第四章7 『特訓?』
学院には訓練塔が存在する。
全階が特殊な付与系【固有能力】によって床と壁が強化されており、並の攻撃では傷一つつかない。
学生は申請を出せば【固有能力】や【武装展開】を使った戦闘訓練がいつでも行えるのである。
近くには保健塔があるため、即死でもない限り安全は保障されている。
レンとカザリは訓練塔二階の上側観戦席で仲良く並んで下の訓練を眺めていた。
「序列は確かに試合の勝ち負けで決まることが多いが、一回戦で負けた全員が【末席】になるわけじゃない。たとえ負けるとしても如何に負けるかが重要だ。善戦すれば他の敗者と比べて順位が高くなる。しかも今回のカーラインの相手は【第一席】だ。下手な試合をしなければ下から五番より上の順位で終わることが出来る可能性はかなり高い。他の生徒と戦うよりは学院在籍継続は夢じゃない。不幸中の幸いってやつだな」
「それでも相手はエストリッチだよ? 善戦する以前に即敗退の方が濃厚じゃない?」
「まぁ、戦い方次第だろうな。あの派手な【固有能力】のせいで皆が見逃しているがアレは無敵の能力でもなんでもない。しかも今回は何故か【武装展開】できない生徒は武器の持ち込みは許可されている。エストリッチにかすり傷の一つでも付けられたら在籍は確定だろう。それにアレなら……」
「ああ、うん。確かにアレなら———————————————————逃げ足だけは鍛えられそうだね」
◆◆◆
惨劇が訓練塔二階で繰り広げられていた。
シルクは大小様々、背中から襲いかかる氷の塊を必死になって逃げていた。
避けた氷は地を抉り、即座に氷が溶けるとそこに残されたのは穴、穴、穴。
氷が地面にぶつかった瞬間、砕け散った氷が舞うのではなく、砂埃が舞う時点でその威力は明らかだ。もし人間に当たりでもしたら肉が抉れて骨も露出する。
「死ぬって!! マジで当たったら死ぬって!!」
「大丈夫、私の、シルクはこんなもんじゃ、死なない」
「その信頼はどこから!?」
「シルク、剣を抜いて……。いくよ」
「どわぁっ!?」
背を向けて逃げていたシルクはファルティナに面を向けて剣の柄を両手で強く握り込む。
氷の弾幕が収まったと思った矢先、ファルティナは【武装顕現】させたレイピアでシルクに突進を仕掛けた。
「ほら、ほら、ほら、ほら。腰が引けてる。剣が軽い。足先がバラバラ。——————戦うシルクちょっと良き。カッコいい。尊い」
「僕、舐められてる!?」
だがシルクの剣はファルティナの閃撃に防戦一方。攻撃の隙も与えて貰えず、全身にレイピアのかすり傷が増えていくばかり。
するとファルティナはレイピアでは考えられない動き————突きではなく、得物を上段に振り上げる。レイピアは構造上、切るより突きで急所を狙う攻撃を得意とする。まさにこの上段の構えはシルクにとって絶好の反撃の機会だった。
シルクはこの一瞬を見逃さない。なんとか残る力を込めて彼女に斬りかかる。すると————
「作為的な隙に、飛び付いちゃ、ダメ」
シルクの頭蓋に巨大な氷が直撃した。そしてその勢いのままシルクは地面に倒れる。
ファルティナはわざと分かりやすい隙を作ってシルクを誘導した。罠だと知らずにかかった獲物はそれこそ隙だらけ。振り上げたレイピアの先端から射出された氷がシルクを捕らえたと言うわけだ。
これが【固有能力】を持つ者の戦闘。見えるものにばかり注意を向けると、目に見えない何かに首を取られるのが能力者同士の戦いなのだ。
「ぐっ……。痛たたた。また引っかかっちゃった……」
「シルクさん!! 大丈夫ですか!!」
近くで二人の戦いを見守っていたミナスは心配そうにシルクに駆け寄る。
「怪我は……ないようですね」
【武装顕現】を解除し、レイピアを光の粒子に変えたファルティナは何故か細い目をしてシルクに向かって来た。シルクは自身の不甲斐なさに説教をされると覚悟したが、視線の先はシルクではなかった。
「ラナンキュラス。シルクを甘やかさない、で。……あと近い」
「甘やかしてなんかいません!! 心配しているだけです!!」
「甘やかしてないなら、もう、近寄らないで。貴女の出来ることは、ない。あと胸大きい。シルクの目の毒。集中妨害。足手纏い」
「なっ!! これぐらいの大きさ普通です!! 貴女こそ少し厳しすぎるのではないですか!? シルクさんが精神的に参ってしまったらどうするつもりなんです!?」
「これが……普通? もういい、ラナンキュラス。エストリッチより先に、貴女を、排除する……!!」
「望むところです!! あちょー!!」
シルクの眼前でキャットファイトが繰り広げられる。どうして初対面なのにここまで仲が悪くなれるんだろうと思いながらシルクは二人を傍観する。互いに敵意を向け合いながらファルティナはレイピア、ミナスは拳を構え合う。明らかにミナスは圧倒的に不利だ。
「二人とも仲良くしようよ。ね? 訓練の続きをしよう?」
「「シルク(さん)は黙ってて(ください)!!」」
二人のキッとした攻撃的な目つきはシルクに向いて、彼は怯む。
「これって僕のための訓練だよね………?」
教育方針の違いによる父と母の対立とはこんな感じかなとシルクは心の片隅で思った。




