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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
四章   新しい風が呼び込んだもの

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85話  物量作戦 ~物量に押される側の話1~


 ……やれやれ。


 俺の机の上には、またしても山のような書類ときた。


 片付けても片付けても、減る気配がない。

 むしろ、夜が明ければ倍になって積まれている。


 まったくどういう職場なんだか。


 六等平民の実態調査。

 制度変更後、各商店の雇用状況。

 さらには、農業改革によるサンドレアム内の収穫高の比較。


 やることが多すぎる……。

 

 そんな中、トバルから「偽造貨幣発見」の報告書が舞い込んできた。


 偽金貨。

 領内の信用を、根底から揺るがす代物だ。

 書類の山よりも、よっぽど重い。


 そして――案の定、呼び出された。

 わかってはいた……こうなるってさ。


「トラン、サンドレアム内のすべての商店を確認せよ」


 そう告げたのは、我らが所長殿。

 あの冷たい紫の瞳で淡々と言われたら、誰が拒否できるっていうんだ。


 無理だ。

 拒否なんてできやしない。

 した瞬間、俺の首が飛ぶか、紙束の山に埋もれて死ぬかの二択だ。


 つまり、死に方が違うだけさ。


 結局、部下を総動員して街中を走り回る羽目になった。

 商店の帳簿を片っ端から開き、ひとつ残らず調べ上げる。


 正直、街中で意識が飛びそうになった。

 部下の何人かは、声を殺し本気で泣いてた。


 ――それでも、やるしかなかった。


 店という店に顔を出し、帳簿を洗い、怪しい金の出入りがないかを調べる。


 金貸しに睨まれ、商人に舌打ちされ、露店にまで足を運ぶ。


 この二日間で、俺と部下の足は棒になった。


 けれど、所長の命令に「無理でした」は通じない。

 俺たちは、今日もひたすら商店の扉を叩き続ける。



 ◇ ◆ ◇



「……あとは、どこが残ってる?」

「次が最後です」


 俺の問いに、部下が答える。


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥からこみ上げるものがあった。

 長い長い苦労の果てに、やっと光が見えた気がしたからだ。


「よし! いくぞ!」


 俺が声を張り上げると、部下たちの顔にもぱっと明るい色が差す。


 死んだ魚のようだった目が、少しだけ生気を取り戻したようだ。


 ……ああ、ようやく終わるぞ。


 商談中の戸を叩き、怪しい取引がないかを問いただす。


 商談を邪魔され、不機嫌な店主。

 冷たい視線に、渋々差し出される帳簿。


 ……もう慣れたさ。


 この二日間で、俺たちは商人に嫌われる才能だけは開花したと思う。


 そして――ついに最後の商店を調べ終え、俺は深く息を吐いた。


 今後の段取りを考えながら、役所へ戻る。

 とはいえ、疲れ切った頭じゃ、何も浮かばないんだが……。


 事務室に入るなり、報告書を仕上げる。


「これで全部か?」


 念を押して確認する。


「はいっ! 全ての書類を確認しました。抜けはありません」


 その言葉が部屋に響くと、部下たちの表情が一気に緩む。

 疲労困憊だったが、つられて俺も笑みがこぼれそうになった。


 ようやく終わったんだと、皆と顔を見合わせたその時、静かに事務室の扉が開いた。


「宿屋と食堂はどうした?」


 氷のような声が背筋を貫いた。

 部下たちの顔から、みるみるうちに希望が消えていく。


 振り返った俺も、おそらく同じ顔をしていただろう。


「――すぐに向かいますっ!!」


 疲労と諦めを混ぜ込んだ声が、俺たちの口から見事に揃って出た。



 街へ再び繰り出したものの、何件か巡った頃には、すでに足取りはふらついていた。

 俺だけじゃない、部下たちも皆、魂が抜けたみたいな顔をしている。


「……次は宿屋だな」


 そう口にしながら最後に辿り着いたのは、街角にある宿屋兼食堂。

 ここは飯が美味いと評判で、俺も何度か立ち寄ったことがある。


「ちょうどいい。少し腹ごしらえといこう」

「……は、はい」


 所長の命令は絶対だが、命令に従うための体力がなければ動けやしない。

 休憩の言い訳を考えながら扉を開けると、店内から明るい声が響いた。


「いらっしゃぁ~い!」


 出迎えたのは、見覚えのある恰幅の良い少年――確か、名前はマルコだったか。


 ……そういえば、この子はお嬢ちゃんの知り合いだった気がする。


「注文は?」

「なんか、おすすめあるかい?」


 そう聞くと、マルコがにんまり笑った。


「あるよぉ~」


 疲れ切った頭で、あれこれ考える余裕はない。


「じゃあ、お任せで」

「は~い!」


 軽快な返事を背に、俺たちは席についた。

 

 椅子に腰を下ろした瞬間、どっと疲れが増す。

 まるで、足に鉛の重りがついたようだった。

 もう、立ち上がりたくない。


 しばらくすると、香ばしい匂いと一緒に料理が運ばれてきた。


「お待ちどう!」


 皿に盛られていたのは、見覚えのある鳥料理。

 だが、上に添えられているものに思わず首を傾げる。


 ……白くふわりとしたそれは、カブか? 大根か?


