序章3 『陰謀1』
「よく似合っているじゃないか」
「はいっ。この度は私の我儘を聞いてくださりありがとうございます!!」
それはある軍施設内のこと。至る所に設置された角灯に、常時光る橙色の結晶石で照らされたその一室は夜だと言うのに明るかった。これは国の軍施設だから出来ることであって一般庶民は夜の暗闇には逆らえない。軍施設内の一室で談笑をする二人の姿があった。
片方は軍服を着る二十歳半ば辺りの、黒髪が入り混じる白髪で長身の男。
もう片方は王国首都に位置する王立魔術学院指定の黒のハーフローブを羽織っている女性。歳は十六か十七。艶やかな桃色の髪一本一本がストレートに腰にまで伸びている。背丈は年相応であり、硬派なイメージを想起させる軍とは無縁そうな天真爛漫さが窺える。
今も新調した黒ローブを着て、クルクルと回って見せている。
「まぁ、我儘を聞いたと言うよりは軍人候補生達を育成する魔術学院ソレイユの実態調査だがね。まぁ、ミナも前から行きたがっていたし丁度よかった。僕らも暇だしね」
「軍なんて暇なのが一番ですよっ!! うわぁ、ここに刺繍がしてあるんだー。素敵!!」
「暇だと言っても僕達まで駆り出されることが無いだけで実際は侵攻を受けているんだからね? 最近勢いが弱まっているだけで奴等が何かを企んでいるんじゃないかという話もある」
「ガイさん!! 見てくださいよココ。カッコ可愛くないですか?」
「話を聞いているかな?」
「はい一応は。でも奴等————魔族のお陰で私が学院に行けるなら魔族に感謝しますよ!!」
「他のことをやりながらでも実はちゃんと人の話を聞いているのがミナの美徳だ。でも今の発言は絶対に口外するなよ。スパイ疑惑で軍法会議か背信者疑惑で宗教裁判にかけられるぞ。両者共に良くて即刻処刑、悪くてありもしない情報抜き出しのための拷問の後に処刑だね。どの道殺される。全く、僕はこれでも敬虔なエスティア教信者なんだぞ?」
「ごめんなさい、絶対口外しません!!」
「ローブをうっとりした目で見ながらじゃなくて僕の目を見て言って欲しかったね」
呆れながらもガイ————ガイ=ラルヴェリアは明日への期待に目を輝かせる少女を見て微笑む。
この少女は生まれてから一度も学校というものに行ったことがない。当然機会が少ないため、友達は軍に属する歳の近い二人だけ。しかもその二人は一年前から今回と同じ魔術学院ソレイユの実態調査の都合で会う機会が少なくなっていた。
学校とは勉学に励み、歳の近い多くの学友と友情を深め、熱い青春を送る場所だと多くの本に書いてある。中には友人・親友を通り越してその先の恋人になる者も。
本に多大な影響を受けているミナ————ミナス=ラナンキュラスは期待に胸を膨らませていた。
「では、まぁ。形式的に、ね。——————ミナス=ラナンキュラス」
ガイは先程までの笑顔を完全に消し去り、真剣な顔つきに。それに応えるかのようにローブで浮かれていたミナは即座に身体が反応。背筋を伸ばして彼に敬礼。実に無駄のない動作であり、日頃から慣れていることが分かる。
「ミナス=ラナンキュラス、君に魔術学院ソレイユの実態調査を命じる。————まぁ、大丈夫だ。先行して二人もいるからその二人を頼りに学友を作ればいいさ。今までの境遇に対する情けと活躍のご褒美だと思っていい」
「はいっ!! このミナス=ラナンキュラス、しっかりとお勤めを果たします!!」
「今日は呼んで済まなかったね。もう宿舎に戻って明日の引っ越しに備えなさい」
「はいっ!! 失礼します!!」
九十度近く体を曲げてお辞儀をしてミナは勢いよくその一室を出る。ここの部屋は壁は分厚いがドアは薄いので、外で「やったー」と叫ぶミナの声は中にいるガイにも聞こえていた。
「失礼します」
「ああ、レナか。入ってくれ」
ガイが入室を許可すると手元に多くの資料を抱えた彼と同じ軍服を着る女性が現れる。
女性にしては高い身長に小さい顔。細い腕に体つきからとても軍人とは思えない。
「ラナンキュラスが笑顔で叫びながら走って行きましたが何があったんですか?」
「……後できつく注意しておこう。理由は例のアレだ」
「ああ、実態調査。それで実際の目的はなんですか?」
ガイはレナの唐突な発言に驚き、飲んでいたコーヒーで咽せる。
「それは酷いなレナ。まるで僕が裏に別の目的があるようじゃないか」
「酷いも何も。貴方がここまでの地位を手に入れるために行ってきたことを考えれば裏の一つや二つあると考えるのが普通でしょう。二十代のうちに佐官なんて異常です」
「流石、レナ=ミルナード。僕の秘書だ」
「事務上の話です。私を雇っているのは王国ですから」
「あらら。それは手厳しい」
ガイ=ラルヴェリアは今の地位を手に入れるためなら何でもした。
持ち前の甘いマスクや相手を誑かす話術、思考誘導。弱みを手に入れて脅しや情報操作で敵を陥れるなども平気でする。彼の笑顔はただの仮面であることを幼馴染であるレナは知っている。
