5
シアンはそのどちらだと思っているのだろう。問いかけてみる。
「んー……俺は、あいつが俺の姿を変えて、記憶を曖昧にしたんだと思ってる。だって、変形術よりも、忘却術の方が高度だって。記憶の書き換えって、そんな簡単なものじゃないんでしょ?」
シアンはよく勉強している。
「そうですね。記憶を操作するといっても、その置き換えられる内容は術者の想起したものだけに限られますから。オロフ様が忘却術を編み出したのは、実は、まだ大陸中が戦争で埋め尽くされていた頃に、心的外傷を受けた者たちを救う為だった、と聞いています。ですから忘却術は、永続的ではありますが、記憶の一部分を操作するだけなんです」
リュエルは指先を唇に当てる。考え込む時の癖だ。
「全くの別文化というものを、細密に、生きていたと思わせるほど鮮やかに作り上げることはとても難しいと思います。もしもマグァでの記憶が作り物だとしたら、それだけでマティアスもレヴェロの再来と呼ばれるでしょうね。それに……例えできたとして、そんな労力をあなたにかける意味が見当たりません」
「だよねー、あいつに術をかけられた時のことも、あんまりはっきりとは思い出せないんけど。かけたっきりで、どっかにいなくなっちゃって。なんなんだろうな、あいつ」
そこで、少しはっとしたような表情をシアンはする。
「ねえ、マティアスって本名以外に、他に呼ばれてた名前、無い?」
「いえ……特にありませんが」
「ああ、そう……今思い出したんだけど、俺、あいつのこと『マティアス』じゃなくて、あの時、なんか別の名前で呼んだ気がして……」
考え込んだが、思い出せなかったらしい。
「わかんないや。まあ、色々あやふやだから、記憶違いかな?」
リュエルがじっと見つめる視線に気づいて、シアンは急に慌て始める。
「あ、念のため言っとくけど、俺、錯乱してないからね! 記憶は異常でも、心は正常! 多分ただの記憶障害。なんかの術で顔を変えられちゃったかもしれないけど!」
そう思われるのを恐れて、今まで言わなかったのだろうか。確かに、出会った初めにこんな話を聞かされれば、構えてしまう。しかし、ただの、で済ませられるような気軽な問題ではない。
「それでシアン、あなたは、大陸中を旅して回ったり……マティアスを追う私について来たりしたのですね。記憶の欠片を探して……」
シアンが地理や地勢にも明るいのは全てそのためだったということか。
「うん、まあ、そういうこと。だから、遺跡のこと、ちょっとだけ付き合ってもらってもいいかな?」
「……もちろんです」
先ほどリュエルは、遺跡に行くことは「諦めて」なのだと言った。それからまだ半刻も経たない。けれど、今度はしっかりと頷いて応えた。




