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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
一章    増える秘密と広がる波紋          

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33話  お姉ちゃんは強く ~守りたいのに守られた~


 冬の冷たい風が森の中を吹き抜け、ギシギシと降り積もった雪の中を歩く音が辺りに響く。そんな白銀に包まれた森の中に、二つの人影があった。


 休日を利用して、娘に訓練をつけているライアットとエステラだ。


「エステラ、今日は足運びに重点を置くぞ。雪の中でも確実に動けるようにな」


 ライアットは真剣な表情でエステラに話しかける。

 普段のライアットであれば、娘に対して優しく、笑顔を絶やさない父親だが、訓練の時だけは別だ。


 彼は元傭兵であり、その経験を活かしてエステラを鍛えている。エステラもまた、父の期待に応えようと全力で訓練に臨んでいた。


「はい、父さん!」


 エステラは力強く答えると、雪の上を軽やかに走り始めた。

 ライアットはその姿を見守りながら、自身も動き始める。彼はエステラに続き、雪の中での動き方を実演して見せる。


「足を大きく上げてから軽く踏み下ろすんだ。雪が深い場所では、体重を分散させることで足が埋まりにくくなる」


 エステラはライアットの動きを真似し、足を高く上げてから慎重に下ろす。

 初めはぎこちなかったが、次第にリズムを掴み、滑らかな動きができるようになった。


「いいぞ、その調子だ!」


 ライアットは満足そうに頷くが、訓練はまだ終わらない。


「次は、あの木からあの木まで走るんだ。ただし、途中で何度か止まり、周囲を確認するんだ。敵がどこにいるかわからない状況を想定して動くことが重要だ」


 エステラは頷き、目標の木を見据えて走り出した。

 途中で何度か立ち止まり、周囲を確認する動作を繰り返す。

 そのたびにライアットは指示を飛ばし、エステラの動きを修正していく。


「もっと静かに、足音を立てないようにっ! ……そう、いいぞ、エステラ!」


 エステラは息を切らしながらも、ライアットの言葉に従い、さらに集中して動きを改善していった。

 その目は決して諦めることなく、前を見据えていた。


「駆け抜けろ!」


 木々の間を全速力でエステラが駆け抜ける。


「はぁ……はぁ……」


 エステラは息を整えながら、ライアットの顔を見上げた。

 ライアットは「いい感じだ」と言って、エステラの肩をポン、ポンと軽く叩きを休憩を告げた。



 ◇ ◆ ◇



 ライアットは「飯の足しに雪うさぎでも探すか」と、辺りを一人で探索し始めた。


 エステラは木の根元に腰を下ろし、火照った体には冷たくて気持ちのいい風を感じながら、目を閉じ深呼吸をする。


 だが、目を閉じると、忘れようにも忘れられない嫌な出来事が脳裏に浮かんできた。


 ……何も出来なかった。


 エステラは目の前で、ルルーナが攫われた瞬間を思い出す。



 体調の悪そうなルルーナの手をひいて歩いていた帰り道、突如現れた馬車と男たち。その瞬間はあまりにも早く、衝撃的だった。


 接近した馬車が馬の嘶きと同時に急停止し、後部の扉が開いた次の瞬間、アイナが突き飛ばされ、強い力がルルーナを引き寄せた。

 エステラは驚愕で反応が遅れ、手を離してしまったのだ。


 ……あの時、手を離さなければ。


 必死に引き戻そうと手を伸ばしたが、ルルーナの叫びにそれも叶わなかった。

 なぜルルーナが止めたのかは、冷静になった後でわかった。

 あの時、男は剣を抜こうとしていたのだ。だから、それに気付いたルルーナが止めたのだと。


 きっと掴みかかっていたら、二人とも無事ではなかったかもしれない。


 ……結局、いつも助けられるのはこっちだね……。


 エステラは辛い気持ちを振り払うように頭を振った。

 深く深呼吸をして気持ちを切り替えると、どうしても引っかかって頭から離れない、もう一つの出来事があった。


 ……あれはなんだったのかな?


