夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ
夜闇の中で、関を守る者と開けさせたい者との攻防。
以前書いた「これやこの~」と同じ逢坂の関です。以前は昼のシーンだったので、今度は夜の一場面で。
夜にしつこく通ろうとする者には、それなりの理由があるものです。
そして、それは生者の世界にとって非常に危険なことが多いのです。
下向きのライトが、櫓の見張り台を照らす。
最低限手元が見える程度の明りだが、特に不自由はない。
俺たちは門番、守るべきは門の内側のみ。ただ夜が明けるまで、この門を開かないで守り通すことだけが任務だ。
外の暗がりに何がいようとも、気にする必要はない。
外にいるのが何であろうと門は開けない、それが決まりなのだから。
日付が変わってしばらく後、俺は仮眠しているところを起こされた。
「門の外に人が来てて、俺らじゃ話にならないって……」
新入りがしどろもどろとそう言って、俺を櫓に連れて行く。
全く、何が来ても無視して開けるなと言ってあるのに……これだから慣れない奴は困る。そして、敵もそこを突いてくる。
「だって、生きた人間ですよ!?ゾンビじゃないんですよ!?
助けてあげないと、まずいんじゃあ……」
「で、おまえはそれで何が起こっても責任取れるのか?」
すっかり敵のペースに乗せられた新入り共を黙らせて、俺は櫓に立つ。
ちょうどいい、甘ったれたこいつらに俺たちの責務って奴を見せてやるとしよう。この門で隔てられた二つの世界の、境を守る仕事って奴を。
そう、ここは二つの世界が交わる関。
門のこちら側は生者の世界、そして向こう側は死者の世界。
俺たちはその死者の世界の侵食から生きた人々を守る、いわば命の番人なのだ。
「おう、責任者出せよ責任者!」
「俺が責任者だが、何か?」
門の外で騒ぎ立てている奴に、俺は冷静に言い放つ。
「どんな事情だが知らんが、朝の規定の時間になるまで門は開けられん。安全を守るための措置だ、ここに入りたいのなら従ってもらうより他ない。
この街道沿いには、2kmごとに簡易の避難所が設置してある。悪いことは言わん、引き返してそこで夜が明けるのを待て!」
規定通りの指示、例外はない。融通など、してはならないのだ。
「てめえ、人が命の危機だってのに何て言い方しやがる!
もう、すぐそこにゾンビの群れが迫ってるんだぞ、今すぐここを開けろよ!!」
外の奴は切羽詰った様子でまくしたてる。
その言葉を裏打ちするように、近くの林の中からガサガサと何かが動くような音がする。それと同時に、低く嗚咽が混じったような唸り声が響いてくる。
ほう、こいつはよくできてるな。
「ま、まずいですって!僕は人を見殺しにするために番兵になったんじゃ……」
「黙れ!」ズダァン!
取り乱して詰め寄ってくる部下を、銃の一発で黙らせる。安心しろ、当ててはいない。
一瞬、辺りがしーんと静かになった。
部下も、外で騒いでいた奴も黙った。そして不思議な事に、周りの林も静かになった。何かが動き回る音も、唸り声も聞こえなくなった。
はい看破、ちょろいもんだ。
「あのなあ、ゾンビは銃声ぐらいで黙ったり止まったりしねえんだよ。それだけの人数がいるなら、もっと有効に使ったらどうだ?」
新入り共は、狐につままれたように目をしばたいた。
こいつが掟破り共の定石の一つだ、よく覚えとけ。
暗くて自分たちの状況がよく見えないのをいいことに、仲間の一部にゾンビのふりをさせ、追われていると偽って入れてくれと懇願する。
目の前で困ってる奴が、まだ助かる奴がいるのを見捨てられない人情につけこんだ姑息かつ古典的な方法だ。
知らないとつい引っかかりそうになるが、知っていれば見破るのは難しくない。
第一の策が敗れると、外の奴らはにわかに腰を低くした。
「す、すまない!こんな方法を取ったのは訳があるんだ!
俺たちの中に急病人がいて、どうかそいつだけでも……」
「だめだな、俺たちを騙そうとした奴を易々とは信じられん。
今すぐ楽にしてやるから、こいつでもとっとけ!」
俺は手榴弾のピンを抜いて、これ見よがしに手元を照らしながら放り投げてやった。とたんに、周囲から悲鳴が上がって大勢の足音が離れていく。
爆発は、しない。ダミーなのだから当然だ。
落ちた辺りを電灯で照らしてみたが、誰もいない。
「みんなちゃーんと一瞬で動けるじゃねえか。こいつは良かった、ゾンビも重病人もいない、めでたしめでたしだな!」
今のは、さすがにちょっと強引だったか?
