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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
序章    厳しい現実と小さな一歩

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13話  お兄ちゃんは想う ~神童の葛藤~


 カーン、カーンと四の鐘の音がする。

 寒さが増し、本格的な冬も近い。

 そろそろ、帰宅する頃には辺りも随分と暗くなってくる時期。


 そんな時間に一人、レント商会の倉庫内で毒の検査を熱心にしている少年がいた。


 本来、毒性検査を成人前の少年に任せることはないのだが、レント商会は、彼に任せても平気だと判断していた。

 なぜなら彼は神童と呼ばれる少年だからだ。


 現在、サンドレアムの街で最も将来有望な商人見習いと言えば、多くの商人がレント商会のノックスだと、口を揃えて言うだろう。


 八歳の頃から商人見習いとして働いており、商品の発案、開発に力を発揮した。

 その有能な働きぶりから付いた呼び名が、神童である。


 レント会長をはじめ、職場の商人たち、年上の見習い商人たちからも「彼は天才だ」と評価される程に、ノックスにより発案、開発された商品は魅力的だった。

 引く手あまたなノックスをレント商会に留めておくために、会長は日々、頭を悩ませていることだろう。


 しかし、そんな神童と呼ばれる少年にも悩みはある。



 ◇ ◆ ◇



「ふぅ、こんなもんかな」


 シュワシュワ石や、ぬか石鹸の毒性検査を終えると、ノックスは検査の魔道具を箱にしまい、今日の仕事を切りあげた。ノックスにかかれば、面倒な検査も一日あれば終わってしまう。


 それにしてもと、ノックスは机の上のぬか石鹸をじっと見つめる。

 ルルーナが作ったこの石鹸の効果は、調べれば調べる程、すごいの一言。

 今までの石鹸の洗浄力を大きく上回り、肌への負担も少ない。さらには保水もできる。


 今日は様々な状況で毒性の検査を行ったが、毒性は見当たらない。

 この石鹸は安全でありながら、万能だった。市場に流通すれば、すぐに話題の中心になるだろう。

 しかし、「注目を浴びる商品は、一方で危険もある」という言葉を思い出した。


 レント会長が自分に対して言った言葉を思い出し、ルルーナに当てはめてみる。


 まず開発者には、多くの商人が接触してくると予想される。加えて気を付けることは、貴族の耳にこの情報が入り、専属商人による買収。

 彼らなら貴族の力を利用し権力に物を言わせ、力ずくでルルーナを奪っていくだろう。


 そうならないためにも、流行りそうな新商品は、最初に貴族を通し後ろ盾を得る必要があるのだが……。


 そこまで考えを巡らせ、やはり貴族かと、ノックスは自然と眉を寄せる。

 レント商会は貴族との繋がりが弱いのが悩みのタネなのだ。


「はぁ……貴族との繋がりかぁ……」


 ……僕が成人すれば、貴族と繋がりのある商家に婿入りして、商家を掌握してしまえばいい。でも、まだまだ先の話だし。


 作業で余ったぬか石鹸を瓶に詰めながら、革新的な物は表には出さず、目立つのは避けた方がいいと、ノックスは思った。


 ……ぬか石鹸の件は大丈夫。会長は僕が開発したと認識してるはずだ。


 だが、とノックスの手が止まる。


 ……問題はルルが洗礼を終え、表に出てきた時だ。目を付けられなければいいけど。


 ノックスは自分が成人するまでの間、ルルーナの存在は隠し通せるのかと、最近はその問題に頭を悩ませる日々が続いている。


 ……父さんなら、警備の仕事関連で貴族と関わったこともあるだろうし、何か解決策がありそうな気が……貴族のことをもう少し聞くべきだろうか。


 もちろん、両親であるライアットやルーチェも、ルルーナの発想力からくる危険性は理解しているだろうし、相談すれば応じてくれるだろう。

 しかし、両親に頼らず、自分の考えも持っておきたいという、ノックスの意地にも似た何かが感じられる。


「ルルは絶対に目立つよなぁ……」


 ノックスはガクッと肩を落として、気落ちした。

 自分でこぼした言葉の中に、少々諦めの感情が入っていたことに気付いたのだ。


 ルルーナが五歳となり、外出するようになってから数日。

 その数日の内に、ルルーナは石鹸や香り付けといったアイデアを考えついている。

 外出初日の予定紙を含めれば、三つも。


 ……これから、もっと増えるだろうな……。


 ルーチェから、洗礼後まで控えてと言われても、ルルーナの思い付く数は、日を増す毎に増えるだろう。

 家の中にいた時期ですら、ちょこちょこと既存の物を改良していたぐらいなのだ。

 それをノックスも家族も知っていた。ただ、表に出ていないだけだった。


「はぁ~……」


 ノックスは溜息をつき、頭を抱えた。

 そんなルルーナが洗礼を終え、行動範囲が広がり、目にする物が増えると思うと、ノックスは正直ぞっとした。

 

