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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
二章    得る知識と知る痛み

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37話  解決 ~ズルい所長の採点方法~


 制度の講義をした翌日。

 講義の休みを利用し、わたしは商会の倉庫でお手伝い中である。


 グルグルと鍋の中身をゆっくりかき混ぜ、ぬか石鹸をせっせと作成中。

 ノックスが分量を調整し、わたしとアイナが混ぜ合わせる担当だ。


「お~い、エステラこんなんでいいのか?」

「ラウル、もっと細かくっ!」


「エステラ、こんな感じか?」

「ポールのは、それでいいわ。ちょっとマルコ、休憩が早いわよっ!」

「えええぇ~」


 倉庫の中が騒がしい。


 休みが重なった三馬鹿をエステラが呼び出し、絶賛、鉱石を粉末状にする作業中である。


 この作業が最も力を必要とし、時間もかかる。

 鉱石を砕くだけならと、ノックスも了承したらしい。


 実際、手伝ってもらえるのは有り難いようだ。


 ……そういえば、二人に頼んだ商品は順調なのかな?


 わたしはグルグル回す手を止めずに、ノックスに尋ねた。


「お兄ちゃん、洗濯板とか、おろし金の売れ行きは順調?」

「ああ、評判は良いよ。おろし金の方は新しい料理の思案中だから、洗濯板ほどじゃないけどね」


 ……好評なのかぁ。洗濯場に行ければ、見れるんだけどなぁ。


「お~っし! こっちの分は終わったぞ。マルコっ! 飯だっ。飯」


 やりきったラウルの大きな声とともに、休憩を取ることにした。

 各自、お弁当を持ち寄って机で食べる昼食は、なんとも学生時代を思い出して、懐かしくなってしまう。


 あの頃は本当に他愛もない話で盛り上がったものだけど、今はかなり建設的な内容だ。


「あの返しの部分が難しくてな……」

「あれは難しそうだよな。板の方も溝を掘るのが結構、神経使うんだよ」


 ラウルとポールは制作中の製品について、意見を交換中だ。

 なんとも仕事熱心なことである。あの年齢で職人のような会話を交わしている。


 ……職人だねぇ。


 エステラとアイナは、何やらコソコソと内緒話だ。


 一体何を話しているのだろうか。


「あの男が」とか「えぇ~、ホントに? 倉庫街?」など、途切れ途切れに聞こえてくるが、周りの声と重なってイマイチ聞き取れない。


 わたしはというと、ノックス、マルコとともにおろし金について話し合っていた。


「ノックス、今は穴の大きさの調整してもらってるんだ~」

「大きさを?」

「そうっ!大きさ。食材によって使い分けるんだよぉ~」


 マルコは、食材によっておろし金を使い分けている。流石は宿屋の料理番。

 ノックスは、具体的にどういった変化があるのか興味があったようで、質問を繰り返しては聞き入っている。


「例えば、チーズとか削るだけで香りもコクも段違いだよぉ」

「へぇ~、そういう工夫もあるのか」

「すごいのね、マルコ」


 ……わたしはおろし金と聞くと、大根おろしを想像してしまうが、マルコはチーズかぁ。


「ねぇ、マルコ。それだと、目詰まりしない?」


 わたしの疑問に、目を輝かせてマルコは言った。


「おおぉ、よくわかったね。それでラウルに色々調整してもらってるんだよぉ~」


 他にも刃の向きを一定方向にした方が、水洗いが楽になるなど、色々とラウルに注文しているらしい。


 調理道具に関しても、マルコに任せておいて大丈夫だろう。

 きっと、勝手に改良してより良い物ができそうだ。