 馬車を追い、男に蹴り飛ばされた時のこと。咄嗟に身体強化の魔法で防御したが、勢いまでは防ぎ切れず、体重の軽いエステラは吹き飛ばされてしまった。

 これはマズイと激しい衝撃に備えたが、落下の感触はなく、ただ不思議な浮遊感に包まれたのだ。


 ……父さんは魔法じゃないか、と言ってたけど。


 エステラは自分の両手をじっと見つめて、魔法を教わった時の記憶を思い出す。


 八歳の秋、平民では騎士には絶対になれないと聞いて、酷く落ち込んでいた時期。

 気分転換にと無理やりライアットに連れ出された森で、見たことのない真剣な表情で問われた「なぜ、騎士になりたいんだ?」と。


 格好良いとか、天馬に乗りたいとかではなく、ただ「みんなを守りたいから」と答えると、ライアットは笑みを浮かべて「じゃあ、騎士じゃなくても守れるな」と言った。


 ……なんで、騎士にこだわってたんだろうね。自分でも笑っちゃうけど。


 その日からだった、訓練はいつも以上に厳しく、普段は見せない傭兵の顔をライアットはエステラに見せるようになった。


 一節程経った頃、絶対に使いどころを間違えるなと念を押され「とっておきの魔法を教えてやる」と、ライアットは言った。


 ……正直、冗談かと思ったけど、本当に使えたんだよね。


 最初はいつもの冗談かと思ってはいたが「ルーチェ以外には秘密だぞ」と、その表情はいつになく真剣だったのだ。


 あまり知られてはいないが、使い方がわからないだけで実は平民にも魔力がある者もいるのだと、ライアットに教えられた。


 下級貴族の三男や四男など、家督を継げない者たちは婚姻相手を探すのに苦労する。

 相手も下級貴族以上が望ましいが、どうしても長男や次男が優先され、相手を豪商の娘や、家柄の良い一等や二等平民から娶ることもあるのだと。


 下級貴族の三男、四男など魔力が多くない者たちは、肩身の狭い思いをしてまで騎士団に所属しようとはせず、出奔する場合が多い。


 独身でいるよりも出奔し、想いを寄せた女性と家庭を築く場合も多いと聞かされた。

 その際、生まれてくる子供は魔力を持っている場合が多い。

 魔力を持って生まれた平民が、その後、他の平民と子を成し、今の時代に引き継がれているらしい。


 半信半疑だったエステラだが、魔力の操作を教わり、徐々に魔力という物が感覚的にわかるようになってきて魔法を扱えるようになった。

 そして、決して多くない魔力でも使える魔法をライアットから学んだのだ。


 ……もう一度、あの浮遊感の感覚が掴めればなぁ。


 エステラが現在使える魔法は、身体強化の一つのみだ。

 ライアットから学んだ魔法であり、これ以外は未だに使えない。だが、使えるのと、使えないとでは大きな差だ。


 まずは身体強化を使いこなさなければと、エステラは心に決め、両手をグッと握る。


 ……休憩は終わりっ!


 エステラは頭を切り替え、獲物を探しに行ったライアットの姿を探すべく、傍らに置いてあった弓と背負い袋を持ち立ち上がった。


 ……さてと、父さんは……あっちね。


 エステラは辺りを見回し、柔らかい雪の上にくっきりとライアットの足跡が残っているのを確認する。


 森の中は背の高い木々が壁のように連なり、森の浅い場所でも薄暗い。

 日陰になった部分は凍っており滑りやすく、普段よりも慎重に、足元に注意を払いながら歩く。


 雪が降り積もった地面は白い絨毯のように広がり、足元にかすかな音を立てながら踏みしめる。木々の枝には雪が積もり、その重みで時折、枝がしなる音が響いた。


 しばらく足跡を追うと、ライアットの後ろ姿を発見したがどうにも様子がおかしい。

 ライアットは屈んだままじっとして、動こうとしない。


 ……ん? なんか変。奥の方に何か……。


 すでにライアットは異変に気付いていたのか、声をかけようと近付いて来たエステラに片手を上げ「待て」と、合図した。

 エステラも何かの気配を感じ、その場に屈んで静かにゆっくりと背負い袋から木剣を取り出し腰に下げる。


 待機していたエステラに、ジリジリと後退してきたライアットが静かに警告する。


「気を付けろ。何かいる」

「うん……」


 エステラも何かがいるのは気付いている。

 ライアットの指導の下、五歳の時から森で訓練をしているのだ。

 熟練の狩人には劣るが、ごく一般的な狩人よりも感覚は鋭いかもしれない。


 先程から、鳥の鳴き声はせず、雪うさぎの足跡は見るが姿が一向に見えないところからも、何かを恐れて雪の中に隠れているのだろうとエステラは推測する。


「あの奥だ」


 十分に距離を取ったところで、ライアットが木々の隙間の奥、雪の積もった茂みを指差した。

 エステラも、じっとして動かず茂みを注視する。すると、茂みから獣の鼻先が見え、徐々に正体があらわになる。


「――ッ!」


 茂みの中からゆっくりと現れたのは、傷を負ったオオカミだった。

 獲物を探しているのか、鼻先で匂いをかぎながら辺りを見回している。


 ……オオカミじゃ……ない?


