表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い咆哮  作者: 要徹
PR
5/11

Roar 5

「よし、到着だ」

「はー、面白かった。帰りもお願いしていいかな」

「帰りは腹いっぱいだろう。自分で歩いてくれよ」

「はいはい」

 いつもどおりの気の抜けた返事で返す。

「それじゃあ、早速食べられる物を探そうよ」

「はいはい」

 アマラの言葉を真似てみるが、どうもしっくりこない。やはり気の抜けた返事はアマラ特有のものか。

 こうして、ローとアマラは森の奥地へと進んでいった。ローはいつ人間に見つかるかとビクビクしているようだが、アマラはまったく気にしていない様子だ。堂々と森の奥地へ進んでいく。

 麓の村の近くに位置する、この草木の生い茂る森には豊富な食料が存在する。動物はもちろんのこと、寒い地方特有の植物が多数存在する。そのためか、村の人間たちは基本的にここで狩猟や採集を行う。昨日のように山まで登ってくる人間はほんの一握りだ。

「おい、ちょっと歩くのが早すぎやしないか」

 アマラの背中を見ながらローが言う。こんなに早く歩く元気があるなら背中に乗せてやるんじゃなかった、とローは思った。

「だって、お腹が空いているんだもの。ほら! あそこにキノコが生えているわ」

 アマラは、キノコの生えている方へと一目散に走って行った。それに必死でついて行こうとするローの姿が、妙に滑稽に見える。妻の尻に敷かれた夫のようだ。

「ほら、見て見て。これ食べられるかな」

 アマラはしゃがみ込み、色鮮やかなキノコの方を指差している。

そのキノコからは芳醇な香りが放たれている。彼女の後ろからローはのぞき込み、しばし思考した後にこう答えた。

「あー。残念だが、それは毒キノコだな」

「え、嘘」

 アマラは信じられない、といった風な表情でローの方を見つめている。こんなに綺麗な色のキノコが食べられないはずはない、と更に目で訴えた。

「嘘をついても何の得にもならないぞ。そいつを食べると体が痺れて、しばらく動けなくなる。食べたいなら食べてみるといい」

 このキノコが毒キノコである、ということはローが身をもって証明していた。群れから追い出された当時、獲物を上手く狩ることが出来ず、仕方なくここまで降りて来てそれを食したことがあるのだ。

結果はローの言ったとおりである。彼は体が痺れ、死ぬ思いをしたのだ。

「なあんだ、残念」

「他にも食べるものなんて沢山あるさ」

 そんな会話をしていると、森のさらに奥地から動物の叫ぶ声がした。彼らも食事の時間のようだ。ローは内心それをうらやましく感じた。肉でも食いたいな、と。

 そんなことをぼんやりと思い浮かべていると、アマラが急に泣き始めた。赤ん坊の様にギャアギャアと。

 ローは狼狽した。そんなにも腹が減っていたのかと。

「おい、どうしたんだよ。食料ならちゃんと見つけてやるから泣くなよ」

「そうじゃない」

「なら何だって言うんだ」

 アマラは、ローの言葉など聞こえていないかのように泣き続けた。

 耳をつんざくその泣き声はとても不快だ。

「泣いていちゃ何も分からないぞ」

 少し声のトーンを下げて語りかける。

 アマラは何度も目をこすり、気を落ち着けた。そして、しばらくすると小さな声で語り出した。

「私、狼の言葉が分かるでしょう」

「ああ、そうだな。それがどうした。あ……」

 ローはなぜアマラが泣いていたのか察したようだ。

「アマラ。お前、狼の言葉が理解出来るだけじゃないのか。ということは、さっきの動物の叫び声も」

「そうよ。ローの考えているとおりよ」

「なるほど、彼らの叫ぶ声も理解してしまうってわけか。一体どんな風に聞こえるものなんだ? 彼らの声は、俺たちには理解できないからな」

「痛い、助けてくれ、死にたくない。彼らは一つの叫びに色んな苦痛を織り交ぜてる。私はそんな声、聞きたくない」

「だから狩りを避けていたのか」

 アマラは小さく頷いた。

 アマラは、動物の言葉を理解できるが故に苦しんでいたのだ。生きるために仕方がないとはいえ、むやみやたらに狩りをすることを拒んでいた。

「ということは、出来損ないだと言われる理由もこれか。でもよ、珍しい力じゃないか。俺はすごいことだと思うぞ」

「うん、ありがとう」

 山麓の村では、男も女も子供も老人も関係なく狩りを行う。もちろん、皆が毎日のように狩りをするわけだ。だが、彼女はそれを拒んだ。当然、村の人間たちはそれを良く思わない。結果、彼女は出来損ないと呼ばれるようになったのだ。

