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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
四章   新しい風が呼び込んだもの

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85話  物量作戦 ~物量に押される側の話2~



 翌日。


 夜明けと同時に部下を叩き起こし、まずは数の少ない東地区を回ることにした。


 東地区、とくに鍛冶場は血の気が多く厄介だ。

 体力があるうちに、片付けるのが得策だろう。


 最初の鍛冶場に到着し、扉を叩く。


「役所の者です。調査にご協力ください」


 扉越しに聞こえた声は、不機嫌そのものだった。


「なんだあっ!? こっちは忙しいんだっ」


 その瞬間、俺の隣にいた若い部下が一歩前に出て声を荒げた。


「あぁん!? こっちは命削ってんだっ! 所長命令だっ! つべこべ言わずに、さっさと鋳型ならべろっ!」


 ……おいおい、なんだよその勢いは。


 声をかけるべきか迷ったが、ふっと過去の自分の姿が頭をよぎった。


 ……ああ、そうだった。


 俺も所長のもとに来た当初は、こんな風に血気盛んだったはず。


 こいつらは、役所の講義でお嬢ちゃんに触発されて頑張っちまった結果……所長に目をつけられ、こうして配属されてきたんだ。


 それが幸せかどうかは、わからない。

 だが、あの所長に認められ、役に立ちたいと願うとは、そういうことなんだろう。


 ……こうして揉まれ、所長の手足になっていくのか。


 そんな思いを胸に、部下たちを見つめる。

 

 彼らは止まる気配がなかった。

 昨日まで「下手に出て協力をお願いする」という思考回路は、もう焼き切れているらしい。


 ……無茶はするなよ。


 それからというもの、手分けして片っ端から怒鳴り込んだ。


 血の気の多い連中相手に、力ずくで鋳型を並べさせる。

 むしろ、これぐらい強引でなければ通らないと、部下たちも学んだようだった。


 ああだ、こうだと口論している暇はない。

 こんな連中、所長の圧に比べたら可愛いもんだからな。



 ◇ ◆ ◇



 手早く東地区を終えると、俺たちは西地区へ。

 勢いそのままに、調査を開始する。


 そろそろ、四の鐘も鳴りそうだ。

 職人たちも休憩を終えて、仕事を再開している頃合いだろう。


 ……できれば、休憩中を狙いたかったな。


 東地区ほどではないにしろ、西地区も手を焼きそうだと思ってはいたのだが……。


 驚いたことに、西地区の職人たちは快く応じてくれた。

 鋳型をずらりと一緒に並べてくれ、東に比べれば拍子抜けするほど楽だった。


「これで、全部だ……」


 額の汗を拭いながら、ひとりの少年が声をかけてきた。

 赤髪にきつい目つき――確か名はラウルだったか。


「しっかし、役所も大変だな。こんなの、いちいち全部やってんのか?」

「まぁ、仕事なんでね」


 ただの何気ない、いたわりの一言だった。

 だが、その言葉を聞いた瞬間――隣にいた若い部下の目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「お、おい。大丈夫か? なんか飲むか?」


 ラウルが慌てて水筒を差し出す。

 部下はぐしゃぐしゃな顔で、「すいません……っ」と答えるのがやっとだった。


 ……ああ、こうして人の温かさに気づくのか。


 疲れ果てていた分、そのひと言が胸に突き刺さるんだろう。

 俺もまた、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


 陽が傾き、街の空に夕焼け色が広がり始めた頃、ようやくすべての鍛冶場を回り終えた。


 足は棒どころか石になったようで、一歩進むたびに悲鳴をあげる。


 それでも――ここまでやり遂げた。


 列挙した鋳型の情報をまとめ、紙に書き連ねる。

 それを抱えて役所へ戻り、執務室の机に置いた。


「鋳型の情報、すべて確認してまいりました」


 所長は無言で報告書を手に取り、目を通す。

 長い沈黙のあと、紫の瞳がこちらに向けられた。


「よし、よくやった」


 その一言で力が抜け、膝から崩れそうになるのをなんとか踏ん張る。


 ……やっと、やっと終わった。


「これを元に、偽金貨と照らし合わせよ」


 叩きつけられた現実に、俺は言葉を失い、目の前がぐらりと揺れる。

 しかし、気づけば言葉を発していた。


「承知しましたっ!」


 退室しようと振り向けば、部下たちの青ざめた顔が目に映った。


「行くぞ」

「は、はいっ」


 ……俺も同じ顔をしているんだろうな。


 事務室の机の上には、山のように積み上げられた鋳型の情報。

 俺たちは必死に紙と睨み合い、偽金貨と照らし合わせていった。


「この仕事が終わったら、レンさんによく頑張ったねって褒めてもらうんだ」

「ああ、俺もよく頑張りましたって頭を撫でてもらうよ……」


 疲れ切った部下たちの会話が聞こえる。


 夢と現実の狭間で、格闘しているんだろう。

 いい加減、現実に戻ってこい。


 俺は、ふぅっと深く息を吐いた。


 どれも一致しない。

 片手に偽金貨を持ち、もう片方の手で紙をめくる。


 ……一枚一枚金貨と見比べていたら、埒が明かない。


 似ているようで、鋳型と微妙に違う。

 決定的に噛み合わない。

 頭がくらくらしてきた頃、ふと気づいた。


「……待てよ。この偽金貨の方を見ればいいんじゃないか?」


 俺の呟きに、部下たちも顔を上げた。


「おい、お前ら! 偽金貨を並べて、見比べてみろ!」


 慌てて机に偽金貨を並べる。

 数枚、十数枚……光を受けて鈍く光る金色の中に、同じ特徴が浮かび上がった。


「全部、同じだな」


 俺の呟きに部下が頷く。


「こっちもです」


 他の机に並べていた偽金貨も同様だったらしい。

 細かい刻印の欠け方、縁の摩耗の具合が、どの偽金貨にも共通している。


「この特徴がある鋳型を見つけろっ!」


 共通した特徴――つまり、すべての偽金貨がひとつの鋳型から作られている可能性が極めて高いはず。

 

