25話 秘密は死守したい ~冷たい瞳を持つ男3~
執務室を出て案内されたのは、無駄の削ぎ落とされた実用性を重視したような部屋だった。
柔らかい光で照らされ、調度品などは一切ない。
執務室でも嗅いだ良い匂いの香が焚かれ、大きな本棚だったり、壁には時計に似た物や不思議な形の器具が掛けられていた。
チラリと机の上を見れば、調薬に使いそうな道具や紙に描かれた魔法陣の様なモノ、綺麗に輝く石が置かれている。
……なにここ? 実験室? 秘密基地っぽくて、ちょっといいかも。
「私の私室だ。ここなら防音の結界が張ってある。誰かに聞かれる心配は皆無だ。さぁ、好きなだけ話しなさい」
有無を言わせず、わたしを椅子に座らせると、口の端がニィッと上がり紫の瞳が光った。
……いや、秘密なのに好きなだけって……でも、さっきよりも雰囲気が柔らかい気がする。こっちが素なの?
開発のことは家族以外には話せない。
だが、相手はおそらく貴族だ。
変に逆らえば、首が飛ぶかもしれない。
わたしは俯き、汗をかいた手をぎゅっと握りしめる。
「家族以外に話しちゃいけないんです」
「かまわん」
……いや、かまってよっ!
「命令することもできるが……言ったはずだ。君の信じる精霊に誓って、君の味方であると」
「あっ」
……君の味方か。
俯いた顔を上げると、吸い込まれそうな瞳と目が合う。
その瞳に嘘は感じられない。
思えばジークにも、わたしの名前を明かしていなかったのだろう。
名前ではなく、お客様と呼んでいた。
それに、あの窮地から助けてくれた人だ。
今は信じるとしよう。
わたしはあの時の状況をもう一度、男の目を見ながら順を追って説明した。
「転んだ時、瓶が割れた音がしたんです。でも、わたしが落とした瓶は、割れておらず、ヒビも入っていませんでした。それが当時は気づきませんでしたが、思い返すとちょっと変かなと」
「ふむ。その時の相手の様子はどうだった?」
……あの時の様子は、たしか……。
「トマトをくれた男性は冴えない表情……いえ、青ざめていたというか、随分と急いでいたみたいで、お礼も聞かずに去っていきました」
「その男、十分に怪しいではないか……瓶が割れた音というのは、男が持ち歩いていた可能性が高いな。音の発生源は、その男の持ち物か」
男は、なんとも言えない困った表情で「なぜ、それを早く言わない」と呟いて、わたしを見る。
「それで、トマトか……潰れたトマトの汁と言ったが、それは偽装の可能性がある。口にはしていないだろうな?」
「はい、すぐ洗いましたし……あっ、でも味が気になって、ちょっと舐めました。とっても苦かったです」
てへへっと、可愛く舌を出してみたが、眉間に皺を寄せ呆れられてしまった。
逆効果だったようだ。
……相手が瓶を持っていた可能性かぁ。大事な物だったのかな? それが割れて、あの表情だったら納得できるかも。
「それで、どこに秘密があったのだ?」
「はい? あれ?」
わたしは、おかしいなと首を傾げる。
秘密にすることはなかったようだ。
……瓶の中身、関係なかったよ。
「思うに、君が持っていた瓶が秘密だったのではないか? 中身はなんだ?」
これは失敗した。
秘密扱いにしなくてもよかった。
これでは、自白したようなものだ。
早く話せと、男の細めた目が訴えてくる。
「中身は?」
……そんな、二回も言わなくても……あのぉ、目が怖いんですけど。全身がヒリヒリするぅ。
「せ、洗剤です。レント商会で開発していた試作品を試していました」
……喋っちゃった……首が飛んじゃうし、これはしょうがないよね。
「洗剤ならば、秘密にする必要はなかろう。商会の試作品だから企業秘密ということか?」
「は、はい」
男の瞳がわたしをじっと見つめ「それでは家族以外に秘密などと、普通は言わないのだがな」と、フッと笑った。
……どんどん、墓穴を掘ってる気がする。くぅぅぅっ!
