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そんな場所にまで行っているとはこのシアン、ふざけて見えるがハンターとしては熟練の者なのかもしれない。目の前の男を見るリュエルの目が少しばかり変わった。
何も気づくことなく、シアンはいつものように極めて砕けた様子で続ける。
「今聞くまで、そいつがそんな名前だってことすら俺は知らなかったんだけど、あっちの方はやけに俺に親しげでさ、それにラクィーズ訛りの言葉で『大丈夫か?』みたいなこと言われてさ。そして俺に多分……魔術をかけたんだ」
「魔術? どんな?」
「エヴィアの動きを鈍らせるって言うか……力を弱めるっていうか……そんな術」
それを聞き、それまで真面目に聞いていたリュエルが噴き出して笑った。そして残念そうな顔をした。
「そんな魔術、聞いた事ありません」
リュエルは魔術には精細な知識と技量を持つ。その少女が笑うということは、よほど魔術の常識から外れているということだ。いつも神妙な顔をした少女だから余計だ。シアンが必至になっている。
「本当だってば。なんか俺にだけエヴィアの動きが違うんだよ」
「気のせいだと思いますよ?」
「いやいやいや。他のハンター仲間も不思議がってる。まあ、でも、助かってるんだけどね。仕事がはかどるから」
それでもリュエルは苦笑いの顔で、疑いの眼差しを容赦なくぶつけた。エヴィア自体がどうやって生まれているのかも分からないのに、そのエヴィア全般に影響する魔術なんて構築できるはずがない。いや、エヴィアを操るマティアスにそれができたとしても、なぜそれをシアンにかける必要があるのか。外見はたしかにリュエルの知る人によく似てはいるのだが、話し方や仕草ですぐに別人と分かる。
そんな話を聞いたせいで、しまいにはマティアスに会ったという話すらリュエルには疑わしくなってしまった。それをシアンも察したのだろう。肩をすくめた。
「まあ、信じなくてもいいけど、なんかの術をかけられたのは間違いないよ。マ……なんだか、って男にそっくりの奴に会ったのも本当」
「マティアスです。アスカリド・マティアス。でも、もしそれが本当なのなら、どうして彼はそんなことをしたのですか?」
「さあね。俺もずっと不思議に思ってるよ」
今にもまた笑い出しそうなリュエルと対照的に、シアンは深刻な面持ちをして腕を組む。
「それに、俺にやけに親しげだったのが気になってるんだ。あんな奴知らないから、俺、誰かと間違われてるんじゃないかな?」
「かもしれませんね」
それが理由にはならないと思いながらも、リュエルはそう答えた。
そんな含みまでは察したはずはないが、シアンはリュエルの顔をまじまじと見つめたあとに、やたら真面目になって言った。
「リュエルって、そのマティアスを追ってるんだよね」
「ええ」
「よし、じゃあ俺リュエルについてく」
「ええっ!? どうして!?」
驚きのあまりリュエルはつい立ち上がりかけた。シアンはまだ大真面目な顔で見上げて返す。
「だってリュエルについていけばいつかマティアスに会えるだろ? そしたら俺にどうして術をかけたのかとか聞けるし、それに……」
「それに?」
「それに大体、最初っから俺、君についていくつもりだったから。俺、君のこと気に入っちゃったから」
「な、な……なに馬鹿なことを言ってるんですか!」
リュエルの顔が、見る間に真っ赤になる。
「照れない、照れない」
「違います!」
からかうように、シアンはにやけながらぽんぽんとリュエルの肩を叩いたのだが、リュエルは本当に照れてなどいなくて、むしろ、ひどく怒っていた。
「ちょうどいい機会ですからお教えします。私の行く先々にはエヴィアが常に付きまといます。きっとマティアスが邪魔な私を排斥すべくそう設計しているに違いがありません」
初め目を丸くしたシアンだったが、ずっと引っ掛かっていた疑問がやっと解けたといった様子で「なるほど」と言って苦笑いした。リュエルの時折急変する態度はそのせいだと、やっとわかったのだ。
「大丈夫、大丈夫、俺もハンターだから多少のエヴィアくらい。それに俺がいると、奴ら、動きが鈍るから、リュエルにとっても俺と一緒なのは悪い話じゃないと思うよ」
リュエルはそっぽを向いて、聞いていなかったかのようにを続ける。その話を信じていないせいだけではなく。
「それにエヴィアを越える存在もいるのです。必要以上に人々を怖がらせたくはないのでむやみに口外しませんが……、私たちはそれをセレヴィアと呼んでいます。通常のエヴィアの何十倍もの力と知能を持つ魔術生物です」
「うんうんうん」
もう真剣味を失って、いつもの軽薄な調子に戻ってしまったシアンに、ついにリュエルは触れずに済ませたかったことにまで言及する。
「あなたが森で大量のエヴィアに囲まれたのも偶然じゃないんです。あれは私がここを通りかかったから……つまり元凶は私なんです。お礼される立場ではそもそも……」
「あのおかげで知り合えたんだよね。幸運だと思ってる」
「……」
呆れ返ってリュエルの勢いは衰えた。ため息を落とす。
「愚かです。自ら死地に赴くようなものです」
シアンは事情を聞くためだけに、マティアスに敵視されているリュエルについてくる、つまり命を危険にさらすと言っている。リュエルには他の方法がある気がした。
井戸の縁からリュエルは勢いよく立ち上がる。こんな真剣味の感じられない話し合いは無い、きっとマティアスに会ったという話は即興の作り話に違いがない。リュエルがそう思うようにシアンも、そもそも、自分が話した内容をあまり信じていないのかもしれない。そうとすら思い始めた。そして、そう思うと、気持ちがすっと平静に戻った。
「私にはついてこないで下さい。危険ですから。あなたと私とは、行く道が違います」
リュエルの灰紫色の珍しい眼が、まるで本物のフローライトのように一瞬淡く妖しく発光したようだった。気迫のせいで起きた錯覚だろうか。シアンがエヴィアにでも睨まれたかのように顔を張り付かせ、口を閉じる。それに、怒るでもない、呆れるでもない、関係を築き上げないというリュエルの引ききった態度が、反論を口にさせる気を失わせていた。
「食事代と……お店の修理代です」
そっとリュエルは数枚の金貨を井戸のへりに置く。もしかしたら多少足りないかもしれないが、これが、路銀の少ないリュエルが今渡せる限界だった。
リュエルはそれ済むと、急に乱暴に歩き出す。驚いたトゥキが慌てて主人に駆け寄ってその背から肩によじ登る。その頭を撫でることもせず、森での時のように、シアンを置き去りにその場を去った。