 マルコは笑顔で「その時は呼ぶから、食べにおいでよぉ」と、新しい料理が完成したら試食させてくれるらしい。


 ……その時は、ごちそうになります。




 ◇ ◆ ◇



 四の鐘が鳴ってしばらく経った頃。

 お父さんが迎えに来たところで、わたしは作業を切り上げ帰宅した。


 三馬鹿のおかげで、フレデリカへの注文分は目処がたった。


 最も時間が必要だった鉱石を砕く作業。

 この作業だけを集中的に行い、一心不乱に砕いていた三人には感謝しかない。


 何かお礼でもしたほうが良いだろうか。

 しかし、与えられる物など持ち合わせていない。

 そのうち新しい商品でも作って、儲けてもらおう。


 ……金属、木材、料理、なんかあるかなぁ。



 料理といえば作物、そして農業。

 料理のレシピでもいいが、試行錯誤する場所がない。


 品種改良は、わたしには無理だ。知識が無さ過ぎる。

 であれば、農具でも作れないかと、夕食の片付けをしながら、お母さんに聞いてみた。



「そうねぇ、この辺だと野菜もあるけれど、小麦が中心ね。トバルの町周辺に小麦農家が多いわね」


 お母さんは手際よくお皿を洗いながら、サンドレアムから東にあるトバルという町の周辺で小麦農業が盛んだと教えてくれた。


 トバルでは土の月、前節から後節にかけて収穫が行われる。


 小麦の収穫は、刈り取った稲穂を一本一本、手で摘んで管のような二本の棒の間に挟んで引き抜き脱穀、その後、棒などで叩いて殻を取っていくという。

 なんとも大変な方法だった。


 ……それは重労働だね。


 ふと、木材と金属で作れそうな千歯扱きを思い出した。

 小学校の資料室で見た記憶がある。

 たしか使われ始めたのは、日本の天下分け目の大決戦が終わった後、江戸時代辺りだったはずだ。


 そう考えると、随分と長い間、このような収穫の仕方をしていたのかと、しみじみ思う。


 ……前世でも同じ収穫の仕方とは、限らないか。



「ほら、ルルーナ。手が止まってるわよ」

「あっ、うん」


 いずれは作ってみようと思った千歯扱きだが、考えてみれば、わたしの周りには農業関係者がいない。

 ノックスに相談したいところだが、今は忙しいのでやめておきたい。


 ……所長なら知ってるかなぁ?


 宿題に関しては、役所を使って募集をかける案でいこうと思う。


 孤児院の子供たちも雇いたいところだが、計算が可能なのか不明だ。

 教育を施しても良いのかもしれないが、わたしには教師になってくれる人のあてがない。


 ……それも所長に聞いてみる? ……いや、やめておこう。


 所長の不機嫌な顔が浮かんだところで、その考えは却下した。

 そんな無理を言い出したら、どんな宿題を出されるか考えただけでも身震いする。


 ……今は目の前に集中しよう。



 翌日。

 今日も生産の目処は立ったとはいえ、エステラはせっせと石鹸を三人で作成中だ。

 わたしもいつも通り、講義室でお勉強である。


 わたしがいつ変な発言をするかわからないので、所長は自分とわたしの周りだけに防音の結界を張った。省エネというやつだ。


「…………なので、二、三人もいれば大丈夫そうです。五人いれば万全かなと」

「人数はわかった。それで、どうするのだ?」


 所長は人数を確認して軽く頷くと、宿題だった労働力の確保の件にふれた。


 わたしは自分の考えた案を説明していく。

 ノックスが言うには一般的に店先で募集をかけるそうだが、それを人の集まる役所でやってしまおうというのだ。


「……なるほど。問題点もあるが、まぁ、いいだろう」

「問題点?」


 所長は頷くと、面倒くさそうに説明してくれる。

 五等平民以上は問題無いが、六等平民には市民権が無い。

 

