100〜勇気の一歩〜
違和感に応えるは……
藤が時計を見たのは、社員が帰宅の挨拶がてらに渡しに来た書類を受け取った折り。
「ああ、お疲れ様、特に進展は無いでしょ?」
いつも通りの仕事とはいえ、自身の会社に進展が無い事を良しとするかのような会長の発言に、一瞬の怒りにも似た呆気に眉が上がり引き攣る笑顔。
藤も自身の発言に気付いたのか慌てて本業に頭を戻したが、帰宅の挨拶にもうそんな時間かと気付き、焦り一旦は立ち上がるがまだ纏まらない考えに諦め座り直す。
その姿にも慣れた事と、戻った社員は他の社員に追い払うような素振りをすれば、皆またかとばかりにとっとと帰って行く。
藤が向かおうとしていたのは富士山パスタ。
亜子からの報告で、警察からの捜査協力要請にしては杜撰な聞いた事も無いような手順に、今日改めて警察署へ確認の電話を入れたが……
向こうも聞いた事が無いと言い、一応までに確認すると言って一旦は切るが、折り返して来たのは無粋に生安課の者とだけに名乗りもしない男の逆確認の電話だった。
「それを聞いたのはあなた本人ですか?」
「いや、ウチのスタッフから報告を受けての確認ですけど」
「本人じゃ無いんですね」
「ええ」
「ああ、分かりました少々お待ち下さい」
その何一つ理解出来無い話に要約も無く電話の向こう側で密々と相談する声が漏れ聴こえていたが、聞き耳を立てるとスグに向こうも気付いたのか保留の音楽が流れ始めた。
拉致の開かない話に違和感しか無く、捜査協力の要請をした側が、仲間と相談して確認するような話の筈も無い。
藤はいつかのキャンプ場での二瓶達のやり取りを思い出して、嫌な想像が霞の如くに纏わりつくのを吹き飛ばしたい思いもあってか、暑くはないが扇子を手にしていた。
「もしもおぉぉし、あ、藤さん? 確認したいんだけど、その捜査協力を断ったんですよね?」
「ええ、そんな捜査協力要請聞いた事も無いので」
「ああ、断ったんならお答え出来ませんよ! 捜査上の秘匿情報ですから!」
「は? いや、ならその捜査協力要請の方法はそちらの警察官だったという事ですか?」
「だから、捜査上の話なんで言えません!」
その後も捜査を盾に何の確認情報も出さず一方的に口を閉ざす警察の対応に、違和感と嫌な予感が当たった事を告げていた。
電話を切って暫く考え、確認を拒む警察に対しての対応にキャンプ場での一件に何をしたかと確認の電話を入れていたが……
――KONKONN――
「失礼しま、あ!」
藤真は入って来て藤が電話中と知り、一瞬気不味い顔を覗かせたが、藤のジェスチャーで相手が二瓶と判り頭の中でどう纏めたのか口を挟んだ。
「聞いて下さい! そちらも!」
と、電話に手を向ける藤真にまた下らない事かとも思えるが、藤真が誇らし気に取り出したUSBメモリーに何かを見付けたと知る。
が、それでも確認せずに二瓶にまで流して良い話か否かに迷いを残す藤の苦悩を前に、藤真の口は迷い無く勝手に話を始めていた。
「これ、ハイエンドモデルじゃん!」
「それ何なの?」
――KATAKATAKATA――
透子が楓香が持っていたスマホを弄り始めていたのを内心ヒヤヒヤしながら横目に見ていた零。
楓香も透子のスマホを弄っているが、二人共に操作の違いに戸惑っていた。
楓香の質問に、OSの違いを説明するまでにも至っていない者へ何から説明すべきか等、透子は勿論の事だが零にも分かる筈も無く、とりあえずはと零が釘を刺す。
『…慣れない楓香を混乱させんな! とっとと戻せ!…』
「ん、はあぁい……」
「ごめんね透子」
内心の安堵を背中に隠し、USBメモリーの中身と今日集めた情報の摺り合わせ作業に戻った零。
口元の笑顔が気持ち悪い……
通信アプリに出て来た指示と対応の通りに動く者を合わせ、顔を割り出せば顔から割り出す名前や住所や……
勿論、零の笑みはそんな他人の情報を得て獲た物では無く、透子から楓香に戻った自身のスマホにだ。
楓香には通信アプリと自身が作ったプログラムの操作方法しか教えていない。
