第1話 一人二役
私、三浦 海美は都内コンビニエンスストアのアルバイト店員。
うんざりするくらい人の多いこの場所では、日夜関係なくお客様がなだれ込んでくる。
かくかくしかじかで、週三回ほど夜間のシフトに入り、細々とした声を使いながら、決められた業務を決められた時間にこなし、時には酔っ払いやヤンキーに絡まれながら夜明けを待つのである。
そんなくだらない日々の中で、唯一ちょっとだけ胸躍る瞬間があった。
丑三つ時を過ぎる頃、客の来店を知らせるサウンドが鳴る。
「いらっしゃいませっ」
「あぁ、どうも」
おそらく百八十近い長身に、無造作な黒髪。それに映える色白な肌。少し長い前髪から覗く切れ長の目。
通りすぎる人が一度か二度は振り返る美青年が、同じ時間に現れるのだ。
今日も綺麗な男だと、有り難く目の保養にさせていただいている。
現実の私には、これくらいの楽しみしかない。
だって、インターネットにはーーー
「こんくら〜!今日も海の中をぷかぷかゆらゆら!海月 のひめ(くらげ のひめ)ですっ」
【のひちゃーん!待ってました!】
【こんくら】
【今日も推しが可愛い】
画面の中で、私を待ち望んでいた大量の文字がなだれる。
私が身振りを大きくしながら口を動かすと、画面の中のアバターは連動する。
それはクラゲをモチーフにした、とても綺麗な女の子の姿。何度見ても見惚れてしまうその愛らしさに、私はほくそ笑んだ。
普段はしがないコンビニのアルバイト。
しかし“海月 のひめ”として活動している私は、登録者二〇万人を超えるちょっと人気のあるVtuber。
さらに、不本意だが、自慢せざるを得ないことがある。
このVtuberと呼ばれる界隈で、有名になるために必要な切符と言われている有名企業の所属、いわゆる“企業勢”ではなく、個人事業主…つまり“個人勢”のVtuberとして、知名度を上げ、見事人気を勝ち取ったのだ。
この気持ちをあえて例えるなら『さほど学力が高くないのに、何故か難関大学にうっかり受かっちゃった』だろうか。
…いや、蛇足はここまでにしよう。
運良くこの世界で生計を立てられている現状に、満足していられない。油断すれば足元を掬われ、飛んだ槍玉に挙げられるのが、Vtuberというものだ。
伏せた目を上げて、そのことを肝に銘じる。
こうして、現実世界では地味な三浦 海美として、インターネットでは脚光を浴びる海月 のひめとして、月と太陽のような役割を担っているのだ。




