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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
四章   新しい風が呼び込んだもの

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74話  笑顔の裏側 ~わたしが見てきた世界~



 視察は終始順調に終わった。

 結果は好感触。


 一年以上、頑張ってきた甲斐があったというものだ。


 トランの言葉からも、これは期待が持てそう。


 場所を執務室に移し、所長はわたしの仕事ぶりも評価してくれた。


 この人に認められると、嬉しくなるのはなんでだろうね。


 って、そこまでは良かったんだけど……。


 所長がふっと笑った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 ……ヤバイ……なんで、笑ってるの?


 優しい笑顔じゃない。

 絶対これ、何か企んでる顔だ。

 心臓がどきどきして、手のひらがじっとりと汗ばむ。


 ……おかしいなぁ、どこでミスったかなぁ。


 視察も順調だったし、孤児の授業も褒められたし……。

 なのに、なんであんな笑顔をするのか。

 わたしは机の下でこっそり拳を握る。


 ……なんとかして、この場を乗り越えなければ。




 ◇ ◆ ◇




 所長の笑顔に青ざめながら、わたしはなんとか声を絞り出した。


「えっと……招いた理由、ですか?」

「そうだ」


 所長の紫の瞳が、まっすぐこちらを射抜く。


「それは……瓶の中身を、所長には見えないから。わたしと一緒なら、と思って……」

「であれば、君が来ればよかろう」

「えっ!? わたしって、サンドレアムに行けるんですか?」


 所長の眉間に皺が増える。

 これは呆れてる顔だ。


「当たり前だ。口実を用意すれば、いくらでも可能だ」

「そ、そうだったんだ……」


 あまりにも当然のように言われて、拍子抜けする。

 わたしはあっちこっち視線を泳がせ、意味もなく机の上のインク壺を凝視してしまった。


 所長は軽く帳簿を指で叩きながら、淡々と続ける。


「本来、この程度の視察ならトランで十分だ。余計な手間もかからん」

「それじゃあ、断ってもらって、わたしが行けばよかったんじゃ……」


 所長から小さなため息が漏れる。


「取り消せるわけがなかろう。代理とはいえ、トバル統治者からの名指しの申請だぞ。少なくとも、私が出向かなければならん」


 ……あっちゃ~……わたしが先走りすぎたのか。


 はぁっと、頭を抱えてうなだれる。

 顔を覆った指の隙間から、ちらりと所長を見やると、所長の口元がわずかに緩んだ。


「そういうところは、変わっていないのだな……では、理解したな?」

「はい。理解しました」

「よろしい」


 所長が軽く頷く。


 ……あっぶない。機嫌は戻ったみたい。


 所長は椅子から立ち上がり、部屋の隅に魔石を置く。


