92〜狂想曲の強襲〜
明日の為の其の一拳
二瓶が何度も見てきた資料の違和感を覚える部分に集中して記憶を辿り思考を巡らし顔を上に下にと、そのページに頭を抱える姿を見せているのは細井一家が亡くなった日から始まった。
それを知る者は細井の訃報に自身の心を重ねた者と共に、二瓶は細井の死に違和感を覚え早々に資料の中に違和感の正体がないかと調べていた。
勿論犯人の見当はついている。
しかし、それは細井が狙われるに値する何かを知り得た事を意味すると考え、資料を漁っていた。
そんな二瓶を野上が連れだって行こうと考えるも、必死に資料に目を通す二瓶の目にこそが細井への弔いとも思えて、通夜へ顔を出さずとも伝わると考える男同士の絆を理解するが、遺族の為に顔を出すべきと促した。
二瓶が通夜に顔を出すと細井を前に弔いを誓うと、その姿を残し藤の元へ向かうと静かな殴り合いになっていた。
――BOKKO!――
「この!」
――BOKKA!――
「何で!」
二人の行き場の無い怒りをぶつけ合う様は参列者の誰もが理解する哀しみの拳にあって、止める者はいなかった。
ただ下を向き悔しさを堪える仲間達もぶつける相手が居ないが故に手を出せずにいるだけで、思いは同じく殴り合う二瓶達と共にあったが羨ましくもあり。
その最中に皆の心のわだかまりを素直にぶつける様に二人の間に割って入って行く子供に気付き、危険と思い止めに入るが下を向いていた参列者は間に合わずに慌てふためく声で振り返る二人に安堵する。
二人の下にやって来た子供の様子に焦り、それまでの怒りが一気に冷める。
何かを思い出して覚悟を決めた二瓶が藤の首根を掴みしゃがみ込むと顔を差し出した。
「スマン!」
――PEENN!――
ビンタを喰らった二瓶の思いを悟り自らも顔を差し出すように突き出し、謝り目を瞑る藤の頬にも小さな掌が突き刺すように舞い降りた。
――PEENN!――
見れば透子の顔には涙の跡を残しつつも、眼は凛々しく澄んでいて何かを悟った者の静かな闘志が宿っている様に、どの大人よりも強く大きな想いを持って立っていた。
後ろの方で泣いている藤真との対比に藤は、家族共々目の前の小さく大きな女の子に発破をかけられ立ち上がるのを情けなくも感じて息を吐く。
「透子ちゃん、ありがとう。真の事も頼んでいいかい」
頷く透子の背中に思いを託して顔を見合わせた二人は、怒りをぶつける先の間違いに気付かされ、まるで禅寺で叩かれた様な清々しさに通夜で感じるものでは無い事と自身の甘さを痛感していた。
しかし、その小さな背中を追うのは参列者達。
何せあの二瓶と藤の殴り合いに割って入り、尚且その二人にビンタを浴びせて黙らせたのは誰の子かと……
そしてその参列者の……
聴衆の目が向かう先で、野上の顔には泳がせる目の逃げ場も無く焦りの色を隠せずにいる中、近付いて来る大きなものを背負った小さな勇者を追っていた。
本音を言えば今はこちらに来てくれるなと、しかし確実に向かって来る姪っ子に姉の代わりに何を言えば良いのかも解らずも、二瓶と藤にビンタを浴びせた始末のつけ方も、それが良いのか悪いのかは周りも判らずに、子供の保護者の一挙手一投足にその答えを求めて視線は期待と困惑に満ち満ちている。
そんな答え等母親ですらない野上に出る筈も無く、その場に居る誰にも解る筈の無い答えを求める姿勢は謂わば細井に求めたものと知る。
野上に向かって来ていた透子が啜り泣く藤真へと向きを変え、本来大人が教えるべき事と透子が体現して見せた、大人がとるべき行動が出来ていない事の恥ずかしさを、参列者にも伝える事となる。
「トーシン!」
――PEENN!――
「痛ってえな! 何すんだファット!」
――BOKO!――
――BOSH――
「透子! アンタ何してんの!」
何も言わずに藤真を叩く透子の異常さに、戸惑い左手で透子の胸ぐらを掴み右手を上げてビンタに行くかと誰もが思った野上の右手は、そのまま透子の背中に向かい抱き締めた。
痛みと悔しさと哀しみと大声で泣き出す藤真と共に野上の胸で泣き出す透子の声は、答えを待っていた者達の胸の奥から心を震わせ嗚咽を昇らせ涙が溢れる。
藤真が出し切れずにいた哀しみを、泣くのが恥ずかしいと思う厄介な男心を打ちのめし、透子が痛みと共に引き出した涙は心素直に藤真の想いを麻友子に聞かせる為だった。
藤真の両親もそれと気付いて野上の肩に手を置き、藤真を抱き寄せ素直に泣いた。
「あああああぁぁぁ!」
天を仰ぎ叫ぶ透子の悔しさは皆の心に伝わった。
その叫びに藤真が呼応する。
「うおおおおぁぁぁ!」
悔しさを、何の神かも知らないが、天にぶつけて麻友子を送る。
天でも麻友子に何かすれば許さない。
そんな思いも乗せ透子と藤真が競うように続けた二人の叫びは、遠吠えの様に響き渡る。
想いの限りを出し切って哀しみを乗り越えたような溜め息一つに藤真を見ると、互いの想いを思い出に透子が拳を突き出し応える藤真。
麻友子への贈り物をと、思いが重なる。
「ツバ」
二人涙を拭い家へと走り出す。
慌てる大人を余所に何を考えたかは解らずも、二人が向く先には麻友子への思い以外にない事から帰って来るのを待つ事にした。
子供がいなくなった通夜の間に大人の涙が溢れ出すと止める誰かは現れず、寺の通夜に同級生の親子がやって来る頃には、気合を入れ直した仲間達が二瓶に細井の資料を集めて託そうと自分のデスクに何かないかと戻って行った。
二人が戻って来ると寺には同級生が集まっている。
悲しみに似合わないざわめきが溢れる参列に、別れの意味を理解しきれていない子供が気持ちを何処に向ければ良いのか判らず不安に仲間と話して、哀しみに呑み込まれないように踏ん張っている事を、透子と藤真は既に理解していた。
透子に叩かれた藤真には痛い程に。
戻って来た二人は麻友子の為にと、持って来た互いの竹刀のツバを野上に託した。
誰よりも仲良くしていた二人の立ち居振る舞いに同級生の困惑顔は幼さにも思えて、麻友子が笑う顔を思い浮かべて凛として立っていた。
――KONKONN――
「藤さんから再三電話入ってますけど、どうなさいますか?」
誰も近付けない資料室の二瓶を、探すまでもなくやって来た野上が呼びかける。
「……おお、今行く」
二人の関係性に絆を感じる者と、あの日の子供の姿を思い出す者との差は、細井の通夜で見た者との差。
「あ、新しいデスクは来週末になるそうです」
「スマン!」
アンタッチャブル




