Chaos
俺は背中の重みに前屈みになりながら、恐る恐る誰が倒れて来たのかを確認した。
「勇? 勇!」
俺に身体を預けて来たのは、勇だったのだ。しかし返答がない。
そして俺の背中に生温かい物を感じた。
「げ、、、、ん君、後ろに獄卒、、、、」
「玄! 勇が獄卒に!」
俺は暫く状況がつかめず、勇を背負ったままでいたが、茜と義晴の叫び声で、我に返った。
「ちっ邪魔立てしよって。小童が」
俺は振り返り勇を抱きかかえると絶句した。血しぶきが勇の胸から、噴き出ていたからだ。
「勇! どうして」
勇の胸を貫いたのは隠形鬼。身を隠し、玄の息の根を止めるために現れたのだ。
「小角の器よ。お前を葬れば奴も消える。こんな簡単な事、皆には分からんようだ。きぃききき」
突如、玄の後ろに現れた隠形鬼が、玄の胸を目掛け拳を向けたのだ。それを阻止したのが勇だった。
「俺さぁ、身体を張って、、ゴホ、、誰かを助けるって、やってみたかったんだ。ゴホ、地獄で叶ったよ。ゴホゴホゴホ」
勇は真っ赤な血を、口から吐きながら微笑んだ。
「もう喋るな。耕三さんが来てくれる、、、、治癒して貰いたかったんだろ。待ってろ、直ぐに来るから」
「玄、、、、俺を置いて、、逃げろ。この鬼、お前を、、ゴホ、、狙ってる」
「勇! 目を閉じるな!」
勇の意識が薄れて行くのと同時に、勇の肉体が少しずつ透けて来たのだ。
「ダメだ! 嫌だ。勇! 勇! 逝くな! 耕三さん、早く来てくれ!」
大切な人を失う恐怖を、始めて心の奥で感じ取った。
俺は皆を置いて死んでしまった。その方が失う辛さよりも楽だと思った。
「小角の器、心配するな。直ぐに後を追わせてやる」
そう告げた隠形鬼が、手に染みついた勇の血を、舐めながら玄に近づいて来た。
「ソワカ! そこまでにしてやってくれ」
真言を唱え終えた小角が、隠形鬼の肩に手を置いた。すると瞬く間に隠形鬼は、銀の光に包まれた。
「おのれ、うううう。千方が、奴が、もう直ぐ儂等を呼び寄せる。覚悟しておけ!」
最後の言葉を言い放つと、阿鼻へと送られたのだった。
「小角さん、勇を助けて!」
必死で願う玄が勇を抱きかかえてはいたが、勇の肉体は、ほぼ消えようとしていた。
「これは酷い」
小角であろう、白い靄は勇の胸に開いた穴に手を添えた。すると、小角の手のひら辺りから、耕三の治癒法と同様に、銀の光が放たれ、勇の身体を包み込んだ。
耕三と違うのは、銀の糸では無く、勇の身体一面を、護符が張り付けた状態になったのだ。
術の施しを終えた小角の影は玄を見つめた。
「玄、ミイラの出来上がりだ」
「え?」
「そちの友を、傷つけてしまい申し訳なかった。これで助かるだろう」
「小角さん、、、、有難う、、有難う」
『一瞬焦ったよ、、、、だってミイラって死人じゃん、、、、』
勇を失う恐怖が少し解れた玄は、しゃがみ込むと、護符に巻かれた勇の身体に手を添えた。そして義晴と茜も勇の横に座り込んだ。
「丸、、、、随分と風鬼に手古摺っておったな。腕が鈍ったか?」
「片付けをしていた」
風鬼を追い遣った耕三が、玄の元に現れていた。
『耕三さん、勇が死に掛けてる時に片づけって、、、、あっそうか、確かにカフェ凄い惨状だったな。あれでは営業出来ないか』
「恐ろしい事になるやもしれん」
「ああ」
「小角さん、耕三さん、恐ろしい事って? 千方って怖い人なの?」
「千方の話はしておらんだな」
「うん。でも過去にタイムスリップした時に、耕三さん達が、4鬼を使役している千方さんの話をしてた。朝廷に反乱を起こすとか、何とか」
「タイムスリップ?」
「小角、応えるべき点はそこではない」
「ははは。先程の4鬼を従える千方が蘇ってな、人界に獄卒を再び呼び寄せるかもしれん」
「獄卒は、千方の力無しでは、人界に行けないのだ」
「そして我等はそれを阻止しなければならぬ。何故なら今の人界は、三毒で満ちておる。万が一、獄卒が人界に降り立つ事があれば、三毒を糧に巨大な力を得るだろう」
「三毒って?」
「とんじんち」
「豚の陣地?」
「はぁ~」
耕三が頭を抱えた。
「耕三さん、僕も知らんわ~」
「あははは、面白い事を言うな、玄。
貪・瞋・痴。