 片手を軽く振り「遮れ」と呟くと、次の瞬間、部屋の隅に淡い光が走り、空気がぴんと張りつめた。


「……防音の結界?」

「そうだ。これで外に漏れることはない」


 所長は再び腰を下ろし、真っ直ぐこちらを見据えた。


「さて、本題だ」

「はい」


 所長は机の脇に置かれた鞄から、小瓶を取り出す。

 中は空っぽに見えるけれど、わたしにはそこに例の物があるとわかっている。


「これを……どうやって見つけた?」

「それは……」


 わたしは、数日前のことを思い出しながら説明する。


 収穫祭の準備で畑を歩いていたら、精霊たちが呼んでいて――小麦の穂から垂れていた蜜を見つけたこと。


「それで、すごく美味しくて他にもあったので、瓶に詰めて持ち帰りました」

「……」


 所長の目が細まった。


「その後は、これは所長に連絡しないと――」

「――待て」


 嫌な予感がして、思わず背筋を固くした。


「舐めたのか?」


 所長の低い声に、わたしはびくりと肩を揺らした。


「え、えっとですね……はい。甘くて、おいしかったです……ですので、お裾分けをと……」


 自分で言いながら、どんどん声が小さくなる。

 視線を合わせられず、気まずくなって机の木目をじっと見つめた。


 所長は額に手を当て、深く息を吐いた。

 紫の瞳が半分閉じられ、呆れを隠そうともしない。


「君のすぐ舐める癖はどうにかならんのか? 毒を口にしたときの恐ろしさで懲りたかと思ったが……私の思い違いか?」

「せ、精霊が舐めても大丈夫って……」


 所長の溜息がまたひとつ。

 指先でこめかみを押さえながら、視線だけをこちらへ向けてきた。


「精霊に確認したのは、よしとしよう」

「はい……」


 わたしはしゅんとして肩を落とした。


 ……ふぅ。あぶない、あぶない。


 所長は指で机を叩きながら、冷静な声で続けた。


「しかし、だからといって舐めるべきではない。それが君の体に毒ではなかったにしろ、何か変化が起きる可能性もあるのだ。十分、注意しなさい」

「は、はい……でも、疲れが取れる以外は、特に何も感じませんが」

「今はそう感じても、また変な事になっても知らんぞ」

「変な事?」


 所長の視線が鋭さを増す。


「精霊が日常的に見えたり、増えたりと心当たりがあるであろう」

「……あ~、確かに」


 わたしは頬をかきながら苦笑いを浮かべる。


「見つけた過程はわかった……おそらく、これが精霊の雫だ」

「えっ……!」


 その名を聞いて、机に身を乗り出す。

 なぜなら、それは森で採れるとばかり思っていたからだ。


「それって……森で採れるって」

「サンドレアムの市場よりは、森で採れるはずと言っただけだ。これは自然の恵みだ。トバルであれば、種を蒔き育てた小麦から採れても不思議ではない。精霊が導いたのであれば、なおさらだ」


 所長は椅子に深く背中を預け、指先で小瓶を軽く回しながら言う。

 紫の瞳が、瓶の中を細かく観察しているのがわかる。


 ……そうなの?


