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98〜勇気の一歩〜

 そのペンは、剣より強く刃を齎す兵器。



――PURURURURURURURURU――


 富士山パスタに向かおうとしていた藤の元にまたも一本の電話が入る。

 その電話に困惑が混迷に変わっていく。


「いや、ちょっと待て! 何でお前の所に……何だ、何が起きてんだ一体」


 藤の脳裏に焼き付いていた姿が、二つの電話で右往左往と揺らめいて、まるで船酔いにでも遭ったような感覚に、急激に変化して行く状況を頭が追い付けずにクラクラと目が回り出したか電話を切った。


 ふらつく頭にデスクに手を付くと、ドッシリ椅子にもたれ、思考も任せるかのように座り天を仰いでいた。






――KACYAHNN!――

――BATANN――

「はぁぁ、ただいま……」


 畳んだ血眼号を玄関脇に置き、肉体的疲労よりも精神的に疲れた顔を見せる透子とは対象的に……


 透子の為にと手助けを見付け慣れないスマホを手に頑張る楓香の姿と、自身のテリトリーにも居た敵を知り高揚して笑っている姿は正に呪いの人形そのものだった。



「おかえり透子、いっぱい釣れてるよ」

『…ひーほー、上出来だぜ…』


――JAAAA!GOKUGOKU――


 返答するより慣れない事への緊張からか慣れたくも無い悔しさか、自転車が原因ではないと知る喉の渇きにコップ一杯の水を飲み干す透子。


「ふぅぅぅ……そ、とりあえずコレ!」



 素っ気無い返答で上着のポケットからUSBメモリーを取り出すと、零に向け見せた。


『…お! 来た来たあ!…』



 買い物帰りの母親のバッグの中に駄菓子を見付けた子供のような、ポチった商品の宅配が来たと玄関に駆け付ける腐った大人のような、獲物を前にした下世話な笑顔でパソコンの前から立ち上がり近寄って来る人形。


 渡すのを躊躇う程の食い付きに一瞬、手を引っ込めようとする自身の行動が、誰かと同じ気持ちになった気がして頬が引き攣る。


 止めた手に持つUSBメモリーが悪行への誘惑因子にも思えて来ると、まるで騙され詐欺の受け子にでもなったような感覚に、そんな馬鹿には成りたく無いと気持ちを込めて零に投げ渡した。



――POBUMU!――


「あ、」


 零の目と目の間が眉間なのかも微妙だが、縦に突き刺さったUSBメモリーは零の顔をクシャッと潰し、気持ち悪さの根幹をなす浮かべた笑みを打ち消した。


――FUBUMUPPOO――


『…この豚! 殺す気かっ!…』


 綿の弾力の低さに自身の(りき)みを必要としたのか、力んだ勢いそのままに怒りではなく憤りをぶつける零。


 と、目を逸らした透子は謝罪の気持ちとばかりに勢いよくメンチカツの袋を差し出した。

――BASABUNN!――


「まだ暖かいね」


 楓香の声に安堵し、目を向けた透子は固まった。




 怒っているようにも見える楓香の笑顔……

 いや、笑顔では無く顎に袋がヒットして口角が上がっただけだ。


「……ごめん、なさい」



 楓香からも零からも視線を落としに落とすも、透子に詰め寄る二人。


 が、二人は透子を通り過ぎ玄関脇の血眼号に向かっていた。

 拍子抜けする透子。


「え?」


 振り返ると二人は血眼号を睨み、何かに気付いた零が楓香にサドルを指す。

 下から覗き込む楓香。


「これって、Ri……」

「何? 何なの?」



『…ひーほー、放射性同位体か?…』


「は? え、はああ?」

「ふむぅ……」




 困惑中の透子に零と楓香の冷静な対応が余計に怖い。



『…トレーサーだなオゴブォ…』

「ちょっと、放射性って何?」


 淡々と説明を始めようとする零を掴み詰め……握り、放射性の単語に反応して不安を顕にする透子。


 何とか落ち着かせてから始めた説明によると……



 Ri(ラジオアイソトープ・放射性同位体)かと思い近付いたもののγ(ガンマ線)を伴うような放射線物質やRnラドン等の安定性放射性物質等でもなく、フルオロセイン(入浴剤等黄色201号)でも無かった。