「魔族には頭首である『魔王』が存在する。それは分かるね?」
「……? 今まで鳴りを潜めていた魔王が突如現れた。だからそれ以来魔族が異種族を襲い始めたのですからそれはまぁ」
魔王とは文字通り魔族の王である。動物と虫、人間が合わさったような見た目に紫色の肌。人間以上に豊かな見た目をしており魔力を感じ取る角を持つ。常に魔力が全身に流れた状態で生半可な攻撃は一切通用しない。それが魔族だ。
人間は魔族に襲撃されて以来、人間族が住む支配領域の王国、帝国、共和国、連邦国が一致団結してその侵略を防いでいる。
「僕は思ったんだ。どうして『魔王』はいるのに『勇者』がいないのだろうと」
「また貴方は素っ頓狂な考えを……。いいですか。魔王は魔族の中で生まれたただの代表的な役職の名前であり、魔王だから強いんじゃありません。強いから魔王と呼ばれているのです。勇者と魔王がセットなのは御伽噺の中だけ。この世に勇者なんて存在しない。いるのは実績を得て民衆から自然と呼ばれるようになった英雄だけです」
「僕の周りは直ぐに宗教否定紛いの発言をする」
「そういえば貴方は勇者を神聖視するエスティア教の信者でしたね」
「そうそう。だから君の今の発言も不敬だよ。僕が神官ならおかんむりさ。君を宗教裁判にかけて『秘書として一生ガイ様の隣に寄り添うことを誓います』って言わせてやるね」
「生憎私は無神論者なので」
「スルーされると僕も辛いところがあるね。それに結構恥ずかしかったし。エスティア教は王国の国教だし、第一君も小さい頃に洗礼を受けている。君も立派なエスティア教信者さ」
「それで。勇者が何なんですか?」
レナはガイのボケを完全に無視しながら淡々と話を進めようとする。彼女にとってこれぐらいの茶化しは慣れたもの。全くの本心から言っていないのも分かっている。だから余計に彼女は彼が語った勇者について訝しんでいた。レナは彼に素っ頓狂と言ったが、この男が何も策・根拠無しで物を語るような人間ではないと知っている。
「ご存知の通り、勇者とは我らが宗教の根幹をなす大事な存在だ。それは神聖視されているだけであり、人間の心の拠り所となるべく作られた架空の存在と考える者も中にはいる。だがね、最近の調べで勇者は存在したのではないかという説が流れ始めたんだ」
「?」
「僕らは【固有能力】という人間特有の力がある。それは持っている能力に応じてその人の強さが決まると言っても過言じゃない。そうだよね? 強い人は、その能力を持っているから強いんだ。決して強いから、強い能力を持っているわけじゃない」
ガイの言葉に力が入り始める。無邪気と言えば聞こえがいいが何かが違う。先程までの笑顔がもっと不気味なものに変わり狂信的な目をしている。レナは彼を見て「またこんな顔を」と思った。彼がこんな顔をするときは本当に碌でもないことを考えている時だ。
「つまり、だ。過去に【勇者】という力を手に入れた人間が勇者になったのではないかということだよ。さっきの君の主張と真逆だね」
「……。私は貴方が何を言っているのかさっぱり分かりません。ですが百歩譲って、その【勇者】の力を得た人間が過去にいたとしましょう。それが今回の学院実態調査と何の関係が?」
「何故、勇者が現れないのだろうという話に戻ろう」
ガイはレナの質問に答えず、少し間を空けてから口を開いた。
「現れないものは仕方がない。無いものねだりは時間の無駄だからね」
「…はぁ。まぁそうですね」
「——————いないのなら、勇者を作ってしまえばいいんじゃないか? と思ったんだ」
「は?」
「無いなら作ればいい。それだけの話さ」
レナはガイの発言に耳を疑う。だが決して聞き間違いではない。
この男は「勇者を作る」、ハッキリとそう言ったのだ。
「……ダメですねやっぱり。不本意にも長年一緒ですが貴方を全く理解ができない。それで、それと今回の調査並びラナンキュラスに何の関係が?」
「関係大有りさ。今は詳しいこと言わないけどネ」
レナは小馬鹿にされたような気分がして目を細める。ただでさえガイの自己内で完結しているような話に付き合わされていて、しかも情報が全く与えられていない。そんな中で彼の話しに追いて行っているのにその態度はなんだと。
レナはもうガイを理解することに諦めた。この男はレナが理解していようがしまいが勝手に計画を進めるのだから。
「もういいです。それで勇者を作ることに何の目的が?」
レナは細めた目を元に戻して大きくため息をつく。深く大きな目的があるが、決してその終着点を言わない。ガイは真面目にものを語るがいつも何処かでレナを茶化して目的を言わずに有耶無耶にする。そんな掴みどころの無いガイが珍しくハッキリとレナにこう言い放った。
「————————僕はね。魔族を絶滅させたいんだ」




