとオロフも同じなのだ。

 オロフは四年前のあの時点では、ラクィーズに仕えてはいなかったが、かつてはそうだったし、なにより王とは城を離れてもずっと親交が深かった。リュエルにはそれは友情に見えていた。それにマティアスは、長い間、間違い無く誇りに思っていた愛すべき弟子だったのだから、責任も感じているのだろう。


 リュエルも唇を噛み締めた。オロフが騎士から今度は、荷台のそばに立っていたリュエルに手を移す。


「まあ、そうしょげるな」

「ですが……私が愚かにも奴を信じて、独断で庭に向ったばかりに……」


 オロフは首を振る。


「マティアスも言っていたのだろう? 何故かは知らないが、元々この湖畔の場所は知っていたのだと。残念だが、我々はすでに奴の手の内にあったのだ。今日ではなくとも、いつかは来るべき事だったのだ。お前のせいではない」


 オロフの顔には笑みが浮かんでいた。やせ我慢ではない。


「確かに過酷な状況となった。だが、まだ望みはある。リュエルもこうして無事だったし、私もまだ生きている。まだ終わりではないのだ。しばらく近隣の村に身を潜め、またこの湖畔でのような拠点をどこかに築こう。今度は絶対にマティアスに知られないように」

「はい……」


 頷いたリュエルだが、その瞳はまだ異議を申し立てていた。馬車の周り、目の前には、埋葬もされない騎士たちの亡き骸が、いくつもいくつも転がっている。完全に落ちようとする陽の最後の光を受けて、間もなくの闇に溶け込む運命が忍び寄るように、深い黒い影を纏う。塔での日々が、またリュエルの脳裏を去来した。


「……申し訳ありません……」


 リュエルの呟きに、オロフは言うなと諭すように首を振った。


 ごろごろと音を立てて、傍で馬車がリュエルを促すようにゆっくりと進み始めた。それが今は一番の得策だ。たずなをとるのはシアンだ。リュエルの事をよく分かっている。


 シアンだって、親しくしていた騎士たちを埋葬したいに違いない。けれどそのことを一度だって口にはしなかった。リュエルは、シアンは自分よりずっと強い、そう思った。言葉無い促しに、もつれたようにぎこちなく一歩、足を動かした。


 その時だった。急に嫌な気配が立ち込め、風も無く、湖面がさざめき立つ。あたりを見回して、リュエルが胸もとをぎゅっと握った。


「なんでしょう……オロフ様……。胸騒ぎがします……」

「胸騒ぎではない……来るぞ!!」


 オロフが叫んだのと「それ」が現れたのはほぼ同時だった。湖面を波立たせ、飛沫をあげてその中から現れたのは見覚えの無い姿だった。


 顔や手足から張り出した大きなひれ、体中を覆うぬめり光る緑青色の鱗、細い筋肉がよく発達した流線型の体。半分が魚、半分が人間といった印象だ。エヴィアであることは間違いがない。


 湖から上がってきたその半魚人は、そこらに水を滴らせてリュエル達の前に立った。周りにはたくさんの水棲のエヴィアたちがはべる。


「すまないな。行き先変更だ。貴殿らは死の国に向ってくれ」


 見た目からの想像を裏切らず、深い水の底を思わせる冷たく静かな声だ。

 騎士たちが石になってしまったように硬直する。それが、にわかにがたがたと震え出し、声にならない呻きを漏らす。日中に現れた〈獰猛なる爪〉は騎士たちの体ばかりか、心にも深い傷を残して行ったらしい。


「悪く思うな。マティアス様よりの勅命だ」


 騎士たちをかばうように半魚人の前に躍り出たリュエルは、これでもかというほどの憎悪と嫌悪を顕わにして睨む。騎士を殺したのはこの者ではないとしても。


「あなたもセレヴィアですか?」


 背中の方で、騎士たちが掠れた声を上げる。


「リュエルの話じゃ、人間を核とし強化された、って……」


 まだ動ける騎士の三、四人が、深手を負った体ですかさず剣を構える。むろんシアンもすでに御者台を降りて弓を引き絞っていた。その矢が半魚を貫かないだろうことは、あの〈硬質なる翼〉を見て、十分に想像できているだろうというのに。オロフも折れた杖を握る。最後の抵抗。そんな気がリュエルにすらした。セレヴィアにはましてだったらしい。笑った。


「くっくっくっ……。嬉しいほどの歓待だな。ああ、そうだ。マティアス様からいただいた俺の名は〈燦然たる鱗〉。憶えておいてくれ。まあ、すぐに来る常闇までの間だがな」


 常闇。それは死であり、現実、日が沈み、その光の名残が全て消え失せるまで、という意味らしかった。〈燦然たる鱗〉と名乗ったセレヴィアは、体にしては巨大すぎる、水かきのついたぬめる両手を広げた。

 皆の顔に絶望が浮かぶ。それを見て、鼓舞する為にリュエルは敵を煽った。


「次から次へと忙しいですね。あなたたちつぎはぎ細工たちは一体、何匹いらっしゃるんですか?」


 多分シアンがいたせいで、リュエルは簡単に〈硬質なる翼〉を破る事ができたのだ。この〈燦然たる鱗〉はそれよりも少々強力に見えるが、あの岩獅子、〈獰猛なる爪〉よりは凶暴に見えなかった。相手が単独ならばきっと算段はある。何も討ち滅ぼす必要はない、隙を生じさせてこの場を退くだけでいい。そういう意図からだった。それにこういうことは聞いておいた方がいい。


 もし隙があれば逃げよう、という意味を込めて、シアンに後ろ手で合図も送った。背を見せる形になっているため、確認はできないが、その意図をきっと勘の良いシアンなら汲んでくれるはずだと信じていた。


 リュエルにとってこんな話に乗ってくれるのかどうか、賭けでもあったのだが、案外セレヴィアは簡単だった。それどころか、その返事は期待を上回っていた。


「おいおい。動物を数えるようには呼んで欲しく無いな。こう見えて俺たちは、ラクィーズでは三耀さんようの術士と呼ばれて崇拝すらされていたんだぜ?」

「なんだと!?」


 驚いた声を上げたのはオロフだった。セレヴィアは人間を核としているとは、本人たちが語ったことだ。その人間とは……。オロフの顔がどんどんと青ざめた。


「まさかお前たちは……マティアスの弟子たちなのか……?」

「ええ、オロフ様。何度か師の背中越しにお会いさせていただいたこともありましたね。このような姿ですが、再びお目にかかれて光栄です」


 今や鱗とヒレだらけになった人間だった者はにやりと笑い、かつてのラクィーズ王宮での儀礼そのままに、うやうやしく頭を下げた。


「リュエルとも王宮で話をしたことがあるんだが、憶えているか?」

「そんな……」


 リュエルが顔を覆う。震えが止まらない。あのマティアスの庭でも〈硬質なる翼〉が懐かしげにしていた。それに魔術すら行使した。全て、そういうことだったのだ。

 巨体を揺らして〈燦然たる鱗〉が笑う。


「お前が今まで戦い、その命を奪ってきたのはマティアス様の弟子である、俺たち、忠実なる三術士だよ。名も知らぬ、可哀想などこぞの村人じゃあない」


 いつも彼ら三耀の術士たちはマティアスの後ろにうやうやしく控えていた。幾度かだが、時にはリュエルの魔術修行の手助けをしてくれることもあったし、迷いやすい王宮で道を案内してくれたこともあった。食事だって共にとったことがある。皆、勤勉で親切な若者たちだった。



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