だが、本当に急病人がいたとしても通さないことに変わりはない。なら、こんな無防備な場所で何時間も過ごさせるより、脅してでも手前の避難小屋まで退かせるべきだ。
さっきのは奴らのフェイクだったようだが、門の外ではいつどこにゾンビがいてもおかしくない。
あの脅しは、情けでもある。
さて、新入り共もだんだん顔が変わってきたな。
何度も危機を訴えられてそれが嘘だと分かれば、情も湧かなくなる。
人間としては冷たくなるようだが、ここではそれでいい。ここは個人の事情に情で応える場じゃない、鉄壁の意志を持って皆の安全を守るところだ。
外の奴らは静かになったようだが、次はどうくるか。
もう情に訴えても無駄だってことは分かっただろうが、まだ退く気はねえようだ。
俺たちの方も静かにしてもう少しやると……暗闇の中に、ガーンとぶ厚い金属を殴ったような音が聞こえてきた。
「おい、今のが聞こえたか!?
今のは寺の鐘の音だろ、もう時刻は朝になったんだ!だから開けて……」
おうおう、今のはだいぶ無理があるな。
寺の鐘ってのはもっと重くて長く響くもんなんだよ。今のは明らかにそれとは違う、米を炊く大きな釜とかその程度の音だ。
ああ、新入り共もおかしすぎて笑い出しちまったぜ。
奴ら必死過ぎて、使えるモンは何でも使おうとしてやがるな。
もうあと二、三時間もすれば夜が明けるってのに、何が何でも夜の間に通ろうとしてやがる。
そいつはつまり、お天道様の下では通れねえ事情があるって事だろう。俺たちの仕事はまさに、そういう奴らを通さねえことだ。
俺らから反応がないと分かると、外の奴らはさらに派手に騒ぎ出した。
「クソッ、そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ!
これが見えるか、開けてくれないならこの火炎瓶で……」
怖い怖い、奴ら火炎瓶に火を灯しやがって。門や柵を焼いちまうってか?
だが、本当にそいつを投げればこっちも一斉射撃に出るまでだ。奴らもそれは分かってるから、本当に投げやしないだろうが……。
それにしても明るい炎だな、それにさっきの音はかなり遠くまで響いたろう。
こいつらは、自分らがどういう場所にいるか分かってんのか?何で俺たちがこんなに暗く静かにしてるのかも……。
突如、奴らの後方から悲鳴が響いた。
「ほ、ほら、ゾンビが来ちまったじゃねえか!だから早くここを開けて……」
門の前にいる奴はこれ幸いと、性懲りもなく情に訴えようとする。まだ表情には余裕があるから、後方の奴らが気を利かせたとでも思ってるんだろう。
けど、何となく今の悲鳴はなあ……こりゃ、かわいそうに。いや、自業自得か。
あれだけ派手にやってりゃ、嫌でも近くにいるゾンビは寄ってくるわな。
闇の中、悲鳴は次々と上がって増え続ける。
門の前にいた奴らもようやく異常に気づいたようだが、もう収拾がつかねえ。火炎瓶の明りが散り散りに逃げ惑い、やがて何も聞こえなくなった。
だがそれを見ても、もう新入り共は素直に信じてやれないようだった。
まあ仕方ない、奴らは自らの行いで信用を失ったんだ。何もねえのにゾンビだの急病人だの嘘吐いてると、本当に出ても信じてもらえなくなるんだぜ。
やがて夜が明けると、門の前に残っているのはまばらにうろつくゾンビと放り出された荷物。
俺たちはゾンビ掃討のついでに、その荷物を開封してみた。
その中身に、何となくバツが悪そうな顔をしていた新入り共も目をむいて息を飲んだ。
「ゾンビだ……!」
一見して他の荷物と変わらない包の中にいたのは、拘束された幼い子供のゾンビ。大方、こいつを処分するに忍びなくて、バレないように夜に押し通ろうとしたんだろう。
分かったか、これが夜に門を開けちゃいかん理由だ。
夜に来るのは十中八九、こういう昼によく見られたくない連中だ。
ゾンビは元々人間だから、近しい奴がゾンビになったらこういう事をする奴も出る。ゾンビに噛まれちまったら助からねえし、そのうちゾンビになっちまうが、それを受け入れられねえ奴は傷を隠して助けを求めようとする。
嘘を吐き、情に訴え、あらゆる工作をして門を開けさせようとする。
それに惑わされず決して通さないのが、生者の世界を守る俺たちの責務だ。
ここは、生者と死者の世界を隔てる関。両方から、いろいろな出会いがある。
けど、いい出会いばかりじゃねえからな。
悪い出会いはここで食い止めて、いい出会いしか入れてやらねえ……エゴ極まりない、これが俺たちの誇りだ。




