19話 道具の使い方 ~そのズレは認識できない~
ポールに協力してもらい、洗濯板の試作品が完成した日の昼食後、わたしとエステラはレント商会の倉庫へ向かった。
ノックスへの現状報告と、エステラが作ったおろし金の作製許可を貰うことが目的だ。
「へぇ~、これが洗濯板かぁ」
試作品の洗濯板を手に重さを確認したり、触り心地を試したりと、ノックスが興味津々に観察している。
大丈夫だとは思うが、わたしとエステラはドキドキと落ち着かない様子で、ノックスの判断を待つ。
「ノックス、持ってきたよ。こっちに入れるの?」
「ああ、お願い」
水を汲んできたアイナが桶に水を張ると、汚れた雑巾を手にノックスが洗濯板の使用感を試し始めた。
ノックスが桶の前に屈み、ぎこちない動きでゴシゴシと洗濯板に雑巾を擦り合わせる。
それは、わたしが前世で小さい頃にやっていた光景によく似ていた。
◇ ◆ ◇
家の洗濯機が壊れた時、わたしは庭でタライに水を張り、洗濯板を使ってゴシゴシとタオルを洗っていた。
どうも使い方が間違っていたらしく、おばあちゃんが使い方の手本を見せてくれた。
「それじゃぁ、上手く汚れは落とせないねぇ」
「えっ? こうじゃないの?」
「はっはっ……貸してごらん」
そう言って、おばあちゃんは板を少し角度を付けて縦置きにした。
「こうやって、少し斜めにして縦に擦るんだよ」
おばあちゃんが左手でタオルを抑え、右手で汚れた箇所を持つ。
上から下へタオル同士を擦り合わせ、桶の水をすくいながら、また上にタオルを戻し上手に板に擦り合わせていく。
すくった水で浮き出た汚れを洗い流しながら、その作業を繰り返す。
「すご~い」
「慣れればすぐさね。気を付けるのは……」
◇ ◆ ◇
……懐かしいなぁ。
ノックスの洗う姿を見ている内に、わたしが遠い昔、おばあちゃんに言われたことを思い出した。
「う~ん、思ったより布が傷んじゃうね」
予想とは違ったようで、ノックスが眉を寄せる。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「ん? ああ、どうぞ」
わたしはノックスの横に屈むと、おばあちゃんの言葉を思い出しながら手本を見せる。
「こうやって縦置きにして……」
わたしは、あの時の動きを真似る。
ゆっくりと動かしながら、雑巾を擦り合わせた。
「大事なのは、板でゴシゴシするんじゃなくて、雑巾同士を擦り合わせるの。こうやって板に押し当てる感じで……」
雑巾同士を擦り合わせて出る汚れを、板の凹凸に押し当てながら汚れを押し出す。
こうすることで、雑巾を必要以上に痛める心配は無い。
左手で雑巾を抑え、右手で擦りながら押し当てる。
板の凹凸によって普通に擦るより、汚れの落ちもいい。
「おっ? おおぉ、そう使うのかっ!」
「すごいね、妹ちゃん」
いつの間にか、わたしの周りに三人とも屈み込んで、目をパッチリ開けて興味深く洗濯作業を見ている。
……あっ、これヤバいやつ? そういえば、アイナもいたんだった……。
妙に手慣れた動きがノックスに怪しまれないか、さらに製品の発案や発想に関わっていることが、家族以外にバレたらマズイ。
どうにかして誤魔化せないか内心焦っていると、わたしの様子を見ていたエステラが、なにかを察したように口を開いた。
「何度もポールと動きを合わせて考えてたのは、これだったのね」
……ナイスフォローだよ! お姉ちゃん。
「う、うん」
一瞬、怪しまれると焦ったけれど、エステラの補足で事なきを得た。
一つに集中しちゃうと、うっかりミスが多いことが、わたしの駄目なところかもしれない。
「これなら十分いけそうだね。アイナ、会長に面会予約を取ってきてくれないかい?」
「うん、わかったよ。ちょっと行ってくる」
ノックスの言葉を受けると、アイナが立ち上がり駆け足で倉庫から出ていった。
その姿を目で追っていたノックスが、ふっと笑って「大丈夫だよ」と、わたしの頭を軽く撫でた。
「ルルのことをアイナが知ってしまうのは大丈夫。ごめん、言うのが遅くなったね」
その言葉に少々驚いた。そんな簡単に知られてしまって大丈夫なのだろうか。
「アイナが僕の雑務を手伝うことになったからね。遅かれ早かれ知られるさ。それなら、先に知らせておこうってね」
「大丈夫なの兄さん?」
両親はそれを知っているのか、という心配もあるのだろう。
エステラが心配そうな顔でノックスに尋ねた。
「父さんと母さんも、了承済みさ。ステラも知っての通り、アイナの性格なら恩を仇で返すことはしない。アイナの性格に関しては、レンさんのお墨付きだよ。アイナも親友の妹を危険に晒す真似はしないし、むしろ絶対に守るって言ってたから」
