22話 風邪? ~転んだら、トマトをもらった件2~
とんだハプニングはあったものの、洗濯の成果は上々。
わたしは着替えを終えると、昼食の準備に取り掛かる。
エステラは浸け置きしておいた物を、再び井戸まで濯ぎに向かった。
わたしが汚した服もついでに洗ってくれるようだ。
……お姉ちゃん、ありがとうね。
前掛けをして台所の扉を開けると、お母さんが袋から野菜を取り出し、刻み始めていた。
「あら、早かったのね。洗濯は順調に終わったようね」
「うん。あとね、帰り道でこれ貰ったの」
わたしは貰ったトマトを二つ、お母さんに手渡す。
「あら、トマトじゃない。この時期に珍しいわね」
「そうなの?」
聞けば、冬のトマトは甘みが少なく、あまり好まれないらしい。
あの男は袋に結構な量を持っていたけれど、まぁ、余り物と言っていたので、売れ残りだろう。
つまり、処分品。
「そういえば、そのお肉は何の肉なの?」
「これは豚よ。この前も食べたでしょ? ほら、誕生日に」
……あれ、豚肉だったんだ。
何度か肉料理は口にしたが、ポリニー料理改良の件以降、素材まで聞いたことはなかった。
最近になって、その都度、聞いておくべきだったと後悔している。
……元から美味しいと、食べるのに夢中になっちゃうんだよね。
「最近は豚肉の値段も高くなったから、この前の誕生日の祝で実家から分けてもらった物を、氷室で保存しておいたのよ」
「あっ、この前の荷物?」
「そう。お店の氷室で保存してあるの。魔獣化してない普通のお肉だから、悪くなる前に食べないとね」
「へぇ~……んっ?」
今、すごい内容をさらっと言われた気がした。
……魔獣化って、なんでしょうか?
「お母さん、魔獣化って?」
お母さんは、小首を傾げて不思議そうにわたしを見た。
「獣が魔獣になったものよ。魔獣化した獣の肉の方が傷み難いの。お肉はルルーナもよく食べてるでしょ。ポリニーとか」
……ああ、ポリニーね…………。
「えっ――はぁぁぁっ!?」
……わたし、魔獣を食べてたの?
あまりにもびっくりしたので、大声を上げてしまった。
びっくりしたのはお母さんも同様のようで、野菜を刻む手がピタリと止まっている。
「あら、ノックスもエステラも知ってるはずだけど……言ってなかったのね」
……今、知りました。
「う、うん。あれって魔獣だったんだ」
「そうよ。獣が魔素の影響を受けると魔獣になるの」
「魔素……?」
「空気と似たようなものかしらね」
「人に害はないの?」
お母さんは「そうねぇ……」と、間を置いて答えた。
「聞いたことはないわね。獣は影響を受けやすいみたいだけど……」
……なるほどぉ。でも、食べる時に思い出したら、ちょっと怖いかも。
「へぇ……じゃあ、ポリニーと猪は違うんだ?」
「例外や味の変化はあったりするけど、食べられる部位はあまり変わらないわね。むしろ、魔獣の肉は傷みにくくて便利よ」
「ふーん……」
……魔獣化して、猪肉が鶏肉っぽくなるわけね。
お母さんの目がちょっとだけ細まり、「ただし」と続けた。
「放っておくと魔素を溜め込みすぎて魔物に変わってしまうわ。そうなったら危険だから、騎士団が討伐するのよ」
……へぇ、騎士団かぁ。
「がおぉぉ~」
「おっ……おぉ?」
わたしを怖がらせるため、魔物の真似でもしたのだろうか。ちっとも怖くない。
「怖かった?」
「ちょっと……だけ」
……ごめん。全然怖くないよ。ちょっと驚いたけど……。
満面の笑みで鼻歌を歌い始めたお母さんはご機嫌だ。
そんなお母さんの顔を見ながら、わたしは話を戻す。
「じゃぁ、魔獣と魔物って別なんだねぇ」
わたしが理解したのを確認すると、お母さんが微笑んだ。
「そうね。だから狩人たちも、魔物になる前に魔獣を優先して狩るのよ」
「……じゃあ、普通の動物のお肉は?」
「狩られる数が減って少なくなったの。そのせいで値段が上がっているのよ」
「なるほどねぇ~」
豚肉の値上がりについても、ちゃんと理由があった。
市場に出回る数が少ないなら、たしかに値上がりはしょうがない。
……そりゃ、魔獣が変異する前に排除したいよね。
「お金目当てで、動物ばかり狩りそうなものだけど……」
「そうね。でも、狩人も馬鹿じゃないわ。魔獣を放置して、自分の狩り場が危険になったら、元も子もないでしょう?」
「あっ、そっかぁ」
……確かにそうだね。考えてるなぁ~狩人さん。
「それとね、魔獣化した動物は、普通の動物に比べて警戒心が薄いのよ。人を見ても逃げないの。狩人にしてみれば、小型なら魔獣の方が狩り易いって利点もあるわね」
「ほぇ~」
……逃げないんだ。でも、わたしには小型も無理そう。
お母さんは、わたしが軽く頷き納得したのを確認すると、トマトを手に取り切り始めた。
頭の中は魔獣のことでいっぱいだったが、トマトを見た途端、先程の味を思い出して慌てて止める。
「お母さん、それ苦くて美味しくないよ?」
「えっ? トマトが?」
切り分けたトマトを「どれどれ」と、お母さんは一切れ摘んで口に入れた。
「甘みは少ないけど、普通のトマトよ?」
なんでもない顔をしてお母さんが言うので、わたしも一口食べてみる。
「あれ? 苦くないね」
ちょっとだけ味覚が鈍感になっている気もするが、特に不味くもなく、普通のトマトだった。
さっきは外の寒さで舌が麻痺でもしていたのだろうか。それとも……。
……体がちょっとだるい感じ……わたし、風邪ひいた?
「ルルーナ、お湯を用意して。エステラが戻ったら、お茶を作って昼食にしましょ」
「うん。わかった」
ちなみに、味音痴なわたしでもわかるほど、豚肉はめちゃくちゃ美味しかった。