 俺は声を張り上げて指示を飛ばす。


「ここだけに注目して、鋳型を探せっ!」

「おおっ!」


 一気に部屋の空気が変わった。

 疲労で死んでいた瞳に、再び光が宿る。


 しかし、どれだけ照らし合わせても、結果は変わらなかった。

 すべての鋳型が、その特徴と一致しない。


「……一つもない、か」


 呟きは重く、虚しい。

 けれど、これこそが答えだった。


「よし、報告書をまとめるぞ」


 筆を走らせ、結果を整理する。

 気づけば、朝日が顔を出し始め、窓の外は淡い光に染まっていた。


 報告書を抱え、重い足を引きずりながら執務室へ向かう。


 夜明けの光が廊下に差し込んでいるというのに、扉を開けた先――我らが所長殿は、変わらず机に向かっていた。


 ……この人は、いつ寝ているんだ?


 まさか俺たちの仕事が終わるまで待っていた、なんてことはないだろうが……。


 机の上に報告書を置き、頭を下げた。


「すべての鋳型を確認しましたが、一致するものはありませんでした」


 所長の視線が書類から外れ、ゆっくりとこちらに向けられる。

 その冷ややかな紫の瞳に、一瞬喉がひりついた。


 だが、続ける。


「しかし……すべての偽金貨が、同じ鋳型から製造されたものである可能性が高いと考えられます」


 偽金貨を並べ根拠を示し終えると、わずかな沈黙の後、所長は頷いた。


「でかした」


 その一言で、徹夜で凝り固まった背中が不思議と軽くなる。


 ……ああ、そうだった。


 結局のところ――この一言をもらうために、俺たちは地獄をくぐってるんだ。


 感慨に浸っていると、所長は机から封書を取り出し机の上に置いた。


「トラン、この書状をトバルのアゼレアに届けよ」

「承知しましたっ!」


 俺は考える前に、いつもの言葉を発していた。


 ……はいはい、行きますよ。あの一言を聞いたら、行くしかないでしょうよ。



 ◇ ◆ ◇



 俺は馬を手配し、役所を後にする。


 天気は晴れ。

 すでに陽も昇り始めている。

 

 絶好の遠乗り日和ってやつだな。

 仕事じゃなければ、だが。

 まぁ、軽口が叩けるあたり、重圧から解放されたってことだろう。


 普段の調子が戻ってきた証かもしれない。


 休憩もそこそこに、俺はサンドレアムから出発した。

 暖かくなった風に夏の気配を感じながら、トバルへ向けて馬を走らせる。


 ……さぁて、ルルーナのお嬢ちゃんは元気かねぇ。


 朝露に輝く花々を見みると、あの陽だまりのような笑顔を思い出す。


 所長の氷の仮面すら溶かしちまう笑顔。

 そして一年前、貴族の間で恐れられていたらしい令嬢、アゼレアまで動かしちまった。


 そもそも、なんでお嬢ちゃんは、所長に懐いているんだ?

 ふと、そんなことまで考えてしまう。


 ずっとそれが不思議でしょうがなかった。

 異常なまでに、お嬢ちゃんが賢いのはわかる。

 だが、どんなに頭を捻っても懐く要素が思い浮かばない。


 子供でなくとも、所長に懐く人を、そもそも見たことがない。


 ましてや、お嬢ちゃんは平民だ。

 人を寄せつけない貴族の圧に、怖がりそうなもんだが……。


 アゼレアも同様だ。

 彼女は冷徹な貴族だったはず。

 だが、視察に行った時も仲は良さそうだった。


 ……俺から見たら、女性版の所長って感じなのにな。

 

 トバルの貴族たちも同じ。

 誰もが、お嬢ちゃんに協力的。

 まるで、そうするのが当たり前のように接していた。


 誰かに指示されて動いているようには、到底見えなかった。


 何だろうな、あれは。

 関わった連中を、みんな笑顔にしちゃってよ。


 とんでもなく賢いのに、危機管理能力が皆無。

 どこか放っておけなくて、ついつい手を出しちまう。


 お嬢ちゃんが寄っていくんじゃなくて、周りが寄ってきているのか?


 ……もしかして、みんなそうなのか?


 自分の行動に落とし込んでみて、自然とそう思ってしまった。


 ふっと緩む頬を自覚しながら、封書の入った鞄を見つめる。


 ……待ってろよ、朗報ってやつを。


 俺も大概だなと思いながら、ずれた眼鏡の位置を直すと、握った手綱に力を込める。


 昇りきった朝日に挨拶をひとつして、トバルへ続く山道を駆け抜けた。







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