 零は、近年GPSの追跡が違法行為とされるや否やスパイに習い警察組織内でも一部の腐敗した部署や地下組織やカルト団体で横行しているRi(放射性同位体)やγ(ガンマ線)を使用した、危険を伴う放射線検出器を用いた追跡システムを疑っていた。


 しかし、血眼号に着けられていたのは紫外線ライト等の照射で浮かび上がる不可視インク。

 スパイがターゲットを判別する為の謂わば仲間内にしか見えないマーキング。

 近年では百均でも子供の遊戯文具として売られているが、陰湿な嫌がらせ以外に使われる事も無さそうだが……


 つまり、血眼号に着けられていたそれは人海戦術での追跡に使用されたと考える他になかった。



「へぇえええ……」


『…絶対解ってないだろ!…』


 ソッポを向き、潔く惚ける透子の脳裏に疑問が浮かぶ。



「……ん、あれ!? 何で楓香はそんな事まで知ってるわけ?」


「ふむぅ……」



 楓香がレイサイドホテルの棚に視線を向ける……

 透子が確認に眉を寄せるとDVD。それも偏りにスパイ物や科学捜査物が多いように思えて、考えてみるも……



「え、まさかコレが情報源?」


 何を情報源と言っているのか言葉に違和感を覚える楓香だが、情報源は通信アプリのNo.225に対する指示からだ。

 透子の言うコレが、楓香には分からない。


「ん?」



 二人は同じ棚の方を見ているが、微妙に違う事に気付ける筈も無かった。

 楓香が見ているのは棚を照らすブラックライト。



『…コレ、落とすの大変だぞ…』


 高い物なら器物損壊等罪で被害届けを出しても良いレベルなのは、壁やシャッターの落書きと同様にUV硬化インクは削り落とすしか無く消すのに大変な作業を要する。


 なので、バレるのを避けるスパイであれば出来得る限りは水溶性の物や接着性の少ない物を使う。

 しかし、これはベットリと嫌がらせ感満載に……



 零の声にライトを外して持って行く楓香を追う透子。



 ブラックライトに照らされた血眼号のサドルの後部やペダルにと、削れば傷が付くような場所や削れない合皮部に、調子に乗ったか柄のつもりか渦巻きや三角や二本線やと……



 楓香が見ていたのがブラックライトだったと理解したのか、気不味さを隠して無表情の笑顔で固まる透子は、目の前でインクを剥がせないかと動き回る人形よりも人形のような立居振舞になっていた。




『…いや、お前がやれよ!…』



「ちっ……」


『…この!…』


 面倒臭そうな顔を浮かべた透子だが、シートポスト毎外し、捨てる歯ブラシとシャワーで洗う姿には血眼号への愛着を覗かせる。

――JABAJABAJABA――


 ペダル等は零の指示で楓香がコテでそっと削り剥がし、削りカスを零が集め……

――SYUKONN!――







――KATAKATAKATA――


 その後、確認していた透子のバッグから、血眼号に不可視インクを塗っていた犯人の様子を見た三人。


 通信アプリの【マーカー】と云う指示に重なる駐車場の車から出て来た子連れの三十代から五十代の主婦や八十近い緑のリュックを背負った爺共が、仲が良いのか悪ノリに他人の物を汚して嘲笑っていたと知り、モニターの前で固まっていた。



 この不可視インクを落とすのに手間暇をかけた労力に、三人は血眼号を汚した碌でも無い床鍋への怒りを顕に、敵討ちに反撃への結束を強めていた。



「ガキの落書き処か……」

「芸術性も無い!」

『…許さねえ!…』


――CHIRIRINN!!――


 


 自由とは倫理観を伴ってこそ。


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