全部話せと言わんばかりに、男は机の上で手を組んで先を促す。
「お兄ちゃんと一緒に洗剤を開発……しました。たまたま出した案が良かったみたいです。でも、洗礼前の子供が関わってると周りに知れたら危険なので、家族以外は知りません」
……どうっ? これで大丈夫でしょ。
「ノックスが君の助言を認めたのか? だとすれば、君は随分と有能だということだな。一度だけではあるまい?」
……お兄ちゃんを知ってるのね。
既に家族のことも、調べがついていたらしい。「君の素性はわかっている」とは、そういう意味もあったようだ。
この男、表情からはあまり読めないが、先程からわたしの反応で楽しんでいるのではないだろうか。
心の中で、実は嘲笑っているのではないか?
わたしが言葉を選んで慎重になっているのに、なんだか無性に腹が立ってきた。
「どうした?」
目が笑っている気がする。
どこか声音に、馬鹿にした響きも混じって聞こえる。
……ぐぬぬぬぅ。これはあれか? わたしがポンコツなのをいいことに、楽しんでないか? 五歳児相手に質問攻めにして、絶対楽しんでるだろっ! なんか悔しいぃぃぃっ! こんにゃろぅぅぅ!
「着眼点がいいとか、閃きがすごいとか言われたことがあって、助言を求められたことが、何度かありました――」
……もう言い切ってやるんだから。
「お母さんの作る料理とかも、改良して美味しくしました。掃除用具も使いやすいように改良しましたっ! 日々、引きこもってダラダラ過ごしたいなぁ、お金があればなぁって、そのために色々考えました。それでお兄ちゃんに協力してもらって、新商品の開発をしてました。これで満足ですかっ!」
一息に言い切って「ふぅ」と息を吐く。
言い過ぎた気もするが、スッキリした。
……言葉使いも普段通りでって言ったのは、そっちだからねっ!
「香を焚いた甲斐があったな。この香は心を乱す。取り繕った君ではなく、やっと、素の君と話ができそうだな」
「へっ?」
……香? 素のわたし?
「念話をした時、私は君を成人した女性だと疑っていたのだが、出会ってみれば……本当に小さな女児だった」
男の疑念は、そこから始まっていたらしい。
ジークの報告から、わたしの言動なども調べていたのだろう。
結果、とても五歳児とは思えない出来だったようだ。
――つまり、わたしは出来過ぎていた。
「正直なところ、成人した平民よりも言葉使いがしっかりしている。いくら商人の娘が教育を施したところで、まだ五歳だ。おかしいと思わないか? 今までの質問も五歳児に向けてではなく、成人を相手にしている問答だったではないか」
この男は、わたしを五歳児として初めから見ていなかったらしい。
……五歳児扱いしないって……普通、そこまでする?
「あの時は洗礼前と君は言ったが、誘拐犯の動向を的確に伝えた。洗礼前の子供が咄嗟に考える内容ではない」
男は緩く頭を横に振ると、言葉を続けた。
「その後の可能性についても……君は、また戻って来るかもと私に助言をくれた。そんな助言をくれたのが、本当に小さな女児だったのだ。私が驚くのも無理はないだろう? 名を知るために精霊に誓ったのは、早計だったのではとな」
……念話の時か。
「幼女の仮面をかぶった悪魔が憑いているのではないかと、排除する予定だったのだが……」
男の瞳がわたしを射抜くと、ゾクリと背筋が凍る。
睨むだけで人を殺せそうだ。
「だが、この部屋に入れる以上、その問題はない。殺さずに済んだのは幸いだったな……どうした? 冗談だ」
……冗談かっ! ……ん? ホントに冗談? それにしては目が本気っぽかったけど。もう、嫌な汗がダラダラだよ。
「さて、本題に入ろう」
「はい?」
……今、なんと?
「ここからは、君の家族にも他言無用だ」
……今まで本題じゃなかったのか……一体、何が始まるんです?