どうやら、他人に知られることによる危険性も話してあるようで、その上での先程の発言だったようだ。
それにしても、レンの名前が出てきたのには驚いた。
エステラも同様で驚きを隠せないでいる。
「レンさんにも、この話を?」
やはり気にした顔でエステラが尋ねると、それを聞いたノックスは「やっぱりそうなるよね」と、経緯を話してくれた。
「アイナがここで働くと決まる前に、商会の指示で彼女の人間性を聞いておいたんだ。まぁ、レンさんの言葉があったから、会長も働く許可を出したんだけどね。商会の情報を売られても困るしさ。レンさんには、ルルに関することは話してないよ。そこはアイナも秘密にしてくれると約束してくれた」
「そうだったんだね。考えたのがルルってバレるんじゃないかって、さっきは焦ったよ」
「さっきはありがとう、お姉ちゃん」
やはり先程のフォローは、アイナにバレないようにと咄嗟に気を利かせたものだったようだ。
これはエステラに感謝しなければ。
結果的に、手慣れた動きもポールと練習したことになったのは大きい。
……お兄ちゃんも誤魔化せたから超ナイスだよ。お姉ちゃん!
◇ ◆ ◇
桶を片付けてアイナが戻ってくるのを待っていると、エステラがノックスに例の物を見せていた。
ポールの工房で暇を持て余していた時に作った物だ。
「兄さん、これ見て」
エステラの鞄から取り出された物を見て、ノックスが首を傾げた。
「う~ん? ギザギザした板だね。何に使うんだい?」
「果物とか野菜を、こうやってガシガシと……」
エステラの身振り手振りを交えた説明に頷きながら、顎に手を当ててノックスが考え込む。
わたしは前世の知識から色々な用途を知っているので、おろし金が良いアイデアだと思っていた。
だが、ノックスの様子を見ていると、今までとは異なり食い付きが悪い。
……結構良いと思うんだけどなぁ~。
「ステラの発想は素晴らしいね。でも、これだけで会長を説得するには、ちょっと弱いかな」
「う~ん、弱いのかぁ」
エステラがちょっとしょんぼり顔だ。
その顔は可愛いけれど、今はそれを愛でている場合ではない。
今のままでは、おろし金を商品化するには押しが弱いようで、もう少し、後押しする何かが欲しいところだった。
ノックスもなんとか付加価値を付けようと、目を閉じ考えに耽っている。
わたしは前世の万能おろし金のように「大小の穴を開けてみては?」と提案したが、どうもしっくりこないようだ。
「う~ん……すり鉢でも可能だしなぁ」
「やっぱ、そうだよねぇ。小さくしただけだもんね」
わたしは、二人の会話に小首を傾げた。
……すり鉢でも? すり鉢と一緒だと思ってる? なんで?
もしかすると、エステラは、すり鉢と似たような作業を出先でも行うために作ったのではないだろうか。
例えば、森でも使えるようにと……。
持ち運びを容易にするため、小さな鞄に収まるサイズに小型化しただけならば、すり鉢と同じ用途で使うだけと考えてもおかしくない。
……どうりで噛み合わなかったわけだ。
確かにあの時、エステラは「すり鉢いらなそうじゃない?」と、言った。
冷静に考えれば、すり鉢の代替品だ。
形だけを見ておろし金だと、わたしが勝手に先走って勘違いしていただけかもしれない。
……しっかり用途を聞いておけば……うん? だとしたら。
わたしはピンときた。
二人は『すりおろす』という行為を知らないのではないか。
わたしは、すりおろした状態とすり潰した状態では全く違うと知っているが、おそらく二人は知らない。
そもそも、すりおろすという行為が無いのであれば、知らなくて当然だ。
知らないものには気付きようがない。
……これは気付かなかったなぁ。でも、変に野菜をすりおろしてとか言わなくて正解だったね……って、これ、どう説明しよう……。
机の上のおろし金を中心に三人で腕組をして、ウンウン唸っているとアイナが戻ってきた。
「四の鐘が鳴ってからなら、大丈夫だってさ……って」
三人が腕組をして、おろし金をじっと見つめているのが不思議だったのだろう。
アイナがキョトンした表情で椅子に腰掛ける。
「これは何?」
アイナがおろし金を指差して尋ねると「ああ、面会予約ありがとう。これはすり鉢の代わりみたいな……物かな」と、ノックスが自信無さげに言葉を返す。
「へぇ~、でもこれだと香辛料も粉状にできなそうだね。目も粗いしさ」
「アイナもそう思う? やっぱり駄目かぁ~」
アイナの真っ直ぐな感想に、エステラは両手で頭を抱えて仰け反った。
……粉状に出来ない……粉状――あっ、それ、採用!
