第六章11 『追手』
ファルティナとヴォルトと分かれた後、シルク、レン、カザリはピルトの向かった方へ走っていた。
複雑怪奇な迷宮である学院だが、幸いピルトの歩いて行った方向は分かれ道が少なく、目的地の予測もしやすい。
「時計塔————」
「ああ、ここまでの大規模な結界を張るのにはそれ相応の場所が必要だろう。学院の全てを見渡せる巨塔であり、その中心。この道からしても目的地は間違いなく時計塔だ」
道中魔物とすれ違うことはあっても、身を隠しエンカウントを回避する。
魔物は基本知能が低い。
見つからなければ、魔物も自ら探すということは絶対にしない。
「でもシルっちとお兄ちゃん。どうしてあの魔族は時計塔に向かってるの? もうミナちゃんを捕まえたんだし真っ先に逃げてもいいはずだよね?」
「多分だけど、あのピルトって魔族の目的はまだ他にあるんじゃないかな。今までの会話から鑑みるに闘技場に隔離されている人達に何かをするのが目的なんだと思う」
「何かって何?」
「カザリ、カーラインを困らせるな。具体的なことは分からないが男は殺され、女は連れ去られる。この事実は変わらない。あのピルトみたいな見た目は人間にしか見えない魔族を作り出すのに女は確実に連れ去られる。その連れ去る手段が時計塔にあるのだろう」
魔族は本来、常に変身したピルトのように動物や虫をベースにした見た目をしている。
二本足で地を踏み、二本の手を自由に使う点では人間族と同じだが、魔族はベースにした動物、虫、特有の器官や部位をその体に宿していることが多い。
人間と魔族のハーフは見た目は人間にしか見えなくとも、一定量の魔力を流すと魔族側の見た目に引き寄せられる。
人間特有の【固有能力】【武装展開】を使えると同時に、魔族の強靭な身体が手に入るというその稀有な特性を宿すハーフは魔族にとって貴重な人材なのだ。
ピルトがシルク達の目の前で使った『結界』も彼の人間側の力である【固有能力】であると推定される。
「後少しで時計塔に繋がる階段。この大廊下さえ渡ってしまえば……」
「ふ」
「避けろカーライン!!」
それは突如、何もない空間から斬り上げられる音がした。
「な————ッ!?」
レンの忠告に反射的に横に飛んだシルクは自身の元いた場所を見る。
そこには何も無いし、何も見えない。
だが、空間が歪んでいるような淀みがあり、その下に黒い羽が数枚落ちていた。
そして、その歪みは更に大きくなり人大になると、空間が色づき始め、見た目が鳥の魔族が姿を表した。
「ふふ……ふっー!! フッッッ!!」
「魔族……!!」
「カーライン、カザリ、確認しておく。さっきお前達はコイツが見えなくて、敵陣に飛び込んだんだな?」
「うん。そうだけど……?」
「オーケーお兄ちゃん。そういうことね」
カザリは兄の言葉の意味していることを瞬時に理解する。
「なら奴の手の内は割れた。アイツの【固有能力】は対象に付与するタイプの認識阻害だ。生憎だが、その手の能力は俺には通用しない。カーライン、お前は先に行け。此処は俺とカザリが引き受ける」
「いや、ここは三人で対処を————」
シルクの提案を妨げるようにレンは首を振る。
「いや、アイツが見えないならば正直足手纏いでしかない。それならここは俺たちが引き受けてミナスを取り戻すためにカーラインを先に送り出すのがベストだ。なに、直ぐに応援に向かうから安心しろ」
「そうだよシルっち。早く行って!!」
「二人とも無理はしないで!!」
シルクは少し躊躇するも、カザリの押すような声で時計塔屋上に繋がる階段に向かって走り出した。
「フ————ッ!!」
シルクを行かせまいと鳥型の魔族は腕を大きく振るい、その黒く硬質な羽をシルクに向かって射出した。
だが、その羽はシルクに届くことなく後ろから飛んできたナイフで撃ち落とされる。
「相手は俺達だ。浮気はするもんじゃないぞ」
「ひゅー。お兄ちゃんカッコイイー」
「そう褒めるな妹よ。もっといい姿を見せたくなるだろう」
「いや、小馬鹿にしたつもりなんだけど」
レンはナイフを両手でクルクルと器用に回す。
広げられた彼のローブの中には所狭しとナイフが下げられていた。
レンもシルクと同じく自己内部で完結させてしまう、非放出系の能力者。
彼も【武装展開】が出来ないが、いざという時のために武器は服に隠してある。
「しかし、俺も嫌な奴だ。二度とやらせるべきでは無いと分かっているのに、ミナスを救うためにカーラインのあの『力』を使わせようとしている。恐らくあの蛇男と戦うのに足手纏いになるのは俺たちの方だと分かって残ったって知ったらカーラインはどんな顔をすることやら」
「なーに自己嫌悪に浸っているのさ。この場でシルっちが残っても足手纏いなのは本当のことだし、ミナちゃんを助けるって決めた時から覚悟してるはずだよ。それにお兄ちゃんがそんなことを考えているなんてシルっちは気づかないって。だって、シルっち、私たちが軍人だって気づいてなさそうじゃん? 何度も気づきそうな場面あったのに」
「それは奴の鈍感さが問題だな。俺たちの正体はともかく、あのノースダリアの常軌を逸している好意の視線を軽く受け流すとは。信じられん」
「あはは……そうかもね。————来たよ」
鳥男は足を浮かせ、力強く羽ばたかせ突進をする。
直線的な攻撃に二人は軽く避けると鳥男は壁に衝突。
土煙が晴れると、そこには平気そうな鳥男と外が見える崩れた石壁。
その光景は突進の威力を物語るには十分だった。
「認識阻害に羽の硬質化、射出に突進、か。なるほど分かりやすい」
「フ————ッ!!」
透明化を看破されたこと、シルクを逃がさせたこと、突進を避けられたこと、そして戦いの最中冷静に分析されたことに鳥男は激怒する。
そして鳥男は両手一杯左右へ大きく振り、今度はナイフでも対処しきれない量の羽をレンとカザリに射出した。
人間の肉を容易く抉る硬質化された羽に真正面から襲われた二人を見て鳥男は殺ったと思った。
だが、様子がおかしい。
血飛沫は起こらず、何故かヒラヒラと羽が重力に従って落ちていくではないか。
そして羽が全て落ち切り、傷一つついていないレンとカザリが姿を表す。
「魔力を込めて硬質化・射出をしているんだから俺には通用しないのは当たり前だ」
「ペッ、ペッ!! いやーん。羽が口に入ったぁ〜〜〜」
カザリの右手はレンの左手を握っている。
そう、カザリの【固有能力】でレンに接続し、レンの【固有能力】の【魔力霧散】を共有したのだ。
「フ〜〜〜ッッッ!!」
レンはカザリの手を解き、二本のナイフを逆持ちして戦闘態勢に入る。
「今、俺たちの背中の方には時計塔への階段がある。つまり先とは逆の位置関係だ。————ここから先は通さないぞ、魔族」
「私達人間族を舐めないでよね!!」
そして二対一、人間族対魔族の戦いは始まった。