 つまり、身元保証ができないのだ。


 そのような者たちが役所の掲示板を見たとしても、店側が受け入れるかは不明。

 何か問題が起こった際、役所が責任を取る形になってしまうようだ。



「それは店側が、その人物をしっかり見極めれば良いのでは?」

「知人の紹介などで身元の保証が可能な者たちばかり。責任はその知人、家族に負わせてきたのだ。いきなりそのような対応を、店側ができると思うか?」


 ……なるほど。わたしの感覚がズレてるよね、これは。


 身分証も戸籍も無い。

 偽名、経歴詐称、何でもありな者たち。誰が身元を証明するのかという話だ。


 この世界なら、市民権を得ないのであれば、身元を偽るのは簡単だ。

 六等平民を労働力に数えられない原因は、深刻な問題かもしれない。


 そんな人物を、店側で雇う確率は低いだろう。



「役所で仮登録とかできないんですか? 生まれた時に血を登録したように」

「なぜ、そう思った?」


 所長の目に鋭さが増した。マズイ話題だっただろうか。



 ……大丈夫。所長なら駄目なものは駄目だと、ちゃんと言ってくれる。


「血を登録して、洗礼前の子供が攫われた時に確認できると聞きました。これって、わたしの世界では個人の遺伝子というもので確認しますが、こちらでは、魔法のような契約で紐づけしているのでは、と考えました」


 所長が小さく頷く。


「そうだ。君の推測通り。血の契約によって紐づけている」

「なら、それを六等平民にするのも可能では? これなら犯罪を犯しても、すぐ確認できるはずです」


 所長の目が続けろと訴える。


「偽名だったとしても、血で縛れるのなら……えっと、早々に犯罪をしようなどと思わないはずですし、それが狙いの人間であれば躊躇するはずです。そうすれば、六等平民による犯罪も減ると思うのですが……」


 わたしは所長の反応を見ながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 所長は目を閉じて、机を指でトントンと叩き始めた。

 この仕草は思考する時の癖だ。



「一理ある。君の世界のやり方を参考にしているのであろう?」

「はい。血、髪の毛、指紋、そういったものでも個人を特定できます」

「それは、管理されているのと同じだと思わないか?」


 たしかにそうだ。

 だけど、法に守られ安全と引き換えであれば、だれも不満には思わない。

 あれもこれも、理不尽に自由を奪われる訳じゃない。


「規則を守ってはじめて、自由な生活が送れると思っていました。全てを雁字搦めで、管理するわけではないんです。規則がないんじゃ、無法地帯と変わりません。だれも安心して暮らせません」


 わたしの知り得ない場所では、色々とあったかもしれない。

 だが、わたしが知る限りは、この世界よりもずっと安全で暮らしやすかったはずだ。


 所長は再び静かに目を閉じ、考えに耽っている。

 なんとか孤児たちにもチャンスはないかと密かに考えているが、所長の答えはどうだろう。



「君の考えは理解した。しかし、難しい問題がある」


 長い思考の後、顔を上げて所長は言った。


「血の契約によって信用を得るとは、市民権を得ることと同義だ。それを仮にとはいえ、六等平民に与えた場合、他の平民からの反発が予想される」

「同義って……市民権とは具体的にどういった権利が?」


 結局のところ、個人の身元保証。信用。

 それ以外にこれといって、特典が無かった。

 わたしの世界にあったような、優遇処置のような制度はなかったのだ。


 これは盲点だ。てっきり、少しはあるものだと思っていたのに。


 これじゃ、身元保証だけは与えましょうなんて言えない。

 それでは市民権を与えるのと、同じだ。


「……それは、問題ですね」


 わたしは俯き、次の案を考える。


 本当に問題だ。

 なんとも貴族中心というか、平民の管理など特になんとも思っていないのだろう。


 これは、わたしがどうこうできる問題じゃ無さそうだと、頭を抱えた。


 だが、なぜだろう。


 見上げると、本当に難しい問題だと思っているのだろうかと疑問に思う。

 それは、所長がいつもの難しい顔ではなかったのだ。


 なんというか、いつもの無表情。それでいて、わたしを試すような紫の瞳。



「では、市民にはどういう利点を与えれば納得する?」

「え~っと、思い付くのは治療費の負担軽減とかですかね。後は、教育費とか。これは学校があればですけど……」


 わたしの頭では、せいぜいが身近にあった制度を提案するぐらいだ。

 人口を考えて、何割にするのが妥当だのと考えるのは、頭の良い人たちに任せる。

 導入されるのかもわからないのだ。わたしが深く考えてもと思う。


 

