53話 倉庫整理開始 ~矛盾する感情4~
地下倉での整理がようやく終わったのは、夕方近くになった頃だった。
最後の箱を棚へと収め、ロエナが帳面に印をつけると、倉庫の中には一息ついたような空気が広がった。
「……終わりましたね、お嬢様」
ロエナがほっと微笑む。
「片づくもんだなぁ」
使用人たちもそれぞれ額の汗をぬぐい、安堵の吐息を漏らした。
「ええ、みんなのおかげで」
わたしは小さく頷き、わずかに胸を張る。
精霊たちの小さな助力もあったが、整理を成し遂げられたのは、使用人たちの手際とロエナの支えによるところが大きい。
……これで、胸を張って報告できるね。
わたしは心の中で呟き、倉庫を後にした。
◇ ◆ ◇
報告のため、侍女に案内してもらい執務室へ向かう。
わたしは入室すると、静かに頭を下げた。
「地下倉の整理、全て完了しました」
机に座っていたアゼレアは、手元の書簡から視線を上げる。
淡い光を帯びた琥珀色の瞳が、わたしを射抜くように見据えた。
「……思ったより早かったわね」
声は落ち着いていた。
抑揚は少ないのに、不思議と姿勢を正される力がある。
……少し、雰囲気が違う。
わたしが言葉を返す前に、アゼレアは短く続けた。
「的確に使用人を動かし、効率を上げた。結果だけ見れば上出来よ」
わたしは小さく息を呑む。
褒められたはずなのに、そこに温かみはなく、ただ事実を告げられただけだった。
それでも、無視されるよりはずっといい。
「ただし――」
アゼレアの瞳が冷たく細められる。
「片付けただけでは、意味がない。物は価値を持つからこそ存在するの。明日からは整理した品を一つずつ精査しなさい。市場に流せるか、修繕に回すか、それとも廃棄するのか」
「……わたしが、ですか?」
思わず問い返すと、アゼレアは即座に言い切った。
「そう。あなたが」
淡々と放たれたその一言は、重く響いた。
わたしには到底無理だ、と心が訴える。
だが、アゼレアの眼差しは一片の揺らぎもなく、逃げることを許さない圧がある。
わたしは小さく拳を握りしめた。
「……承知しました」
アゼレアは机上の筆を軽く置き、僅かに頷いた。
「それでいい。夕食は客室に運ばせるわ。下がりなさい」
それだけを告げ、再び視線を文書へと戻す。
まるでわたしが部屋に入った瞬間から、すでに結果を決めていたかのように。
◇ ◆ ◇
夕刻を過ぎた頃、客室の扉をノックする音が響いた。
「失礼いたします」
食事を運んできたのは年配の侍女で、銀の蓋を載せた盆を静かに卓へ置く。
香ばしい焼き鳥肉と根菜の煮込み、柔らかな白パンに温かなスープ。
どれも質素ながら、普段口にしたものより遥かに上等だ。
侍女が下がると、部屋は再び静けさに包まれる。
「……はぁ」
香りは食欲をそそるのに、なかなか食事は進まなかった。
アゼレアの冷徹な眼差しが、まだ脳裏に焼き付いている。
――「明日からは整理した品を一つずつ精査しなさい」
その言葉は、まるで刃のように鋭く、わたしの胸にぐさりと突き刺さったままだ。
「わたしに、そんなこと……できるのかな」
小さな声で呟き、匙をスープに沈める。
温かいのに、喉を通すと胸の奥に冷たさが残った。
昼間、地下倉で使用人たちと交わした会話が思い出される。
彼らにとって、アゼレアは優しい主人だった。
――「アゼレア様はいつも無理を言われない」
――「困ったときには必ず声をかけてくださる」
と、そんな言葉を何度も耳にした。
だけど、わたしの目に映ったアゼレアは、冷酷で残忍な貴族令嬢。
その矛盾は、わたしの胸の奥を掻き乱す。
……優しい人なの? 冷たい人なの? どっちが本当なの。
パンをちぎり、口に入れてみるが、味はほとんど感じられなかった。
アゼレアは、使用人たちに見せる顔と、その他に向ける態度がまるで違う。
そしてその両方が嘘には思えない。
……なら、どうして?
思考が堂々巡りを始め、夕食は半分も進まない。
小さな器の中にまだ温かな煮込みを残しながら、わたしは食卓に肘をつき、額を押さえた。
「……どうしよう」
答えは出ない。
けれど、明日は待ってはくれない。
アゼレアが言った通り、自分は判断を迫られるのだ。
まだわたしの手には余る、大きな責任を。
窓の外に目を向ければ、夜風が木々を揺らしている。
その音が、わたしの不安を煽るように響き続けた。




