10話 孤児院のアイナ ~それでも責める気にはなれない2~
わたしのちょっとした疑問に、アイナが再び顔を伏せた。
どこから話せばいいのか、アイナも迷っているように見える。
しばらくすると、アイナは小さく頷き、ぽつりぽつりと事情の説明を始めた。
どうやら成人した者もいるが、孤児であるため信用が無いようだ。
孤児であると知っているこの街で、職に就くのは難しく、そのため、近い街まで出稼ぎの最中らしい。
しかし、しっかりとした教育を受けていないので、安定した職に就いてる者はいないのだとか。
それでも、彼らだって生活があるにもかかわらず、微々たる額だが金銭を送ってくれるだけ有り難い。
だが、冬の時期は街道が雪で閉ざされるので、その仕送りも止まってしまうようだ。
……そういうことかぁ。
アイナ自身はというと、この街で数人の孤児と生活をしていたらしい。
四年前、一人で面倒を見ることに限界を感じて、再開した孤児院に保護をお願いしたとか。
そして、少ないお金を稼ぐ毎日だ。
ラウルたちも孤児ではないのに、孤児院をたまに手伝ってくれている数少ない者たちらしい。
……悪ガキねぇ……ううん。ただ、この子たちは必死なだけ。
聞かなかったとはいえ、レンはこんなにも孤児院の状況が厳しいとは、一言も言っていなかった。
横目で見れば、エステラも深刻な顔をして聞いている。
金銭関係の話は初めて知ったという感じだ。
アイナに対して悪ガキのイメージはもう無く、子供たちを必死に養うお姉さんみたいだなというのが、わたしの印象だ。
子供たちのためとはいえ、やった事は良くないことだ。
でも、とてもじゃないがアイナを責める気にはなれない。
ぼったくり価格とはいえ、買った側もそれでも欲しいから買ったのだろうし。
……ラウルたちもなんだか良い奴っぽいし。
ノックスの言ってた通り、平民は生きるために必死なようだ。
そんなことを考えていたら、アイナが無理やり作ったような笑顔をみせた。
「妹ちゃん、ありがとう。少し気が紛れたよ」
「ううん。わたしも聞きたかったから……」
無理して明るく振る舞おうとするアイナを見ていると、胸が苦しい。
約束の日まで、あと五日。
五日間で結果が出るだろうかと考えると、不安になる。
もし、駄目だったら……。
わたしは目を閉じ、ぎゅっと唇を噛み締めた。
帰り際、わたしはどうしてもアイナを元気づけたくて、彼女の手を両手で握る。
「絶対、諦めないで」
そう言ったけれど、本当はわたしの方こそ諦めたくなかった。
……もしも、この世界に神様がいるなら、ううん、妖精さんでも精霊さんでもいい。この子にちょっとだけ、元気を分けてあげて下さい。お願いします。
急に手を握られたアイナはびっくりしたのか、バッと顔を上げ、目を大きく見開いてわたしを見る。
それは驚いたというよりも、一瞬、何かに息を呑んだような表情だった。
少し間があって「うん。大丈夫だよ、妹ちゃん。ありがとう」と、戸惑った様子で頷いた。
エステラも「無茶だけは、駄目だからね」と告げ、わたしたちは孤児院を後にした。
◇ ◆ ◇
昨日と同じく近道を通って家に向かうと、昨日と同じ三叉路の路地で、ラウルたちに出会った。
……遭遇率高いなぁ。ここで必ず出会うの?
「よぉ、エステラ。おっ、ちっこいのも一緒か」
「今日はどうしたのよ?」
「睨むなよ、別にさぼってたわけじゃないからな?」
手をあげて「こんにちは」と挨拶すれば、ラウルに続き、ポールとマルコもこちらを見て手を上げた。
なぜだか周りを気にしながら、妙にコソコソした様子の三人組だ。
……今度はどうしたんだろ? 動きが怪しすぎるよ。
「まだ決まったわけじゃないんだけど、食堂に来てた客の話をマルコが盗み聞きしてさ。あの商人、なんか怪しいんだよ」
「怪しい? なにそれ?」
今の三人組も相当怪しい動きなのだが、表情は真剣そのものなので、ここは黙っておくことにした。
「被害者を装って孤児の所有権を集めてる奴が最近いるってな。本当だとしたら、孤児の奴隷集めみたいなもんだろ? クズみたいな奴だ」
「もしかして、それって奴隷商? 奴隷の売買って、もう禁止になったんじゃない?」
……奴隷商ねぇ。
「ああ。もう随分前から領内では禁止になってるはずだけど、孤児を陥れて合法的にやってる奴はまだいるらしくてな。他の領地に売るらしい。元奴隷商人って感じだ」
「それに目を付けられたってこと?」
ラウルがコクコク頷く。
「アイナには昨日、すぐに知らせたよ。絶対に一人で会うなって。万が一があるからな」
「そうね…………」
どうやら本当に深刻な話のようだ。
例の商人は、元奴隷商かもしれないと。
……禁止になっても奴隷売買とかって、やっぱりあるんだ。
マルコが、お腹をスリスリ触りながらエステラを見て「あの子供もグルかもよ~」と教えてくれた。
「あの子供って? 商人の息子?」
「うん。わざと騙された可能性もありそうだよねぇ~。商人の息子が、孤児に薪の値段で騙されるぅ? ていうか、そもそも信用のない相手から買うかなぁ?」
エステラが小さく頷いた。
「あれはグルだと思うんだぁ。アイナが旅人に売ってるのを見たか、聞いたかして狙ってたんじゃないかって、うちの親父も同じ意見だったぁ」
……えっ! 親子でグルの可能性? っていうか、マルコって見た目より鋭いのね。
マルコの意見も可能性として有り得るだろう。
教育を受けてる商人の息子が、簡単に騙されるだろうか。
もしも、その話が本当なら、アイナは罠にかかった獲物だ。
「そういう理由で、噂話を集めてる最中なんだ……」
ポールが周りを気にしながら、小声でそう告げた。
「そんなわけでまたな、エステラ。何かわかったら知らせてやるよ。それと、薪拾いは俺たちも手伝うからな」
「うん、ありがとう。けど……ねえ、ラウル。あんまり危険な真似しないでよ?」
「ああ、わかってる。じゃあな。ちっこいのもな」
わたしが頷くと、手を振って三人が走り去って行く。
「元奴隷商ねえ……帰ろう。今日は三の鐘の前に戻らなくちゃ」
「うん。そうだね」
ラウルの動きを目で追っていたエステラが、心配そうな顔でわたしを見た。
昨夜のお母さんの話を、思い出したのかもしれない。