透子みたいに適当に弄って、挙げ句に余計なファイルやアプリを開かれるような心配も無い。
ただの安堵に笑顔が溢れる程、心配の種を蒔く女との認識からか相当に不安だった。
―KATAKATAKATA――
『…馬鹿に扱える代物じゃねえ…って、こったぜ!っとぉ…』
――KATA――
「何か言った?」
段々と重なる率が上がる作業の精度にテンポも上がり、キーボードを叩くのに合わせて心の声が少し漏れていた。
『…ひほ?…』
――KATAKATAKATA――
と、惚ける零だったが、モニターの右端に入る楓香のスマホからの操作情報……
瞬間的に意図を考えてしまったからか理解が及ばず、対応に遅れが生じて遅きに失する寸での所で理解した。
焦り振り返って叫ぶ零。
『…あ、よせ楓香!…それは俺の写真…』
――PIPU――
「え?」
何をどうして起きたのか、GUTs ASHのホームページにアップロードされた零の写真はプロフィールに設定されていた。
それは最も載せてはならない楓香の膝下で撮った自撮り写真を、こっそりと背徳感から加工していた物。
楓香の下半身が顕だったのを顕著に修正し、秘部を切り取り太腿までに、股の手前から露出を下げて暗部にと……
見事な迄に淫猥な笑みを浮かべた人形が、女の太腿を妖しいトンネルの壁かの如くに手をかけもたれ、モデルのようなポーズを決める姿。
確認にホームページを開くとバツの悪いことに閲覧者が、数十人程……
『…ひほ?…』
「お前、これ……」
ただならぬ零の叫びから、モニターを覗いた透子の顔は怒りを覆う程の冷たく刺さる視線を向けている。
ホームページの左脇にも新着記事として掲載された写真は、まるでこのGUTs ASHの一番の売りかの如くに見えていた。
「ごめんなさい、真似して写真を開いてたら……」
楓香の過ちでは無い事に胸の痛みが透子を襲う。
「イタっ、いや、楓香は悪くないから!」
零の口元がまたも淫猥な笑みを浮かべている。
その憎憎しぃ笑みに、透子は下を向き予想に悔しいながらもグゥの音も出ない。
が、謝るのもシャクに障る。
口惜しさ紛れに写真のケチを先にしようと零の顔を見返した、その時だった。
『…ひほほっ…ひほほほほほほ…』
「何?」
突然の零の笑い声に驚いた透子が、零が見ているモニターを確認する。
が、特に変わらず零の卑猥な写真が載るホームページに何が面白いのか解らない。
透子の怪訝な顔に楓香も覗き込む。
「あ、」
何かを見付けたとばかりの楓香の声に、自分が見逃した何かは何かと楓香の視線を追って覗き込む透子だが、全くもって解らない。
確認に恥じらいは無いが、スマホで得意気だった自分を恥じる気らいはある。
「……あの、何が、あ、なの?」
『…ひっほ…』
「いや、だから何?」
零は笑い疲れて横たわる
楓香が振り返ると透子に向けてか、モニターの管理者権限に見える数字を指した。
購入欄に入る数字が増えていく。
楓香に作らせた服も売れていた。
しかし、今正に売れているのは練習人形キットだ。
「あ、え、何で? コレ見て買ってるって事?」
購買欲を掻き立てた写真となりケチもつけ辛くなった状況に、モニターに目を凝らし始めた零の横顔をワナワナと見る透子だったが、見たと同時にあまりの悍ましさに顔を背けた。
瞬間的な物だろうが少なからずも十三個もの注文に、零の顔は写真通りの笑みを浮かべている。
棚からぼた餅的に降って湧いた流れを逃すまいと思考を巡らせているのか、何だか目がギラついているようにも見え。
流れ星のような希望の光を汚す零の卑猥な目が、楓香の身体を舐めるように向けられる……
『…ひほっ…ひほほほほほほほほほほ…』
明ら様な下心に、背筋の寒気が楓香を襲う。
『…ひほほ…自業自得だろ!…ひほほ…ひほほ…ひほほほ…』
ボフッ#
『…ビボッ…』
隕石の強襲か、透子の足の下敷きになった零は
「いや、無いわぁ……」
この後、モニターを前にしたラックに縫い付けられ、キーボードが添えられ項垂れていたが……
『…ひほほほ…』
――PIPU――
――KATAKATAKATA――
七夕に御用心……