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? 何か思い付いたかい?」
わたしの顔を見たノックスが眉尻を上げそう言った。やはり顔に出やすいのだろうか。
エステラも身を乗り出して、こちらを注目している。
アイナだけが、二人の様子に「どうしたの?」と、キョロキョロ困惑気味だ。
「わざわざ、すり潰す必要ないんじゃない?」
一同、何を言っているんだと口を開け、呆気に囚われている。
それはそうだろう。
すり潰すための道具なのに、その必要はないと言っているのだから。
「お兄ちゃん、野菜のみじん切りと千切りって何が違う?」
「切り方かな? あとは食材の形が変わるんじゃないかい?」
わたしはウンウンと大きく頷いて「食べた時は?」と返すと、やや間があって、ノックスがはっとした表情に変わった。
「食感が違う……」
「そう、食感。無理に潰さないで、こうガシガシやった状態って、他の調理道具でも可能?」
ノックスは少し考え込むと、机をまな板に例えて動きを真似しながら答えた。
「料理人じゃないから詳しくはないけど、包丁で細かく刻んだ後、腹の部分で叩くようにしたりすれば出来るかもしれない。でも、時間はかかりそうだね」
「そうだよね。これを使えば時間の短縮になるし、潰さない微妙な状態の食材になるよね」
そこまで説明すると、エステラが「あぁ~」と、大きい声で叫んだ。
何かに気付いたんだろう。この勘の鋭さはすごい。
「今までにない形。つまり、新しい食感ってこと?」
……流石、お姉ちゃん。
ノックスもポンと手を打ち「新しい料理が……」と、嬉しそうに呟いた。
「これは良いかも。試作品だけでも作って、料理人に試してもらおう!」
そう言ったものの、ノックスが急に黙り込んだ。
……嫌な予感。
らんらんと目が輝き出したかと思うと、椅子から勢いよく立ち上がった。
こうなると止まらないことを既に学んだわたしは、すぐにアイナの後ろ側へと、椅子ごと移動する。
……ふぅ、お姉ちゃん、ごめん。
案の定「妹たちは天才だぁ~」と叫びながら、近くにいたエステラの両手を握り、上下に振って喜んでいる。
「ノックス……どうしたのよ?」
わたしはアイナの耳元で「いつものことだから」と、小さな声で告げる。
すると困惑気味に様子を見ていたアイナがクスッと笑い、大きく溜息をついた。
「なんか安心した。ノックスにも子供っぽいところがあるんだね」
アイナはくるりと振り向いて、ニコッと笑った。
「安心?」
「うん。いつも仕事を教えるのも上手くてさ、態度も大人っぽいし」
「ああ、なるほどね~」
わたしから見ても、仕事中のノックスは大人っぽいのだ。
今まで接する機会が少なく、ましてや同い年のアイナからすれば最もな意見だった。
先程から、ノックスの歓喜状態に巻き込まれているエステラがジト目でこちらを見ているが、アイナと一緒に笑って誤魔化した。
しばらくして、通常モードに戻ったノックスと今後の打ち合わせを行った。
洗濯板の件は会長に報告するとして、試作品はノックスが自宅に持ち帰る。
せっかくの試作品なので、わたしたちで使ってみることにした。
実際に使ってみることで、改良点も見えてくるかもしれない。
おろし金の方は、エステラの提案で試作品をラウルの鍛冶場に依頼する。
書類は後日作製するので、今日はその報告のみだ。
おろし金を試してもらう料理人については、ノックスは会長にも協力してもらい、何人か候補を考えたいようだ。
それについてはわたしも賛成だった。
色々な人に頼んだほうが、創作料理のアイデアも多く出ると思う。
おいしい料理が食べられると思うと、自然と頬が緩んだのがわかった。
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