 心の中で呟きながら、突き匙を取る。


「恵に感謝を、いただくよ」


 一口食べた瞬間、爽やかな辛味と鳥肉の旨味が口いっぱいに広がった。


 疲れた体に染み渡る。


 ……うん、悪くない。いや、むしろ最高だ。


 部下たちの手も止まらない。

 俺も腹が満たされていくにつれ、体の芯までじんわり温まっていく。


 ……あぁ、美味い飯ってのは、魂に効くんだな。


「どうだった?」


 マルコが顔を覗き込むようにして聞いてきた。


 正直なところ、今の俺なら何を食っても美味いと感じただろう。

 それでも、この鳥料理の爽やかさと力強さは、本物だ。


「……お世辞抜きで、うまかった」


 素直に感想を伝えると、マルコがにかっと笑った。


「感想ありがと~。大銅貨一枚分、おまけしとくよぉ~」


 内心、苦笑する。


 ……随分と上手い商売の仕方をするじゃないか。


 客に気持ちよく払わせて、さらに得をした気分にさせる。

 商人の器量ってやつだな。


「ああ、ありがとさん」


 席を立ちながらそう告げると、少しだけ体が軽くなった気がした。


 腹も満ち、ようやく人心地がついたところで、帳簿の確認を済ませた。

 これで西区の宿屋と食堂の分も終わり……のはずだが。


 残りの調査対象を確認して、肩を落とす。

 嫌な現実は、なるべく見たくないもんだ。


 数は多くない。

 だが、問題は場所だ。

 なにせ、西区と南区。


 西区から南区までは距離がある。

 歩くだけで、体力を削られることは間違いない。


「でも、やるしかないか」


 自分に言い聞かせ、腰を上げた。

 部下たちもげんなりした顔をしながら、それでも黙ってついてくる。


 ……ああ、ほんとにみんなよくやってくれてるよ。



 やたら遠く感じた道のりが終わりを迎えようとした頃には、空はすっかり茜から群青へと変わっていた。


 街灯に火が入り、屋台から漂う甘く香ばしい匂いが余計に腹を刺激する。

 全ての確認は終わったが、まだやることはある。


「も、もう歩けねぇ……俺を置いて先に行ってくれ」

「バカヤローっ! 何言ってんだ。置いて行けるわけないだろう」


 部下たちの会話が聞こえる。

 一見、綺麗な台詞に聞こえるが、実のところお前だけ休むんじゃねぇ、だ。


 手に取るようにわかるさ。

 俺も、前はそうだったから。


 ……耐えろ。あと少しだ。


 事務室に戻り、最後の帳簿に判を押し、報告書をまとめあげる。


 震える指先で紙束を整えたとき、胸の奥からこみ上げる安堵は言葉にならなかった。


「……終わった」


 誰にともなく漏らした言葉に、部下たちがぼんやりと頷く。


 疲労で目は落ちくぼみ、足取りはおぼつかない。

 だが、やり切ったという達成感だけは皆から感じる。


 束ねた報告書を抱え、執務室へと足を運んだ。

 扉を叩くと、中から冷静な声が返ってくる。


「入れ」


 扉を開けると、我らが長――所長殿が机に向かっていた。

 紫の瞳がこちらに向けられた瞬間、背筋が自然と伸びる。


「サンドレアム内の商店、宿屋、食堂……すべて確認いたしました」


 机の上に報告書を置き、深々と頭を下げた。

 その瞬間、肩にのしかかっていた重みが、ようやく半分だけ軽くなった気がした。


 所長が視線を報告書に落とすと、俺たちは姿勢を正したまま、次の言葉を待つ。

 

 部屋の中に響くのは、紙をめくる音のみ。

 その静寂の中では、一秒がやけに長く感じられた。


 やがて、所長が小さく頷いた。


「……よし」


 その一言に、肺の奥の空気が一気に抜けた気がした。

 肩の力が抜け、安堵が全身を包む。


 ようやく終わった――そう思った瞬間。


「明日から、鍛冶場すべての鋳型を確認せよ」

「――っ!」


 頭の中が真っ白になる。

 だが、口は条件反射で動いていた。


「承知しましたっ!!」


 返事だけは、威勢よく部屋中に響く。

 しかし、心の中では俺も後ろに立つ部下たちも、同じことを思っていただろう。


 これは死ぬな、と。



 

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