 わたしは、机の下の精霊たちをちらりと見る。

 すると、みんなが一斉にこくりと頷いた。


「精霊の雫で間違いないそうです……」

「だろうな」


 所長は満足げに小さく頷くと、鞄から粉末が入った別の小瓶を取り出した。


 中には黒ずんだ粉末が入っている。


「それは、なんですか?」

「忘れたか? 君が見た黒猫とやらが示した毒草の粉末だ」


 瓶を光にかざしながら、所長の口元がわずかに緩む。


「持ってきておいて正解だったな」


 ……用意がいいですねぇ、ほんとに。



 ◇ ◆ ◇



「さて、これをどの配分にするかだ……」


 所長は机に瓶を並べていく。

 なんだか、所長の顔が活き活きしてきたように見える。


「しかし、目に見えないとなると量がわからんな……」


 所長は瓶を光にかざし、軽く揺すっては眉を寄せる。

 わたしも何か、見える方法はないかと考える。


「ルルーナ、空き瓶はあるか?」

「はい……ありますけど」

「君がそこに、私が指定した量を移し替えなさい」


 ……なるほど。スペックが高いと、こうも簡単に答えがでるのか。


 わたしは戸棚を開け、棚の奥から小さな瓶を三つ取り出した。

 机の上に並べると、所長が指でとんとんと叩いて順序を示す。


「まずは。この瓶に三分の一」

「はい」


 匙を慎重に動かしながら、透明に見える雫をすくい取る。


 光の加減で表面がきらりと揺れて、精霊たちが楽しそうに瓶の周りを舞った。


 わたしは息を止め、ぽたりと雫を落とす。


「入れました」

「……よし」


 所長が頷き、次の指示を飛ばす。

 わたしはまた匙を動かし、別の瓶に少しずつ分けていった。


 机の上に並ぶ瓶が増えていくたびに、なんだか理科の実験みたいでわくわくしてきた。


 今度は同じように、粉末も割合で分けていく。

 匙を使って瓶に落とすたび、細かな粉がふわりと舞い、光にきらめく。


「よし。ルルーナ。この瓶に入れるとしたら、どの粉末の瓶か精霊はわかるか?」

「はい。聞いてみます」


 わたしは頷くと、精霊たちに問いかける。

 すると、精霊たちは一斉に動き、一番量の少ない瓶を示した。


「所長、この一番少ない瓶です」

「よし。では、この瓶の粉末の量は、これより多いか、少ないかわかるか?」

「聞いてみます」


 ……みんな、どう? 少ないなら右へ。多いなら左へ。


 わたしは両手を広げて合図をする。


「所長、多いか少ないか左右で示してもらおうとしたんですが……真ん中にいっちゃって」

「では、この量であっているのか確認しなさい」

「みんな、この量でいいの?」


 わたしが確認し直すと、精霊たちはこくりと頷いた。


「これでいいみたいです」

「よし。でかした」


 その言葉に、わたしは心の中で拳を突き上げる。


「では――混ぜてみよう」


 所長は瓶をひとつ持ち上げ、指先で軽く回して粉末を確認する。


 その動作は実験器具を扱う学者そのものだ。


「ルルーナ、この匙を持ちなさい」

「は、はい」


 わたしは慌てて受け取り、瓶の口にそっと差し入れる。

 精霊たちがその周りでふわふわと漂い、まるで監督しているみたいだ。


「雫を二滴」

「に、二滴ですね」


 息を止めて匙を傾けると、透明に見える雫がぽたり、ぽたりと落ちた。

 瓶の中で粉末がしゅわりと溶け、淡い光が立ちのぼる。


「おお……!」


 わたしは、まじまじと瓶を見つめる。

 所長は表情を変えず、静かに観察を続けていた。


 紫の瞳が光を追い、瓶の揺らぎを細かく見逃さない。


「……反応は安定しているな。次は三滴」


「えっ、さっき二滴で光ったのに、まだやるんですか?」

「当然だ。限界値を見極めねば意味がない」


 淡々と告げる所長に、わたしは思わず肩をすくめる。


 ……やっぱり、研究モードの所長は止まらない。


「では、三滴」


 所長の低い声に促され、わたしはごくりと唾を飲み込んだ。


「……わ、わかりました」


 匙を傾けると、三滴目が瓶の中へと落ちる。


 ――その瞬間。


 瓶の中で光が一気に膨れ上がり、ぼうっと白い輝きが走った。

 粉末が弾けるように泡立ち、細かな光粒がぱちぱちと弾ける。


「ひゃっ……!」


 急な反応に驚く。

 ガタっと椅子にぶつかる音がすると、精霊たちは、きゃあきゃあと笑うように舞い上がり、瓶の周りをぐるぐると飛び回った。


「所長、やばそうです!」

「落ち着きなさい。まだ許容範囲内だ」


 所長は平然と瓶を持ち上げ、光を透かして観察している。

 指先が少し熱を感じているはずなのに、まるで気にしていない。


「むしろ、ここからが重要だ」

「じゅ、重要って……!」


 わたしは半泣きで叫びそうになった。

 ぱちぱちと光が弾ける瓶を前に、わたしは恐る恐る中を覗き込んだ。


「しょ、所長……もう残り、少ないです。次でなくなりそう」

「よし」


 ……よし! じゃなくて、やめません?


