第四章5 『虎の大事な餌』
「ちょっと、大丈夫ですかお二人方?」
「……チッ。私は、大丈夫。ちょっと、シルクに触らないで、近づきすぎ」
「いえ……その馬乗りになっている人からそれを言われるのはちょっと……。あと何で舌打ちをされたんです私!?」
「……なに? 文句、あるの?」
「ひぃっ」
シルクに馬乗りになりながら彼を愛おしく眺めるファルティナ。そんなご褒美タイムに彼女が間女と定めたミナスが気安く話しかけ、顔全体で不快感を露わにする。ミナスが二人に近づこうと寄った時にもシルクを覆うようにミナスに背を向けたファルティナは敵意が丸出しだ。
「あの……私……私何か嫌われるようなことを何か……。うえええええええええん」
「おーよしよし。知らぬ間に虎の大事な餌を掻っ攫おうとしていたミナちゃんは悪くないよ〜。おーよしよし。おーよしよし」
ヴォルトとは違って純粋な敵意をモロに浴びたミナスはカザリの胸で泣く。
特にフォローにもなっていない慰めをしながらカザリはメイドに説明をさせようと目を配る。コルンの事態の収拾のため、仕方なくこくんと頷き同意する。そして何か言いにくそうに口籠らせながら事の経緯を話し始めた。
「……はぁ……。いえ、その……。お嬢様は掲示板を見るなり何故か激昂し、教室でいつも隣の女生徒に恐喝染みた声でシルクヴェントの動向を窺ったんですよ……。そして…。その…。『ラナンキュラスちゃんと一緒にいなくなっちゃったよぉぉぉ』と聞くなり、周囲の被害を無視し、冷気全開で探し回ったってわけです……。いやまさか、外に飛び出して、ご自身で作り出した氷に乗って屋上まで昇るとは思っても見ませんでした……」
「あー。なるほど。これはミナちゃんが悪いかも」
「なるほどな」
「えっ。えっ。どうして私のせいで激昂して、どうして私が悪いってなるんですか!?」
納得した様子でカザリとレン、加えてコルンが視線を斜め下に逸らす。
今もなお、女性が男性に馬乗りになっても離れようとしない、むしろこのまま居座ろうとしているある種異常な光景を見てもミナスは何も気づかない。あそこまでだらしなく破顔をしているファルティナの不自然さに、転校生故に彼女を知らないミナスは都合良く働く鈍感さも相まって何も違和感を感じない。
「はぁはぁ……にゅーシルク。良き…。良きすぎる……。はぁはぁ……」
こんな主人をしていられないとばかりに両手で顔を隠すメイド。
可哀想にと同情の視線を送るレンとカザリ。
三人は思った。このヤベェ女、発情してると。
「う……うん!?」
「……おはよ」
シルクは目を覚ます。なんてタイミングで覚醒してんだと三人は心の中でツッコむ。
「あの……ファル? この状況は一体……?」
「…交配する?♡」
「しないよっ!?」
寝惚け眼なシルクはファルティナの爆弾発言に経験を活かした反射反応をする。特に深く考えないまま彼はファルティナを腰から退かして起き上がった。
「……これ、どんな状況?」
泣きじゃくるミナス、馬乗りになっていたファルティナ、両手で顔を隠すコルンに、ジト目でシルクを眺めるカザリとレン。
シルクが何も理解できないのは当然であった。




