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第九話 闇の黙示録

 その翌々日、復帰したヤシャに会うなり、スミレは、

「アレスに会ったよ」と報告した。

「マジで?」

 ヤシャは驚いた様子だ。

「うん」

「どこで会ったの?」

「イベントダンジョンに向かう途中で敵に襲われて、やられそうなところを助けてもらったの」

「へえ。すごい偶然だね。それで、話できた?」

「それが、あんまり。思い切って、フレンドになってって頼んだけど、レベルが足りないって断られちゃった」

「そっか。でも、すごい思い切ったね」

「まあね。かなり勇気いったよ」

「向こうはスミレが同じ会社の先輩だなんて、思ってもないだろうね」

「うん。絶対思ってないよ。でも私も、分かっててもアレスが後輩だって思えなかったよ。雰囲気全然違かったから」

「どう違ったの?」

「なんて言うか、アレスは自信があって、堂々としてる感じだった」

「現実は違うんだ?」

「うん。現実のアレスはそういう感じじゃなくて、むしろ、自信なさそうな感じだから」

「そうなんだ。ゲームではキャラを演じてるのかもね」

「うん。そうだと思う」

「それで、他には何か話せたの?」

「アレスに、レベル六〇になったらフレンドになってって頼んだよ」

「そうなの? で、アレスはなんて?」

「ちょっと無理矢理だったけど、いいって言ってくれたよ」

「ほんとに?」

「うん」

「良かったじゃん。じゃあ、このままがんばれば目的は叶えられそうだね」

「そうだね。早くレベル上げなくちゃ」

 すると、ヤシャが、

「あのさ……」と、スミレに言った。

「何?」

「アレスの事、訊いてもいい?」

 スミレは、改まってどうしたのだろうと思った。

「いいけど、どうしたの?」

「アレスは会社の後輩だって言ってたけど、もしかして、スミレはアレスの事好きだったりする?」

 スミレは驚いた。

「はあ⁉ そんなわけないじゃん!」

 とっさにそう答えたが、よく考えてみれば、ヤシャは弓月が司の部下である事を知らないし、スミレが現実では男だと言う事も知らないから、そう思っても無理のない事だと気付いた。

《もしかして、俺、会社の後輩に気があるストーカー女だと思われてる? ヤバいな……》

 案の定、ヤシャが、

「ただの後輩に、ここまでできるかなって思ってさ」と言った。

 スミレは、ヤシャにきちんと説明しなければ、と思った。

「実は、アレスは私の部下なんだ。四月に私が昇進して、それで部下になったの。上司になった以上ほっとけないから。それで、ポスアポを始めたら何かきっかけができるんじゃないかと思って、それでボスアポを始めたんだよ」

「! スミレって、偉い人なんだ」

 ヤシャの言葉に、スミレは照れた。

「偉いってほどじゃないけど、一応部下が何人かいるよ」

「へえ。すごい! なんか、かっこいい」

「全然。上司としては新米だよ。だから、こんな、無駄になるかもしれない事もしてる」

「無駄じゃないよ! 実際、アレスに会えたわけだし。それに、俺だったら、自分のためにここまでしてくれる上司の下で働きたいけどな。スミレが上司なんて、めちゃくちゃ羨ましいじゃん。俺が代わってもらいたいぐらい」

「そう言ってもらえると、救われる気がする」

「でも、大丈夫? 上司って事は、スミレ忙しいでしょ? それなのに、毎日遅くまでポスアポやってて」

「大丈夫。仕事はちゃんとこなしてるから」

「違うよ。そうじゃなくて、スミレが忙しすぎて倒れたりしないかなって」

 ヤシャはスミレ自身の事を心配してくれているようだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと寝てるから。心配してくれてありがとう」

「無理はダメだよ? 自分では大丈夫って思ってても、疲れがたまる事だってあるから。疲れたら、無理せず休みなよ?」

「うん。ありがとう。でも、今は大丈夫。無理してるわけじゃなくて、純粋にポスアポ楽しくてやってるし」

「本当に?」

「うん。最初は死んでばっかで苦行だったけど、まともに戦えるようになったら、すごく楽しくなった。目標があるから、やりがいもあるしね」

「それじゃあ、目標果たしても、ポスアポやめない?」

「やめないよ」

「良かった。俺は、スミレと一緒にプレイするのすごく楽しいからさ。スミレには、やめないで欲しいよ」

「せっかくここまでにしたのに、もったいないじゃん。私もヤシャとプレイしてて楽しいし」

「ほんとに?」

「うん」

「よかった。それ聞いて安心した」

 ゲームキャラだから表情はうかがえないが、ヤシャの言葉からはそれが本心だという事が伝わってきた。

《ヤシャって、本当にいいやつだな。ゲームの中で、こんないい友だちができるなんて思わなかった。いや、ゲームだからできたのか。現実だったら、大学生と友だちになんて、絶対ならないもんな》

