第六章12 『手放す覚悟』
学院一高い時計塔からの眺めは見渡す限りの青黒い結界だった。
「ほう……よもや追いつくとは」
「グハハハハ!! やはり人間族にもガッツが有る者もいるではないか!!」
時計塔屋上は他の屋上と同じく広々としたスペースがあり、実際時計が取り付けられているのはその一つ下の階。
シルクは屋上に到着するやいなや、魔族二人と対面した。
ピルトと名乗った蛇男の隣には学院全体を包むものと同じ、青黒い球体。
そこにミナスが閉じ込められている。
「ミナを返せ」
「グハハハハ!! すまんな少年。その根性に免じて返してやりたくもあるのだが、如何せんこっちは仕事なのでな。許せ。グハハハハ!!」
筋骨隆々としたガタイの良い男は終始口を大きく開けて叫ぶように笑う。
一見話が通用しそうな男————ダレンだが、その彼の纏うオーラも横のピルトと同様に強者の圧を感じさせる。
総毛立ち、今すぐにでもこの場から逃げるべきだと警告するシルクの身体だが、彼はその警告を無視し、強く握った右手で足を叩く。
シルクは既に覚悟が決まっている。
ミナスを救うために自身の魂を手放す覚悟を。
「ダレン。そいつは邪魔です。排除してください」
「うぬ……気が乗らないのだがなぁ。すまない勇敢な人間の少年よ。その勇気に敬意を表して苦しまず、一撃でその命を刈り取ってやろうぞ」
そう言ってダレンは全身に魔力を流すと全身から金色の毛が生える。
所々に黒のラインが入り、両手十本の爪が鋭く指揮棒のように長く伸びる。
元から盛り上がっていた筋肉は更に膨れ上がり、上半身の服は破け、数秒後には二メートルは軽く超えた巨体の虎の魔族がそこに立っていた。
ダレンは前屈みになり、その爪をシルクに向ける。
その白く輝いた爪でダレンは今まで幾人もの同胞を切り裂いており、脆弱な身体を持つ人間の肉なら抵抗なく死に追いやる。
「では少年。良き死後があらんことを」
ダレンの跳躍。
無駄な脂肪の無い全身筋肉の身体での跳躍は自身の質量を無視してシルクに襲いかかる。
勢いよく伸びる爪がシルクの身体を捉えたその瞬間。
「————《再現・開始》」
橙色の魔力の奔流がシルクから溢れ、向かうダレンを退いた。




