90〜狂想曲の強襲〜
笑う門には福来る
キャンプ場の駐車場で帰り支度に道具を載せていると、管理棟から何かを受け取り戻って来た細井がOKの合図と共に当初からの予定か機転を利かす。
「帰る前に皆で温泉入って行きませんか?」
皆が出しかけた帰りの挨拶を喉元に抑え、疲れと体のベタツキに顔を上げ頷いた。
それぞれの車に乗り込み藤のバンに野上達を乗せ、細井の先導で近くの温泉へ向かい走り出す。
藤真は溢れるキャンプ道具を脇に後部席で透子と並んで座りかしこまっていた。
前の席に座る母親から茶々を入れられ恥ずかし気にそっぽを向くが、不安定に置かれて見えるキャンプ道具に景色を遮られ困り顔。野上も振り返り、窓の外を見ていた透子に会話を促すと、暫くの後に口を開いた。
「イノシシ」
「ん?」
考える藤真がシリトリと思い繋げる。
「し? シカ」
「……サル」
「は?」
聞いていた野上達も不審に振り返るが、透子は窓の外を見ている。
野上がふと何かを気取り尋ねた。
「居たの?」
「うん、猿親子だった」
慌てて覗き込む藤真に透子が伝える。
「今見ても居ないよ」
指摘に恥じて固まる藤真の苦虫を噛み潰す変顔を見て、堪えきれずに吹き出した透子の屈託ない笑顔に、野上は思う所の考えを固めていた。
スグに着いた温泉に疲れと汚れを拭い去り、くつろぎ過ぎたかキャンプ帰りもスッカリ忘れ家族の集いの様に打ち解け合い、のんびり食事処で昼も済ませて眠気が襲う頃。
運転を控える男達は一服かまして目を覚まし、身体を伸ばして気合を入れていた。
「透子ちゃんと遊べて楽しかったあ。また一緒に遊ぼうね」
「うん、主釣らないと」
「そだね。ほら、真君も」
「え、まあ、今度は俺が……」
「負けない」
「は? まだ何も言ってねえし」
先程留めていた帰りの挨拶を交わす大人と、別れを惜しむ子供達。
藤が事務所に道具を降ろしに行く序でに野上達を最寄り駅までバンに乗せて行くと言い、二瓶が藤の狙いを気取り睨みつける。
「スカウトにテメーの会社案内する気じゃねえだろうな?」
「え、しないしない。あ、それ良いかもな」
「この!」
――BAKKI!――
「あ、またぁ! あなたソレ何個目?」
水筒を潰し奥さんに怒られる二瓶が平謝りする中、藤が貸作りに帰りを促した。
「透子ちゃんまたね」
「うん、また」
「真君、透子ちゃんをよろしくね」
「え、何を?」
「知らない!」
「はあ!?」
――PUWAAAAANN――
――PUUWAHH!――
クラクションを別れの挨拶に走り出す。
スグに静まり返る車の中に、少し開けた窓から入り込む午後の風が寝息と交じり爽快な眠りに誘い、藤の事務所迄の一時間も無い道程をあっという間に飛び越えた。
「悪いね、野上さんにまで手伝って貰っちゃって」
藤の娘も野上に謝り旦那を叩き扱き使う。
起きたばかりの藤真と透子が荷物の運びにどっちが多いかまた争っていた。
「藤さん」
ある程度が終えた頃、野上の呼び掛けに藤が振り返ると真剣な表情に、早朝の珈琲を片手に聞いた話を思い出して理解する。
「透子ちゃんは?」
「まだ聞いてませんけど、あの顔見れば聴くまでもない話ですから。勿論後で確認しますけど」
「うん、確かアレ……ウチと同じだった筈。後で詳しい事は送りますよ」
「ありがとうございます」
「おい真! 透子ちゃん達送ってくからソレ後はお前がやっとけ!」
「ちぇえ、わかったあ。またな」
競争の手を止めつまらなそうに握り拳を突き出す藤真に、返し拳を突き合わせた透子もつまらなそうに腕を伸ばし拳を押し付ける。
「また!」
――BATAMU――
最寄り駅で降ろして貰い、歩く帰り道に野上が透子に尋ねた。
「あの子達と一緒にいたい?」
「……うん」
「わかった」
……半年後
「ほら、早く席に着いて」
「ちぇぇ、またヤンキーに怒られたぁ」
藤真が麻友子に注意される日常はさながら子供と保護者のような関係と揶揄される程に、じゃれ合う仲の良さを隠す被り物となっていた。
「まあた真怒られてやんの」
「本当は嬉しいクセに」
「熱いね」
「大変だね麻友子ちゃん」
じゃれ合いと面倒な関係の区別は、理解する者としてない者にと交ざり見解の相違が多感な女の子には格好の話題の的となっていた。
「……うん」
揶揄と嫉妬と意気地の悪さが心に芽生える子供の心の成長期。
それが表に出る程に育ててしまった己に負けた精神弱者が甘えを拗らせ、精気を保てず己が落ちた愚考に引き摺り込もうと他者への愚行を繰り返す。
笑いと嘲笑いの違いも判らぬ者が人を嘲笑い、相手の自尊心を打ち砕く事で堕転した心の暗さに仲間を得たと勘違いした脳がソレを快楽と誤認し出せば、それは糖の誘惑と同じ或いは覚醒剤と同様に。
足掻けども足掻けども這い上がる事の出来無い抜け出す事の難しい陰湿人生への道【餓鬼道】に入り込む。
更には心の隙間に入り込む悪質な宗教と同様に、餓鬼の大人が空き地だらけの小学生の心に種を蒔き散らし、悪行の自身の手足とする為に風雪の流布という嘘や噂の水を差す。
親が大人同士の問題を子供に押し付け攻撃させて、性根は腐り荒廃した大人が己と同様の荒地に故郷を求めて子供の性根も腐らせる。
それが小学生に巻き起こる【いじめ】の実態と知っている筈の先に生まれた者の教えは、人の心に接する怖さから自身の後ろ姿に期待して、追随する者のみを良しとして後輩の成す事に目を瞑っている。
そうして生まれた小学生の餓鬼は未熟な恋愛を格好の餌食とする可能性が高く、今の藤真と麻友子はギリギリの所に居た。
――GARARARARARA――
「はい、早く席に着いて! 今日は皆に新しいお友達を紹介します」
どよめく小学生は新たな話題の的に様々な期待を面に出して囁き出した。
「転校生?」
「女か男かどっちだ?」
「やべ、俺の隣空いてる」
「男が隣ぃ!」
「可愛い女子だったら俺のものぉ!」
「格好良い男子が良い!」
予想通りの懐かしい反応に安堵する先に生まれた者が、過去に言われた注意を子供に向けた。
「はい、静かに! 不破さん入って!」
――GARARARARARA――
「うげっ!」
「透子ちゃん?」
皆が藤真と麻友子の声に振り返る中、同じくその声に顔を向け嬉しそうに目を輝かせ拳を突き出した。
一円を笑うものは一円に泣く