貪とは、際限なく欲っすること
瞋は、怒り、憎悪
痴は、愚痴、妬み
と、説明すれば分かり易いかな?」
「確かに、現代の人間の心に住み着いているわね」
「いつの時代の人間も持っている煩悩だ。異なるのは、今は捌け口ない事だな。例えば光秀の様に、嫌な事を言われたら殺してしまう、など出来ぬ世だ」
『それは、いつの世もイケないと思うのですが、、、、』
「理子ちゃんも現世での玄君への想いを、地獄でも告げられなかった。誰にも心の内を相談出来なくて、苦しんで邪鬼になった。欲が人間を邪鬼に変えてしまう。
でも皆、お釈迦様じゃないし、人の心に邪鬼って住み着きやすいと思う。
物や情報が溢れているから」
「そうだよ、邪鬼が心に宿らないようにって難しいよ」
「欲は生きるために必要な本能だ。どの生物にもある。日々生死と、背中合わせに生きていれば、その瞬間に必要なものだけ欲すればいい。
だが今では、殆どの者の腹は満たされ、衣も纏っておる。生存に必要な物は、揃っておることが多いな。
幸せな事で、平和である証拠だ。だが、幸福や平和は、目に見えん空気の様だ。常に回りにあるため、有難いと思えぬのかもしれん。だが、空気だって勝手に出来る訳ではない、草木や様々な物が協力し合っている。人の幸せも同じだ。
目の前にある食事は何処から、どうやって来たのかを、考える事が出来れば、自ずと感謝出来る。そして、それ以上は求めんはずだが、今に満足出来ん故に、不平不満が多過ぎる」
「幸福や平和とは逆に、苦しみは、痛みを伴うので気付きやすい。そればかり考えてしまう。だから心も頭も常に忙しい。今ある幸せを見ていない証拠だ。
他と比べたり、心の内を詮索したり、先行きに不安を抱えたり、疲れるはずだ。色々と考え悩むのは、悪い事ではないが、今を満足出来る自分にする方が、楽に生きれるはず。足元を固められれば、先が見えてくるしな。
それが、直ぐにやって来るとは限らないが、見失っては勿体ない。
自身で得た経験や知識、努力は他人に奪われないし、決して裏切らんからな」
「自分がどう見られているか、気にしてしまう。将来の事だってそう。
確かに知識は裏切らないけど、人はどう? 騙されていないか、不安になる時があるわ」
「本人が自身の行為に満足していて、裏切られたと感じなければ、他人から、騙されているように見えても、関係の無い事だ。
小角も、俺様からすれば、すっかり獄卒に騙されて死んだが、ほらこの通り、こいつは気にも留めておらん」
『耕三さん! せっかくいいお話だと思ってたのに。死んでたら意味ないし!』
「自身の行動に恥じる事無く、正しい信念があるのならば、他の目には騙され、滑稽に映ろうと、また他から評価されなくとも、良いではないか。
自己満足が一番だ! 他を信用出来んようになったり、他人のせいにしたり、憎悪の念を持つ方が悲しいぞ」
『やべ~小角さんって大物だよ』
「俺達、他人のせいにしたり、疑ったり、恨んだりする事が多いかも。
そんな暇があったら、自分を見つめなおして、今を大事にする方が良いって事だね。俺、もう死んじゃったけど」
「ほんまや。人のせいにしたって、その人が僕等の人生を、変えれるわけじゃない。
僕も病弱に生まれて親を怨んだけど、親だって健康な子供が、欲しかったはずやしな。望んでやったことちゃうし。
だから、残った時間を、楽しくするぞって、気持ちに切り替えた。
僕の人生や、黒にも白にもするのは、自分だけやって思ったわ。オセロみたいやろ」
「義君、すごい! 尊敬する。それに、小角さんって玄君みたい」
「え? 俺、こんなに天然じゃないよ」
「それは誉め言葉か?」
「話は長くなったが、獄卒はその三毒から生まれた。人間への戒めとして、地獄に住んでいる」
「千方を説得せねばならんのだが、丸は彼が苦手でな。我の手助けが必要なのだ。しかしそれには、玄そなたの身体を借りねば、我は人界に行けぬ」
「ややこしい言い方をするな。苦手ではない。千方は鬼を使役出来る。俺様も例外でないだけだ。だいたいお前が、俺様と契りを交わさないからだろ」
「契りか、、、、その手があったか」
小角は、両腕を前で組むと、思い悩む仕草を見せた。