 それにしても、所長はどう考えているのだろう。

 難しい問題と言った割には、いつもの険しい表情を見せない。

 何か解決策でもあるんだろうか。


「所長、何か解決策でもあるんですか?」

「どうしてそう思う?」


 いつもの顔じゃありませんと言ったら、すっと所長の腕が伸びて、おでこにぺちんっとデコピンが飛んできた。


「あ、いったぁ~ぃ」


 ……なぜだ。


 詳細は教えてもらえなかった。

 確証がないことは、あまり口にしない主義だそうだ。


 いかにも所長らしい理由だった。


 わたしの背丈ではよく見えないが、所長は筆を手にとって、書類に何かを書き写している。


 ある程度の流れは掴めているのかもしれない。

 後は、どうその流れに導くのかといったところだろうか。



「なんだか、モヤモヤします」


 所長は顔を上げると、眉間に皺を寄せ嫌な顔をした。


「後は、貴族の問題だ」


 わたしは、机に頬杖をついて所長をじっと見つめるが、仕事の邪魔だと手でシッシと追い払われた。


「君が悩む分には、私は問題無い」

「むぅ……」


 わたしには貴族と平民の関係性について、まだまだ理解が足りていないのだ。

 そんな頭でいくら考えても、答えは出ない。

 それはわかってはいるのだが、なんだか納得がいかず、長椅子に座り時間をもて余す。



「所長、そういえば宿題の点数は何点でしたか?」


 ふと、課題の点数を求めると、所長は手を止めずに答えた。


「満足はしている」


 点数を聞いているのに、感想を言われてしまった。


 あの所長に褒められた気がしてちょっと嬉しいのだが、どの辺に満足したのだろうか。


「考えなくても良いのに、ちゃんと考えてきた辺りだ」


 ……ん? 考えなくても?


 所長は微妙にわかる程度、眉を上げて言った。


「製法の問題が解決するならば、後は商会側の問題だ。君が労働力の心配などする必要がなかろう」


 ……それで本当に良いのかって、言ったのは所長じゃん。


「でも、所長がいいのか? って……」

「それで良いのか? とは言ったが、はいと答えればそれで良し。労働力の確保の仕方を学べば、それでも良いと思ったのでな。あえて言わなかった」

「え~、ズルくないですか?」

「常識を教えるのは、誰であってもよかろう?」


 真剣に悩んだ結果、これである。

 なんとなく、レシピの問題が無ければ、従業員が使えるのではと思っていたのだが、それで正解だった。


 足りなければ、商会が補充すればよいのだ。

 わたしが悩む心配は、なかったようなものだ。


 ……まぁ、常識は学べたんだけどさ。普通に教えてよ。



「募集をかけても、六等平民を簡単には雇えない理由が、しっかり認識できたはずだ。孤児を雇う難しさを理解できただろう?」



 なんとなく理解した。


 孤児院の子供たちならまだしも、東地区の孤児たちも同じように認識していたわたしに、やんわりと待ったをかけていたのだ。


 あの答えを聞いて、わざと奴隷制度の話をしたのかもしれない。


 労働力の確保と聞いて、わたしが孤児をどうにかしたいと無理を言い出す前に考えさせた。

 所長らしいと言えば、らしい。非常に回りくどい。



 ……めんどくさ~いっ!








ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


「面白かったなぁ」

「続きはどうなるんだろう?」

「次も読みたい」

「つまらない」


と思いましたら

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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。

参考にし、作品に生かそうと思っております。


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