「父さん、あれってフォレストウルフなの?」

「……いや、一回り大きい、毛も灰色だ。ウルフイーターだな」


 森林地帯に生息するオオカミ。

 フォレストウルフであれば、冬の時期は真っ白く毛が生え変わるため、別名スノーウルフと呼ばれるが、現れたオオカミは灰色だった。


 山岳に生息するマウンテンウルフと毛色が似てはいるが、生息域が違いすぎる。

 だとすれば、ウルフイーターだとライアットは考えた。


 フォレストウルフが魔獣化した名称だ。性格は好戦的で、飢えに苦しむと仲間のフォレストウルフでさえ襲う危険な魔獣。


「なんで魔獣が……にしても、仲間の気配がない。あいつ喰いやがったか?」

「仲間を……食べた?」

「腹が減っていたら、仲間でも食うのさアレはな」


 ……落ち着け、大丈夫。父さんもいる。


 エステラは恐怖を押し殺し、拳を強く握りしめた。

 普通のオオカミとは何度も戦った。今度も大丈夫だと、自分を奮い立たせる。


 エステラの緊張を感じとったライアットは、「大丈夫だ」と声をかける。


 エステラに足りないのは知識と経験。

 能力面で言えば、身体強化を使えるエステラなら、一般的な狩人以上だとライアットは評価する。


 今回も知識を与え、実戦経験を積ませるには、良い機会だと密かに考えていた。


「口の周りに血痕、傷もある。仲間と争ったか?」


 注意深く観察していたライアットが言った。


「仕留めるぞ。逃がすと厄介だ」

「うん」


 ライアットがゆっくりと腰のナタに手をかけると「強化して、木に登れ。そこなら安全圏だ」と、エステラに安全圏からの援護を指示する。


 エステラは頷くと、音を立てないように配置に着き、弓を構えて合図を待つ。


 ……ふぅ……大丈夫よ。集中。


 ライアットが右手を上げた。開始の合図だ。


「火の神よ、猛る炎の如き力を」


 エステラが身体強化を発動し、力一杯引き絞り放った矢がビュンッと風を切ってウルフイーターの胴を穿つ。


 ウルフイーターは痛みに悶え、唸り声を上げてエステラのいる方向を睨みつけるが、ライアットが前に立ちはだかり、ウルフイーターを挑発する。


「よう、犬っころ。こっちだ」


 ライアットがエステラの射線を確保しながら、ゆっくりと間合いを詰めると、ウルフイーターが雄叫びとともに、鋭い牙をむき出して飛びかかった。


 牙が目前に迫るが鈍い音とともに、ライアットのナタがその勢いを止める。


 ライアットは、冷静にウルフイーターの動きを見極めると、矢の刺さった脇腹に重く鋭い蹴りをお見舞いし、吹き飛ばす。


 まるで鉄の金棒で殴られるような衝撃だっただろう。

 ライアットの身体強化した蹴りをまともに受け、ウルフイーターは苦痛に顔を歪めた。


「ググググゥゥ……」

「来いよ。どうした? 距離が離れちまったぞ」


 ……今だっ! もう一発。


 ライアットがナタをくるりと回し、ウルフイーターの意識を自身に向けさせると、再び、エステラの矢が胴に突き刺さる。


「――シッ!」


 ライアットはウルフイーターが怯んだのを見逃さず一気に踏み込むと、首筋めがけてナタを凄まじい速度で振り下ろし、叩き切った。


 急所への決定的な一撃。

 肉は大きく裂け、力なく頭を垂れたウルフイーターはピクリともせず、絶命した。


「ふぅ、こんなもんか」


 ライアットはナタを鞘に収めると、その場に屈んで死骸を調べ始める。

 それを確認したエステラは木の幹にもたれ掛かり一息つくと、木の上から警戒を兼ねて辺りを見渡す。


 ……上手く当てられた。でも、威力が強かったような……。


 一射目、思い切り引き絞ったせいもあるが、普段の力よりもずっと強い感触があった。

 身体強化を使ったとはいえ、あの威力は出ないはずなのに、今日はすこぶる調子が良かった。


 ……成長してるってこと?


 そうであれば嬉しいのだが。慢心は駄目だと頭を振る。


 ……日々精進ってね。


 この感触を忘れないようにと、エステラは拳をぐっと握り込んだ。








ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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「つまらない」


と思いましたら

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