24話 出会いはいつも突然に ~わたしの脱出計画~
ガタンッガタンッと馬車の走る振動が体に伝わってきた。
ここはおそらく、わたしを攫った馬車の中だろう。
攫われてからどれくらいの時間が経ったのかは、不明だ。
少しでも現状を把握するため、わたしは目をうっすらと開ける。
しかし、幌馬車のため、外の様子も確認できず、内部も暗くてよく見えない。
唯一の救いは、手足が縛られていないことだろうか。
……はぁ、体が怠いし頭も痛い。体調は戻ってないかぁ。
だんだんと馬車の揺れが小さくなってきた。
目的地に着いたのだろうか。
わたしは、車輪の音に紛れて馬車の外から聞こえる声に耳を澄ます。
「急いだせいで馬が潰れそうだ。少し休むぞ」
「だから、持久力の赤毛馬にしときゃよかったんだ」
「馬鹿言うなよ。目立ちすぎる。安心しろ、夜明けには到着できそうだからな」
……夜明けには……ねぇ。どの辺りなんだろう。
しばらく耳を傾けたが、特に有益な情報は得られなかった。
それもそうだろう。
そもそも、わたしはこの世界について知らなすぎる。
それでも、諦めるわけにはいかない。
……おっ? 馬車がもう一台来た?
ガタガタとした車輪の音が止まった。
注意深く会話を聞けば、初めて耳にする声もした。
他の馬車の者だろうか。
助けを求めたいが、味方かどうかわからない。
ここで動いても危険なので、このまま聞き耳を立てることにした。
「夜遅くまで仕事熱心なこったなぁ。サンドレアムの帰りかい?」
「ああ、納品が終わった帰りだ。またすぐにとんぼ返りだがなぁ。それにしても、随分な量だな」
「まぁな、急なレント商会からの発注でな。結婚記念日もそっちのけで仕事だ。大量の木材と……おっとこれ以上は言えねぇ。だが、そっちも馬車からして量が多そうだな? サルボ商会かい?」
「い、いや、個人の客だ。数人いたんでな、同時に運んできたんだ」
「そうか、本格的な冬も近いからなぁ。お互い大変だな。風邪はひくなよ~」
「ああ、そっちも気をつけてな」
挨拶を交わして馬車の音が遠ざかっていく。
どこかの商人だったようだ。
冬が近いので、品物を急ぎで納品しているのだろう。
たしか、ノックスも街道が雪で閉鎖される前になどと、そんなことを話していた気がする。
……レント商会の急な木材の発注……もしかして、洗濯板。つまり、わたしのせいか。
急な発注で商人たちに迷惑をかけていると思うと、稼ぎ時とはいえ、心がちょっと痛む。
……前世でも、運送業の人たちは大変だったもんねぇ。
外の様子が慌ただしくなってきた。
どうやら、休憩も終わりに近いようだ。
わたしの目もようやく暗闇に慣れてきたのか、後部の扉付近に座り込んでいる男が見える。
……ふぅ、動かないで正解だった。
先程、会話をしていた二人と、見張りっぽい男の全部で三人。
他にもいるのだろうか。
おそらく、攫ったのは扉付近に座っている者だろう。
エステラを蹴り飛ばしたのも、たぶんこいつだ。
……この野郎、って危ない、危ない。声出しちゃうところだったぁ。
わたしの見張りだろうか?
犯人が傍にいるだけで、耳元で心音がバクバクうるさい。
……ヤバイ、怖すぎる。寝たふりをしたままの方がいいかなぁ。
わたしは極度に緊張しているのだろう。
喉は渇き、異常なほどに手汗をかいているのがわかる。
手汗が冷たい空気にさらされ、指先までかじかんでくる。
手をすりすりしたいが、今は寝たふり優先だ。
「やべぇっ! おい、上だ。隠れろっ」
「なん――天馬っ! なんで騎士団がっ!」
「攫ったのは平民だろ。貴族だったのか?」
「そんなはずは……別件じゃないのか? とりあえず隠れるぞ」
……なんだろ? これは天の助け?
バァンと後部の扉が勢いよく開いた。
「騎士団だ。馬車は捨てて一旦、身を隠すぞ」
「騎士団? ほっとけ。魔物でも出たんだろ」
見張りの男は動じるなと言うが、外の男はだいぶ焦っている様子だ。
「別件も考えられるが、万が一だ」
「ガキはどうする? 連れていたら逃げ切れねぇぞ?」
見張りの男が振り返ってわたしを見た。
少々驚いたが、暗闇の中、薄目を開けていたのはバレていないはず。
「そいつ、薬に触れたんだろ。もう暴走してるのか?」
「まだ、そんな感じじゃなさそうだが、具合は悪そうだな……その前に殺すか?」
……はぁっ? それはちょっと困るんですけど。この見張り役、殺意が高いよ。
「騎士団だぞ! 貴族と繋がりがあったらマズイ。本格的に捜査が始まるぞ。勝手に死んでもらったほうが、まだいいだろう」
「確かに小綺麗だな。なら商家か……っち、なら置いて行くか」
どうやら方針が決まったようだ。
わたしを馬車に置いて行くつもりらしい。
置いていくだけなら、まだ助かる。
でも、騎士団の人が馬車を調べに来なかったら、また戻って来るつもりだろう。
……馬車から逃げたほうがいいのかな? でも、近くに潜んでたら捕まりそう……。
男たちの足音が遠ざかっていく。
しかし、こんな状況を前世で経験などしていない。
こういう時にどう動くべきなのかなど、全くもってわからない。
動かずに騎士団の人に期待をするか。
うまく逃げ出すか……。
選択を迷っている時間はあまりない。
騎士団が来ないとわかれば、また囚われの身だ。
だが、逃げ出したとして土地勘など皆無である。
街道には、わたしの知らない危険も多いはずだ。
それに加えて、今のわたしは五歳児だ。
どこまで逃げ切れるのか未知数だ。
どうすべきか迷っていると、ブルルゥと馬の息遣いが聞こえた。
……そうよっ! 馬っ! 馬に乗って、逃げちゃえばいいんじゃない? わたしって天才!
あちこち痛む体を起こして、幌馬車の前方の扉をゆっくり開ける。
御者台で手綱を探し、馬を見たところで気がついた。
わたしの体格では馬が扱えないことに。
……ふぅ、わたし天才じゃなかったみたい。
扉をゆっくり閉め、再び馬車の中に寝転ぶ。
寝転ぶ動作だけで、体があちこち痛む。
本格的に動くのが辛くなってきた。
……どうしよう、ホント……精霊さんどうしたらいい?
(私の声が聞こえるか? 聞こえているなら返事をしてくれ)
「うぇぇっ!」
……今度は、なにっ!?




