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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
二章 森の狩人
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15

 だがリュエルは、エヴィアを見る以上に汚いものでも見るように目を細めて、シアンを一瞥して顔を背けた。先ほどの申し訳なさなど微塵も見せない。


「どうしてそんなに怒ってるの?」


 シアンの問いにリュエルは答えず、襲い掛かってこようとしたエヴィアを数匹同時に凍りつかせ、その場に封じた。その様子を見て肩をすくませた後、シアンも腰の剣を抜いた。


「ま、そんなこと話してる暇は、今は無いか」


 どこか楽しそうにそう言いながらエヴィアを一匹斬り伏せる。骸が薄汚い泥の中に沈んでいく。剣主がリュエルの顔も見ずに問いかけてきた。


「西に帰る旧街道を探してる?」


 口をききたくないというように一度は顔をしかめたリュエルだったが、このあたりの事情を知るのは今はこの男しかいない。しぶしぶのていをみせる。


「旧? どういうことですか? このあたりは腐沼が点在しながらも、なだらかな丘を縫うように整備された太い街道が延びていたはずです」

「一ヶ月前まではね。今はご覧の通り」


 促されて改めて見回せば、あたりは一面の泥の海。さっきまで歩いてきた煉瓦で両脇を舗装された立派な街道は、泥の湖岸に立つリュエルの足のすぐそばで、忽然とその中に沈み込み、消えてしまっている。


「街道が短期間に腐沼に沈んでしまったということですか? ですが地形すら変わってしまっています。丘がありません。いくらなんでも変化が大規模すぎます」

「さあねえ。地元の人の話じゃ腐沼が現れるようになった四年前から例年、今時期、夏の初めには腐沼がよくできるって聞くから、いきなりいくつも沼になっちゃったのかもね。それがつながって大腐沼になったりしたんじゃないのかなー?」


 そう暢気に話す間にも、エヴィアは構わず襲い掛かってくる。シアンはまた剣を振り上げた。


「ここのエヴィア、大量でしょー? たいていエヴィアって沼で発生した後はどっかに散っていくんだけど、こいつらはここに留まって出ていかないんだ。しかもなんか勝手に増えてるみたいだし。見た目からそうだけど、やっぱり沼じゃないと生きられないのかな? 街道の警備兵すらおっかながってさ。実質、放置されてるんだ。だから今じゃ、ハンターでもなかなかここまでは来ないんだよ」

「じゃあ、どうしてあなたは……」

「だからさっき言ったでしょ? 君を追いかけてきたんだってば」


 閉口するリュエルの側方から、縄を空中で振り回すようなひゅんひゅんという音が大きくなりながら近づいてきた。


「危ない!」


 まだ気づいていないらしいシアンの頭を無理矢理押さえつけ屈ませながら、リュエルもとっさに身をそうする。


 直後、空気を震わせながら頭上すれすれを何かが過ぎ去っていった。顔を上げ、腐沼の青翠の霧に目を凝らして視線で跡を追うと、それは鳥の形をしたエヴィアだった。さきほどから上空より降り注いでいた奇妙な声の主に違いない。


「新手もようやく参戦です」


 頭皮が幾分痛むことにリュエルは気づいた。すんでで避けたが、髪を数本持っていかれたらしい。避けなければ頭をそのまま持っていかれただろう。


「もう一度来ます!」


 身構えるリュエルの声に即座にシアンは起き上がる。しかし、避けるどころか、剣をそこらに突き立てた代わりに、背負った弓を下ろし、矢を番え構えた。


「間に合いません!」


 だがシアンは動かない。鳥のようなエヴィアが急滑降してくる。お互いがお互いを狙い定めたらしい。


 魔術でも攻撃不可能な速度。矢が射止める前に、相手がこちらを引き裂く。瞬時にもてる最高速度で放つ事ができる魔術ではなく、一度引き絞り狙いを定める弓ならましてだ。

 そう予想したリュエルはシアンを再び引き倒そうとしたが、その瞬間シアンは矢を放った。だがエヴィアの爪はもう二人の鼻先に――。


 あるはずだった。リュエルの戦い慣れた戦人の勘では。


 ところがエヴィアはリュエルが想像していた間合いより五倍ほど離れた距離にあって、シアンの矢を脳天に受け、滑空から角度を変えて落下していた。それをシアンは平然と眺める。リュエルが感じた差異はシアンには感じられていないらしい。


「どうかした?」


 その言葉が如実に物語っている。一呼吸遅いエヴィアの反応も、シアンにとってはこれで通常らしかった。リュエルは唖然とシアンを見つめた。


(エヴィアの行動が遅い……? では、シアンが昨夜言った事は本当……?)


 答えの無いまま、再び水棲のぬめるエヴィアの群れが泥をしたたらせながら近づいてくる。だが、やはり遅い。先ほどより動きが緩慢だ。


 シアンはまた矢を番え、順々にその群れの数を減らしていく。まるで射的の的のように矢は確実に標的の急所に突き刺さり、その体を泥の中に返していく。


 リュエルはシアンが弓を射るのを今、初めて見た。その所作を見て、印を結ぶ手が止まるほど、感心してしまっていた。お世辞や偏見なしに、シアンは相当な弓の名手だ。だが、それだけがエヴィアをこうもやすやすと射止めていく理由には足りなかった。


 不思議な現象はその後も起き続け、程なくあたりの一団は殲滅された。沼のあぶくはもう立たない。奇妙な鳴き声ももうしない。不穏な生き物の去った沼辺で、シアンは鼻歌を歌いながら、射った矢のうちで、使えそうなものを拾い集めていた。


「やっぱリュエルはすごいな。瞬殺だね」


 シアンはそう言うが、それはエヴィアの奇妙な変化のおかげだ。リュエルも退却を考えるほど、戦況は芳しくなかった。あまりの数だったので正確なことはなんともいえないが、シアンが到着してからというもの、沼に帰ったエヴィアすらいるような気がする。動きが遅くなるどころか、まるで戦闘意識がそがれているかのようでもあった。


(何故でしょう……? 本当にそんな魔術がかかっているとでも? ではマティアスに会ったというのも本当なのでしょうか?)


 まじまじと見つめてくるリュエルの視線に気づいたらしいシアンは、いつものように冗談じみた口調で「そんなに見つめられると照れるなぁ」などと言って妙な目配せを返してきたりしたが、リュエルの耳にも目にも今は引っ掛からなかった。


(確かに、こんな術がかけられたとなれば理由を聞きたいというものです。諸々含め、命を懸けるほどの理由となりえるかは、私にはわかりませんが……)




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