「でもよ、生きるためには仕方がないだろう」

「それでも、私は何も殺したくないし殺されるのを見たくない」

 ローは大きなため息をついた。厳しい自然の中で生きてきたローは、こんなに甘えた言葉は聞いたことがなかった。

「自然に生きるっていうことは、こういうことなんだよ。自分に害を及ぼしたりする奴らは殺さなきゃ、こっちが殺されちまう。食べることも一緒だ。食わなきゃ、食われる。当然のことだ」

「そうだけど」

「この話はもういいだろう。さ、早く食い物を見つけて食べよう。俺も腹が減って仕方がない」

 ローは振り返り、サクサクと雪の上を歩き始めた。

 その時である。森の奥地から野太い男の声がした。

「女の声がしたが、そこに誰かいるのか?」

 人間だ。人間が近づいてくるのだ。声する方から察するに、ローの背後からやってくるようだ。

「どうしよう」

 アマラはどうしたら良いのか、まったく分からない風な顔をして狼狽している。ローは落ち着き、声のする方を向いている。彼女の敵であれば、容赦なく噛み殺す気でいた。

 人間が姿を見せた。昨日ローからヘラジカを奪った人間だ。やたらと長身で、真っ黒な服を纏い、肩幅の広い、いかにも男といった風な体格をしている。

「アマラ! 捜したんだぞ」

 男は最初、アマラの方しか見ていなかったようだが、すぐにローの存在に気付いた。

「おい、狼がいるじゃないか! 早くそこから逃げるんだ!」

 男は猟銃をローの方へ向け、叫んだ。いつ銃で撃たれてもおかしくない状況にローは追い詰められた。だが、ローもいつでも男に飛びかかる準備は出来ていた。

「カマラ兄さん、違うの! この狼は……」

 カマラ兄さん。その言葉がローの攻撃体勢を解いた。こいつはアマラの敵ではない。ローは瞬時にそれを悟った。

「分かっている。うちの村の家畜を食い殺した狼の一匹だな! もう容赦しないぞ!」

「彼は家畜を食い殺してなんかいないわ! 兄さん、話を聞いて!」

「アマラは黙っているんだ!」

 カマラと呼ばれる男は、一切聞く耳をもたない。男尊女卑という言葉がとてもよく似合いそうだ。

「家畜を食い殺しただって? 俺はそんなことしていないぞ!」

 ローはアマラにだけ分かる言葉で叫んだ。アマラにはちゃんとした言葉に聞こえるが、カマラには吠えているようにしか聞こえない。

「今だって吠えているじゃないか! お前を食い殺そうとしているんだ。そこをどけ! これ以上、家畜や森の動物たちを食い荒らされちゃあ困るんだ!」

「ダメ、兄さん!」

 カマラは、アマラの声を無視して発砲した。

 爆発音が森中にこだまする。その音に驚いた鳥たちが一斉に森から飛び立っていく。

 幸い銃弾は外れたらしく、木に丸い穴があいた。

 ローは、隙を見てすかさず逃げ出した。恐怖からではない。あの男を食い殺そうと思えば、姿が見えた瞬間に飛びついて殺すことは可能だった。しかし、それを見て悲しむのはアマラである。ローは、アマラを悲しませたくはなかった。誰も傷つけずに済む方法は、逃げることしかなかった。

「くそ! 待ちやがれ!」

 猟銃の発砲音と同じくらい大きい声でカマラが叫んでいる。その後も、彼は何発もローに向かって発砲した。それがローに命中することはなかった。

 アマラは、その場で泣き崩れていた。ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も呟いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