第五章 ひとつの結末 九
純はリーリアの左手から「呪いを打ち消す剣」ことダマクラスの剣を受け取ると、結界の外に出た。寒さはほとんど感じなかった。
しかし、純はわずかな間身震いをした。武者震いではない。さむけを身に覚えたからでもない。自分の心に湧きのぼった恐怖の念が、我が身を微妙に震わせたのだった。
──怖かった。
たったひとりで邪神たちに立ち向かうことが、怖くて怖くてたまらなかった。月世に初めて逢った冬の日の夜なんかよりも、ずっと恐ろしくてならなかった。
魔力に目覚めたエクストラオメガといえども、自身の能力は未知数だ。自分の能力を完全に把握できているわけでもない。
けれど、純は前に進んだ。すっかり弱り切っている星来を、早いうちに助け出してやりたい──その純粋な願いが勇気と化して、両足に力を与えたのである。
竜たちは雷鳴のようにうるさい唸り声を上げ、首を高く伸ばし、歩く純を凝視している。ギラリと光る赤い目玉は、滴り落ちる鮮血のように凶暴なきらめきを呈していた。
天宮星来を助ける義理など、純にはない。
自分を傷つけようとした人間など、あっさり見捨ててやればよい。
しかし、純はそれでも、星来を護るために「呪いを祓う」という選択をした。不思議と、そのことに対する後悔は少しもなかった。「ここで死んでも構わない」とすら思っていた。
けれど、自分には、簡単にくたばるわけにはいかない理由がある。
運命のつがいである月世を残して死んだりしたら、きっと彼が悲しむだろう。
だから純は、「生きよう」と思った。どんなにみっともない姿を晒してもいい。おれは絶対に生き延びてみせる。そして、星来を護り切ってみせる。
星来は悪の道に走った。児童養護施設で暮らしていた子どもたちを誘拐したうえ、雌雄展開体女性たちをも異界に連れ去ろうとした。それは明らかに、非難されるべき振る舞いである。
それでも、純は願ってしまった。彼を護ることを、彼を許すことを、彼を救うことを、彼を愛することを願ってしまった。「あいつがもう一度、自分の人生を生き直してくれればいいな」と願ってしまった。
だからもう迷わない。
このまま悪神たちの餌食になるのだとしても、絶対に絶対に、星来を呪いから解放する。どんな危険を冒してでも、星来を助ける。
わかってはいるのだ。自分の考えは甘すぎる、と。星来を助けたところであいつは改心しないだろう、と。
だけどそれでも信じたい。星来の中にある「ヒトとしての心」を。彼のうちにひそむ善性を。
だって、彼の中にも愛はあった。彼は母親を愛していた。そして、いまも愛しつづけている。
母を一途に愛したからこそ、悪事に手を染めてしまったのだ。星来は。
ならば、──ならば、いま一度伝えたい。母親以外にも、彼に愛を注ぎたがっている人間がここにいることを伝えたいのだ。
純は竜たちの前で立ち止まった。
すると、唸り声を上げていたけものらの姿が氷の粒のように散って、ひとつに合体し、──ひとりの若い女と化した。
【続く】
【裏話】
この展開は最初から決めていました。
ここまで書くのに長い時間をかけましたが、書けてよかったと思っています。
※次回の更新は、31日の0時30分頃です。
※2026 4/4 加筆修正しました。




