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風がシアンの髪を揺らす。
「ここらじゃ白く産まれた動物とかは神格化されるみたいだけど、マグァではそういうのは逆に陰の存在だった。だから、呪術の贄には適役だった。王が民衆の前で執り行う国をあげた呪術儀式の時には必ず妹が呼び出されて、その贄となった。ある意味大切な存在でもあったから殺される事はなかったけど、髪を切られたり、血を抜かれたり……色々ね」
聞いていて我慢できなくなり、リュエルがつい口を挟む。
「あ、あなたはそれで平気だったんですか!? 家族が……」
「もちろん平気じゃないよ。両親だって抵抗した。でも……権力には逆らえなかった。その時は抗えなかったけど、いつか……王を殺してでも妹を自由にしてやりたいと、いつも思っていた」
リュエルは少しぞっとした。前回もそうだったのだが、シアンの過去には違和感がある。なんだか、リュエルの知っているシアンとは違うシアンがいるような。過去の話だからだろうか。それに、これを語るときのシアンの顔はどこか、あれほど見まごうレグリス王子には似ていないような気もした。でも、どこかでこの雰囲気は感じた事もあるような気がした。色々な事がリュエルの思考に浮かんでは整理できずに散らばってしまって、結局、何も言えないままになってしまう。
嘆きながらも、シアンはどこか淡々としている。もしかしたらリュエルの方が感情を揺さぶられているかもしれないくらいに。
「でもね、それが叶う前に、妹は死んでしまったんだ。ある時隣国が攻めてきてね、妹の命と引き換えに発動された呪術によって、大きな山が噴火して……その隣国は地震で滅びたって言ってたよ。……いや、だから、妹は死んだんじゃなくって、殺されてしまったのかな」
無表情のシアンを見ていられなくて、リュエルは話題をずらさずにはいられなかった。
「そのあとは、どうなったんですか?」
「わからない。俺のマグァでの記憶はそこまでなんだ。気がついたら、マティアスの顔が見えて、こんな姿になってた」
シアンはようやく、いつの間にか止まっていた指を動かし、また文様をなぞり始めた。
「これを見てると懐かしいのと同時に、憎らしいような気持ちにもなる。……でも、それを傍観しているような自分もいる。マグァでの記憶を思う時と同じに……」
ふとシアンが顔を上げて、リュエルを見て笑った。
「ごめん。何言ってるのか自分でも分かんないや」
以前記憶を語った時とは少し様子が違う気がした。吹っ切れつつあるのだろうか。シアンは型枠を手放して、そこに座り、空を見上げた。もう遠くの雲すら深い紺色に変わっていた。
「でも、なんかね、ひとつだけ思う。俺はずっと、君の中にエンラータを見てきたけど、見てても仕方ないって。君も、もう、俺の中にレグリスを見るのを止めた方がいいのかもしれないね」
突然シアンはとんでもないことを言う。リュエルは驚いて口ごもった。
「わ、私は……」
「見て無いっていうの? そうかな」
シアンはこういう時やたらと鋭い。
「いない人を追っても、何も得るものは無いよ。そんな気がする」
それはシアンのことも言っているのだろう。だがリュエルは抵抗しようと唇を震わせた。けれど、出るものはなにも無かった。
もどかしくしていた、その時だ――。背後で砂を踏む音が鳴る。
振り返る前から感じた。その音以外の何かが、異様な気配を発している。それに、ここには、ついさっきまでリュエルとシアンの二人以外、誰もいなかった。見晴らしがいいから、そう言い切れる。普通の存在ではない。二人はばっと外套を翻して物音に向き合った。
そこにいたのは裾の長い紫紺色の衣服を地面にまで垂らす、ひょろりと背の高い人間だった。それが落日を過ぎ、藍色になった闇の中で薄く笑う。
「まだそんな物が残されていたとはな……」
その声をリュエルは知っている。シアンもだ。二人は同時に叫んでいた。
「マティアス!?」
暗闇に紛れて特徴的な半身の紫のアザはよく見えなかった。だがその声、長い黒髪、確かに追い求めたマティアスだ。
高山のせいだけではない冷たい風がマティアスの方向から二人に流れる。そこに存在するだけでまるで空気が重く、その者の力を宿して震えるようだ。とっさに二人は重心を落とし、神経を張り詰め身構えた。マティアスの一挙一動を警戒する。
ところが当のマティアスは、敵であると認識し鋭く見つめてくる二人を目の前にしても、不敵に微笑むだけだった。それどころか出てきた言葉は親しげなものだった。
「奇遇だな。遺跡廻りが趣味なら私と同じ、気が合うかもしれぬ」
「馬鹿なことを!」
リュエルが憤慨した。その話し方はまるで、オロフの庵で幼少期を過ごした頃や、一時とはいえラクィーズで師弟関係にあった頃とまるで同じだったからだ。だがマティアスの方は、再会の感慨に慶びふけるように目を細める。
「ふふ。違うのか」
その状況にそぐわない態度は、どこか遊んでいるような印象すら与えた。リュエルは眉間を寄せ、きつくマティアスを睨む。
「マティアス! 覚悟なさい! ラクィーズの全ての者の仇、今ここで……!」
この地方に来たのは偵察のためだ。そう皆の前で決定されて来たのだし、リュエルも同意した。
思わぬところで宿敵に出会ってしまい、もはや偵察とはいえない状況だが、それでもだ。なんの準備も無い。相手に戦意は無いようだし、もしかしたら逃げられるかもしれないし、有用な情報を得る事もできるかもしれない。
だがリュエルは無謀にも自ら戦いを挑んだ。魔術の印を結びながらマティアスに駆け出す。
いくらリュエルの力が強力だとはいえ、相手は一国の魔術長を務めた男、そして、たった一人で腐沼を生み出し、大陸を混乱に陥れる男。シアンと二人でかなう相手ではないというのに。