 これで目立たない理由がない。


 ……危険性は、ルルも母さんから言われて理解しているはずだ。でも、貴族に関しては知らない。おそらく、説明すれば理解してしまうだろうけど……。


 ルルーナは賢い。知らないことでも一度説明すれば、ほとんど理解をした。

 先日もそうだったと、ノックスは困り顔でルルーナとの会話を振り返った。


 ノックスが市民等級の説明をした際、聞き返したのは「領主の運営する施設って?」と、ルルーナは返してきたのだ。


 普通であれば自分の両親の等級や、身近な人の等級を先に聞くはずなのに、もうそれは理解したとばかりに、ルルーナはそんな質問をしてきたのだ。


 少数の一等級、二等級さえわかれば、それ以外のほとんどが、三等級以下だと理解しているのだ。

 五歳なのに、その理解度は正直……異常だと、ノックスは感じていた。


 あの時はよく冷静に言葉を返せたなと、ノックスは自分を褒めたい気持ちになる。

 その後も、まとめて要点だけを話しても、ルルーナはすぐ理解した。

 ルルーナは普通の五歳児ではないのだと、改めて脳裏に深く刻み込む出来事だったのだ。



 ルルーナに字の読み書きを教えたのは、母であるルーチェだ。

 しかし、疑問に感じたことや、身近なことの疑問に応えていたのはノックスだった。

 そんなノックスだからこそ、ルルーナの異常なほどの賢さと発想力を薄々感じて、今に至る。


 まだ自分であればレント商会が守ってくれる。

 しかし、ルルーナは無理ではないかと、ノックスは思案顔で手に取った石鹸入りの瓶を、木箱にしまい始めた。



 ノックスとルルーナを比べると、決定的に違う点がある。


 ノックスの発案は、すでにある商品の組み合わせによるものである。

 

 例えば、予定紙もそうだ。

 その発想や着眼点は素晴らしいのだが、市場に流通すれば完成品を見た他の商会が、すぐに真似できるものだった。


 他の商会の生産体制が整うまでは、レント商会が利益を優先的に得られる。

 だが、貴族専属商人たちの動きは早い。

 あっという間に貴族に広がり、市場も彼らの商品で溢れる。


 なので、商人見習いノックスは欲しいが、貴族の力を借りてまで、無理をする程ではないのだ。


 しかし、ルルーナの場合は違う。全く新しい物を作り出してしまう。

 料理の改良案一つとっても、レシピがなければ、到底作れない物である。

 つまり完成品を見ただけでは、真似できないものなのだ。


 ぬか石鹸に至っては、材料すら他の商会にはわからないだろう。

 市場に出回っても、どこも真似できない。

 それが、レシピを持つ開発者が狙われる理由にもなる。


 貴族にも広がらず、貴族が開発者に圧力をかける理由にも繋がるため、全く新しい商品とは扱いが難しいのだ。


 貴族との繋がりがあれば、そこから商品が貴族たちに広がる。

 そして他の貴族からの介入を、後ろ盾となった貴族が守ってくれるだろう。


 だが、今のレント商会では、目立つルルーナを守れるだけの後ろ盾は得られないと、ノックスは結論付けたのだった。


 ……それよりも、今はこっちか……ルルたちに保留の件、どう説明したらいいかなぁ。


 ノックスは作業で余ったぬか石鹸を瓶に詰め木箱にしまい終えると、頭の中を切り替えた。



 そんなノックスの心配など、知る由もないルルーナである。


 翌日には洗濯業界に革命を起こしそうな、ぬか石鹸の別の利用方法を発見してしまうなど、マイペースに将来ダラダラ引き籠もる計画を練っているのだが……。



 ◇ ◆ ◇



 ノックスは作業場の後片付けを手早く終わらせると、保留の説明を頭の中で考えながら、窓の戸締まりを始めた。


 徐々に辺りは暗くなり、星々が見える空の様子に、ふとルルーナの顔が頭に浮かんだ。


 先程までルルーナのことを考えていたのも原因だが、今日の夜空は澄んでいる。

 こんな夜空を見ていると、ルルーナの髪を連想してしまうノックスなのだ。

 妹たちこそ至高の存在であるノックスにとって、この程度は造作もない。


 つまり、いつものことである。


 ……夜空に煌めく星のように、ルルは今後、様々な分野で活躍をして注目を浴びるはずだ。それに可愛い……これは間違いない。はぁ……ステラも、ルルみたいに、もっと頼ってくれればいいんだけどなぁ。


 ルルーナの顔が浮かんだのに、エステラのことも気になってしまうノックスは、これも通常運転なのである。


 ノックスの基準で言えば、エステラも十分に可愛いのだが、男勝りなところがあるので、少し可愛らしさがルルーナよりも薄れる。


 しかも、エステラは大体のことを自力で解決してしまう。

 なのでノックスとしては、少々、頼られ感が薄い。


 先日はノックスの進言で家族会議も行えた。

 成果としては十分満足してはいるが、頼られたいお兄ちゃんは、もっと頼られたいのだ。

 たとえ両親であっても、頼られるポジションは譲れないと、心の底で思っていた。


 エステラに「もっと頼ってくれ」と言いたいのだが、そこはぐっと堪え、自重している。


 それに加え、日頃からノックスは周囲の大人たちに「神童だ」、「天才だ」と言われる度にルルーナを思い出し「彼女こそ神童なのだ」と、声に出し自慢したくてしょうがない衝動を、必死に抑えているのだ。


 こうして、内なる衝動を日々抑制し、自分でも理解していない間に、将来有望な少年の精神力は鍛えられていく。

 今もノックスは煌めく星のようだと妹たちを称賛したい気持ちを抑えて、商品化できない理由を説明するために、考えをまとめていく。


 ……あの二人の可愛らしさは、隠せないな。これを使ったら、もっと綺麗になるだろうなぁ……でも、保留かぁ。


 ノックスは「がっかりさせるかな?」などと呟き、不安になる気持ちを振り払うかのように頭を振る。


 ……う~ん……とりあえず、ぬか石鹸の説明は真実を混ぜつつ、市場の混乱と原材料関係の話で納得してもらおう。きっとわかってもらえる。変に怖がらせないようにしないと……。


 ノックスはこれで大丈夫だと自分に言い聞かせ、不安を払拭する。



 万全を期すノックスだが、当の妹たちは兄の言ったことであれば、信用してすぐ納得してしまうので考え過ぎなのだ。


 しかし、妹たちの問題において自分が悩む分には、全く苦にしない兄なのである。








ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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