 所長は短く頷き、視線を瓶に固定したまま命じる。


「最後の一滴を投入しなさい」

「は、はい……!」


 匙を握る手が震える。

 けれど、精霊たちが励ますように周りを飛び回るので、思い切って瓶の口へ傾けた。


 ――ぽたり。


 最後の一滴が落ちた瞬間、光が一際強く弾け、室内を淡い金色に染め上げた。


 やがてその輝きは徐々に収まり、瓶の中には透き通るような淡黄の液体が静かに揺れていた。


「……完成、ですか?」


 わたしは息を詰めて問いかける。


「そうだ」


 所長は瓶を手に取り、光にかざして深く頷いた。


「精霊の雫を基にした、新たな試料だ」


 紫の瞳がわずかに輝きを帯びる。

 研究者としての興奮を隠そうともせずに。


 ……ああ、やっぱりこの人、楽しそうだ。


「ふむ……完成はしたが、用途がわからんな」


 所長は瓶を机に置き、指先で軽く叩いた。

 澄んだ音が響き、淡黄の液体がゆらりと揺れる。


「精霊に聞いてみます」


 わたしは精霊たちに目を向け、小さく問いかけた。


「ねぇ、これは……何かと混ぜて使うもの?」


 ふわりと舞った精霊たちは、揃って首を振るように左右へ揺れた。


「所長、混ぜるものじゃないみたいです」

「……では単体で使うのか?」


 今度は精霊たちがこくりと頷くように上下に揺れた。


「単体で……はい、そのようです」

「そうか……」


 所長の眉間に深い皺が刻まれる。

 わたしはさらに考え、両手を広げて精霊たちに示した。


「じゃあこれは……何かに使うもの? それとも誰かに使うもの?」


 精霊たちはしばらく宙を舞ってから、一斉に右へ、すっと流れた。


「……所長、誰かに使うみたいです」

「誰かに、か……」


 所長は小さく呟き、瓶をじっと見つめている。

 紫の瞳が、液体の奥を探るように細められていた。


 ……もしかして。


 嫌な考えとともに、手に汗が滲む。


「こ、これ飲めるの?」


 わたしは恐る恐る精霊たちに尋ねる。

 すると精霊たちは、一斉に上下へ揺れた。


「所長、飲めるそうです」

「そうか……」


 そう言うと、所長は瓶に手をかざす。

 所長の掌が淡く光ったかと思うと、数秒もしないうちに光は消えた。



「毒はないな……飲んでみなさい」


 ……躊躇がないなぁ。


「わたしがですか?」

「精霊関係のものだぞ。君以外に誰がいる?」


 所長の顔は至って真面目。


 ……くぅぅ、ずるい。


「で、でも飲む量は……匙一杯分でいいの?」


 わたしは匙を持ち上げて、精霊に見せる。

 精霊たちは小さく弾むように頷いた。


「匙一杯分でいいみたいです!」

「なるほど」


 意を決して匙ですくうと、精霊たちが首を横に振るように左右に揺れた。


「え? わたしは飲んじゃだめ?」


 問いかけると、ぴたりと静止してから再び強く否定の揺れ。


「だめだそうです……」

「なに?」


 所長の紫の瞳が細められ、怪訝な色を帯びる。

 わたしはふと思いついて、にっこり笑って問いかけた。


「じゃあ、所長が飲むの?」


 精霊たちは一斉に、勢いよく上下へ揺れた。


「所長用だそうです!」


 わたしはニッコニコの顔で報告する。


「……ふむ。ずいぶんと、いい笑顔だな」


 所長は額に指を当て、呆れたように苦笑すると、匙を手に取り、淡々と準備を整え始めた。


「では、飲む」


 所長はためらいもなく、淡黄の液体を一口で喉へ流し込んだ。


 ……え、ほんとに躊躇しないんだ……少しくらい迷うとか、ないの?


 わたしは思わず目を丸くする。


「所長、大丈夫ですか?」


 机に身を乗り出して顔を覗き込む。

 所長は静かに目を瞬き、喉元に触れてから短く頷いた。


「甘い。微かに草の匂い……刺激はない」


 言い終えるより早く、所長の視線が空中で止まった。


 紫の瞳が、わたしには見慣れたなにかを追い始める。


「……見えるな」


 低く落ち着いた声。

 でも、その声の中に、僅かな驚きが混じっていたのがわかる。


「小さな光の粒子が集まり……渦を巻く。動きが目の動きと一致している……残像ではない」


 精霊たちは嬉しそうに所長の周りをくるりと回り、指先に触れそうな距離でふわふわと舞った。


 所長は人差し指をそっと動かし、反応を確かめる。


「なるほど。精霊の雫に、あの幻覚作用を持つ毒草の粉末を適量で重ねることで――そういうことか」


 さらりと分析を口にして、瓶を光にかざす。


「えっと……つまり?」

「幻覚ではない。精霊を見やすくしているということだ」


 所長は淡々と結論を述べ、紫の瞳を再び精霊へ向けた。


「持続時間を測る必要があるな」

「……ほんとに見えてるんだ」


 わたしは自然と微笑み、精霊たちに手を振る。

 精霊は所長の肩にちょこんと止まり、満足げに上下に揺れた。


「記録をつける。発現までの潜時、味覚所感、視認の鮮明度、反応性――」


 所長は淡々と列挙し、わたしの方を見た。


「ルルーナ、経過を逐一伝える。書き記しなさい」

「了解!」


 ……やっぱり、所長の研究モードは止まらない。


 でも、今回はちょっとだけ誇らしい。

 精霊たちが導いてくれた見える方法、ちゃんと届いたんだ。








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