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塔を出た日のシアンとの話を回想し終えて、リュエルの意識は遺跡に立つ自分にようやく戻っていた。
ここに吹く風は冷たい。それは夜だからというのもあるし、高地だからということもあるし、もしかしたら人気が無いということも、それを助長するのかも知れなかった。
けれど、この時のリュエルにはあまり感じられていなかった。
シアンの記憶の話は、思い出すたびにリュエルを不安にさせた。それが何故なのかはわからないけれども。どうしてか頻繁に白昼夢に囚われてしまうのと同じに、知らず、底の知れない沼に足を踏み入れてしまったかのようになる。その中に埋没してしまいそうになる。今もそうだった。
肌よりも、思考の方が、ずっと冷えていた。
また沼の縁を彷徨うようなリュエルを、こちらに完全に引き戻したのはシアンの驚いた声だった。
「リュエル! こっち!」
はっとして、すぐにシアンの姿を探すと、目的の人は小高くなった崖の上にいた。回り込んで道らしい斜面を登って辿り着くと、シアンの足元に、見たことがあるものがあった。元は泥だったのだろう硬質化した岩のようなものに、オロフが見せてくれた手紙に描かれていたものが型枠のように形を残していた。いくつかに割れているが、それは合わせれば両腕を広げたほどもある。ずいぶんと大きいが、シアンの弓の文様と瓜二つだ。
「半分砂に埋まってたんだけど、ひっくり返してみたら……」
「シアン、これ……」
「うん。オロフが言ってたんだけど、こんな風に残るなんて、昔ここはもっともっと湿った場所だったのかもしれない、って……」
オロフの友人である学者は、多分、まさにこれを見て手紙に模写したのだろう。
リュエルが絶句する横で、シアンが難しい顔をして自分が彫ったものとは凹凸が逆になっている泥岩に残った文様にそっと触れた。
「なんで俺……こんなの懐かしいって思うんだろ……」
なにか話さなければ思いが溢れて辛いのだろうか。無理矢理のように話すシアンの声は時々強張り、詰まった。シアンは文様を指でなぞりながら言う。
「……ねえ、ちょっと昔の話してもいい?」
「ええ、どうぞ」
リュエルに断る理由など無い。それに、これからシアンが話すだろうことは、何か大事な事のような気がした。シアンは顔を上げずに呟くような声で話し始めた。
「俺の妹の話なんだけど……妹が白く産まれたっていうのはもう話したよね。そのせいでさ、妹は呪術に使われていたんだ」
「えっ……!?」
呪術と言えば、代償と引き換えに力を得る術だ。つまりは……。
「元々、俺の家系は先祖代々続く呪術師の家系でさ、そう言う力が全員にあった。術のことは覚えてないけど、もちろん俺にもあったんだろうね。……妹もだった。でも体が弱くてさ、双子で産まれたからっていうのもあったと思うけど。それで、呪術師としては期待されていなかったんだ。だから、幼いころから術の贄にされてた。術師の力を持つ者が贄になると、その力が掛け合わせられて、何倍もの効力が出るんだって」
「!?」
それはリュエルでもよく知らない事だった。呪術の技は今ではお目にかかることはほとんどない。シアンの話はまだ続く。
「……エンラータって名前だった。『四つの目』っていう意味。最初にかけられた呪術の名から、そう呼ばれてた。贄には名前はいらないとかなんとかで、本当の名前は捨てられてしまったんだ」