 スミレはしみじみと、そんな事を思った。

 それからも、スミレはヤシャと組んでポストアポカリプスをプレイし、経験値を積み上げていった。

 そうして、スミレはいよいよ、レベル五五に達した。

「やった! ヤシャ、レベル五五だよ! これで『闇の黙示録』が使える!」

 スミレは興奮してヤシャに言った。

「やったね! 早く使ってみよう!」

 二人はダンジョンに潜っていたので、急ぎ足で次の敵を探した。そして、三匹の敵キャラに遭遇した。

 スミレは闇の黙示録を装備し、早速敵に向かって攻撃を放った。すると、全体攻撃魔法が敵を一掃し、そして、次の瞬間、スミレとヤシャのHPが回復した。

「え? どういうこと?」

 スミレは慌ててステータス画面を開き、闇の黙示録を選択して説明文を開いた。

「闇属性の全体攻撃魔法。敵に与えたダメージの半分、味方のHPを回復する。確率でデバフ効果……」

 スミレはヤシャの方を見て言った。

「やばいよ、ヤシャ。これ、チート魔法かも!」

「回復も付いてんだ。すごいじゃん」

「これ、本当に私がもらっちゃって良かった?」

「もちろん。俺じゃ使えないし。スミレが使ってくれるならうれしいし」

「でも、売ったら高く売れるんじゃない?」

「う~ん。まあ、そうかもね」

「なんか、申し訳ない」

「そんな風に思うことないよ。そうだ! じゃあさ、お礼してくれる?」

「うん。もちろん! 何がいい? なんでも言ってよ!」

 スミレは相変わらず課金して、ジェムをたくさんもっているから、ヤシャが望むものなら何でも買ってプレゼントしてあげようと思った。

 しかし、ヤシャの回答は、スミレが予想していなかったものだった。

現実リアルで俺と会ってくれる?」

「え? リアルで?」

「うん。リアルで」

 スミレは固まった。まさか現実で会いたいと言われるとは思ってもみなかった。

《どうしよう……》

 ネットで出会った人と実際に会うなんて、少し怖い気もするが、ヤシャは長い時間一緒に過ごして、悪い人ではないという事は充分に分かっている。その点は問題ない。問題は、スミレが現実では男だという事だ。おそらく、ヤシャはスミレを現実でも女だと思っているだろう。会うなら、事前に事実を伝えておく必要がある。

《イメージ壊すよなあ……。でも、ちゃんと言っておかないと、待ち合わせもできないし……》

 スミレは、ヤシャに限って、スミレが女じゃないなら今後付き合わないとか、そういう事を言うわけはないと考えていた。しかし、その可能性も、ゼロではないのではないだろうかと、若干の不安も感じていた。

《ヤシャと、これっきりになったりしたら、やだな……》

 しばらくの間、スミレが返答できずにいると、ヤシャが察した様子で、

「変な事言ってゴメン。今のなし」と言ってきた。

 おそらく、スミレが、嫌で回答を渋っていると受け取ったのだろう。

「あ、いや、ごめん。ちょっと急だったから。少し考えさせて」

「うん。分かった。無理なら全然、断ってくれて大丈夫だよ」

「うん……」

 二人はダンジョン探索を再開した。

 スミレは探索しながらも、どうしたものかと思案した。

 ダンジョンを出ると、スミレは覚悟を決めて、

「ヤシャ」と声を掛けた。

「何?」

「さっきの、リアルで会うって話だけど」

「うん」

「事前に言っておきたい事があるの」

「何?」

「実は……。実は、私、リアルでは男なんだ」

「ええ⁉」

 ヤシャはかなり驚いた様子だ。

「それでも、会いたい?」

 少しの間、ヤシャが黙った。そして、

「うん。会いたいよ」と答えた。

 その答えに、スミレは少しほっとしたが、まだ油断はできないと思った。さすがに、「男なら会いたくない」とは言いにくいはずだ。本心ではない可能性もある。

 ヤシャが、

「そっか、男なんだ……」と独り言のように言った。

「今まで黙っててごめん」

「いや、別に謝ることじゃないし。ゲームのキャラなんだから」

「イメージ、壊れたでしょ?」

「正直驚いたけど、全然問題ないよ」

「ほんとに?」

「うん。実は、俺も女だし」

 ヤシャの言葉に、スミレは仰天して、

「ええ⁉」と声を上げた。

 すると、ヤシャが即座に、

「冗談だよ」と言った。

「え? ちょっと、やめてよ。どっちがほんと?」

「俺はリアルでも男」

「そっか……」

「今、俺が女って言った時にスミレが感じた事が、俺が感じた事だよ。どう思った?」

 スミレははっとした。そして、ヤシャはすごい人だと思った。

「それは……。かなりびっくりしたけど、それはそれでいいかなって思ったよ」

「じゃあ、そういうこと。俺もそう思ったってことで、これで問題ないでしょ?」

「そうだね。……ありがとう」

「で、いつにする? 今度の土日とかどう?」

「あ、うん。今度の土曜大丈夫だよ」

「じゃあ、飲みに行こうよ」

「そっか。二十歳超えてるから、学生でもお酒大丈夫なんだね」

「スミレは飲むの?」

「うん。まあ、普通に」

「じゃあ、決まり」

 二人は土曜日の夜、渋谷で待ち合わせる事にした。そして、メッセージアプリの連絡先を交換してその日は別れた。

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