25話 秘密は死守したい ~冷たい瞳を持つ男2~
四の鐘が鳴り響くのを聴き、薄明かりに照らされている街並み見ながら思考を放棄していると、ジークが時間通りにやって来た。
「それでは、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
ジークに案内され、階段を降りて飾り気のない廊下を抜けると、様々な花が植えられた中庭に到着した。
ここを通り本邸に移動するそうだ。
わたしが寝ていた屋敷は、普段は使われていない別邸だという。
……あれは、なんて花だろ?
あれは何? と質問する前に「あそこは観賞用ではなく、薬草が植えてあります。色々と重宝するのですよ。ただし、触れる際は毒性のある花もありますので、お気をつけください」と、ジークが教えてくれる。
なんと薬草だった。
屋敷には、薬学や植物に詳しい人がいるのだろうか。
……もしかして、あのヤバイ味の薬?
「既に体験したようですね」
ジークがにこりと微笑んだ。
あの薬の味を思い出して、酷い顔をしていたのが見られていたようだ。
そうして中庭を通り過ぎると本邸に到着した。
品の良い調度品が並ぶ廊下を抜け、執務室らしき扉の前で立ち止まる。
……さてと、何をするのやら。
「失礼いたします。お客様をご案内いたしました」
……やっぱり、この人か。
執務室で待っていたのは、あのプラチナブロンドの髪の男だった。
仕事中だったようで書類が積み重なっている。
ジークは男と短い会話を交わすと、机の上にあった書類を持って退室した。
……それにしても、ここ良い香りがする。
「座りなさい」
男は別の書類を書きながら、落ち着いた声でそう告げた。
「失礼します」
……たぶん、貴族だよね? この人。
「緊張せずともよい。言葉使いも普段通りでかまわん」
「はい。有難う御座います」
貴族にしては形式に寛容なようだ。
それとも、子供相手だからなのか。
「君を呼んだのは他でもない。いくつか質問に答えなさい。わかる範囲でよい」
「わかりました」
……秘密は守らないと。
わたしは、どんな質問をされるのかと身構えながら、ゆっくりと頷く。
わたしの同意を確認すると、男は筆を机に置き、透き通った紫の瞳でわたしを見据えた。
「君の素性は、わかっているので省く。まずは、狙われた理由に心当たりはあるか?」
……う~ん、商品開発関係は話さない方がいいよね? と、なると……。
「……全く、ありません」
「そうか。では、攫った者の顔に見覚えはあるか?」
「いえ、三人とも知りません」
「……ふむ、なぜ人攫いが三人だと?」
「馬車の中で寝たふりをしている時に聞こえた声から、三人かなと」
……なんか、マズかったかな? ちょっと表情が険しくなった気が……いや、大丈夫。
声が震えないように、悪いことはしていないのだから大丈夫と自分に言い聞かせ、唇を軽く噛んだ。
「そうか。では、攫われる前に普段と変わった事はなかったか?」
……変わった事ねぇ。いつも通りだったけどなぁ。
「いえ、特には。ただ、当日は体調が少し悪かったぐらいです」
男は目を閉じ机をトントンと指で軽く叩きながら、考えに耽っている。
わたしは、次に何を質問されるのかと、びくびくしながら男の言葉を待つ。
「君は、ここ最近、見知らぬ者との接触はあったか?」
記憶をひっくり返しても、わたしが接したのは知り合いだけ。
全く知らない相手は、エステラが相手をしていたはずだ。
「いいえ。ほとんど知り合いですし、知らない人はお姉ちゃんが……」
「ふむ。君自身、会話をしたり、物を預かったりはしていないのだな?」
……預かったと言えば、商会の依頼書ぐらいだし……そういえば、トマトもらったなぁ。
「はい。ただ、トマトをもらいました。知らない男性に」
「トマトだと?」
「攫われた当日。朝の洗濯が終わった後です。お昼に食べましたけど、普通のトマトでした」
「なぜ、トマトをもらったのだ?」
……う~ん、なんでもらったんだっけ?
「余り物だからと……」
「もらう前の出来事は憶えていないか?」
……たしか、服を汚しちゃったからって、お詫びだったような。
「洗濯が終わった後、わたしが凍った地面で足を滑らせて、転んでしまったんです。その時に、抱えて助けてくれたのですが、男性の持っていたトマトが潰れちゃいまして……わたしの服がトマトの汁で汚れちゃったんです。それで、そのお詫びにと……」
「それだけか?」
「はい」
あの時は、洗剤の瓶が割れてなくてホッとしたのを憶えている。
……うん? 瓶っていえば。
わたしは何かを思い出しそうになったが、それを男の質問が遮った。
「その男は、攫った者たちの中にいなかったか?」
「たぶん……ええっと、暗くてしっかり確認できませんでした。見張っていた男は違うと思います。残りの二人は馬車の外にいたので、顔は確認できていません」
……今、大事な事を思い出したところなのにっ! えっと……瓶が割れた音がしたのに、瓶が割れてなかった? じゃぁ、何が割れたんだろ?
「どうした? 急に早口になったり、苛ついたりと」
「はぅぁっ!? いや、あの……」
わたしの心情を見透かした目が、じっと見つめる。
……洗剤の瓶は秘密にしないと……どう説明しよう。
「何か思い出したか? 急に黙るとは、言い難いことがありそうだな」
……鋭い。
「目が泳いでいるぞ。では、場所を変えよう」
……場所を?
「……はい」




