52話 命懸けの新生活 ~整理してみよう3~
重たい鉄の扉が、キィッと低い音を立てて開かれた。
鼻をつくのは、湿気と古い木の匂い。
ほんのりとカビの気配も混じっている。
思わず一歩下がりそうになるのを堪えて、胸を張った。
階段を降りると、そこは広い地下倉だった。
天井は低く、石造りの壁に並んだ松明がぱちぱちと火を吐いている。
奥には積み上げられた木箱や樽、布にくるまれた包みが乱雑に並んでいて、通路すら半ば塞がれていた。
足を踏み入れるたびに粉塵がふわりと舞い上がり、灯りに白く反射する。
……う、うわぁ。これは、思った以上に。
心の中で声にならぬ悲鳴を上げた。
机の上に積まれている帳簿の山は、まるで崩れた小山のよう。
紙はしけって角が丸まり、文字も滲んで読めるのかどうかも怪しい。
これを片づけろ、とアゼレアは言ったのだ。
無茶もいいところだ。
「嬢ちゃん、ここだよ」
がらがらとした声で案内したのは、倉庫係らしい年配の使用人だった。
腰は曲がり、手は煤に染まりきっている。
後ろに立つのは二人の男衆、同じく逞しい腕をした者ばかりだ。
その視線は小さなお嬢さんに何ができるのか、と言いたげだ。
もっと正直に言えば、冷ややかですらあった。
それもそうだろう。
五歳児に何か期待するほうがおかしい。
わたしの後ろに控える若い侍女も、少し心配そうに眉をひそめている。
彼女は初日に食事を運んできた侍女だ。
アゼレアが補佐と称してわたしに付けた存在。
明るい茶髪で、柔らかい雰囲気を持った侍女。
だけど気は抜けない。
きっと、わたしが怠けたりズルをしないか、監視の役目も兼ねているのだろう。
そんなのわかってる。
だから、ここで怯んでなどいられない。
「……ええと、まずは状況を把握しましょう」
わたしは机に積まれた帳簿の束を、ぱらぱらとめくった。
案の定、文字がかすれて判読しづらいものも多い。
数字ばかりが並び、しかも誰も整理した形跡がない。
「この帳簿、読める方は……?」
恐る恐る問いかけると、年配の使用人は頭をがりがり掻いた。
「嬢ちゃん、俺たちは字なんざ読めねぇ。箱の中身は分かる。重さ、匂い、刻印。そういうのは身体で覚えてる。でも、紙にゃ用がねぇ」
……まぁ、想定内ね。
「……そうですか」
わたしは、侍女の方へ視線を移した。
彼女は少し困ったように目を伏せたが、すぐに小さく頷いた。
「読み書きはできます。ただ……お嬢様の課題に私が手を貸しては――」
「手は貸さなくてかまいません。ただ、読んだり、書いたりしてくだされば。それ以上は、わたしが考えます」
侍女は驚いたように目を見開いたが、やがて観念したように「……承知いたしました」と頭を下げた。
わたしは帳簿を手で押さえながら、ちらりと乱雑に積まれた樽を見渡す。
丸い刻印。
三角の焼き印。
側面には見慣れぬ印字。
……字が読めないなら……わたしが絵を描けば、この人たちの経験と結びつけられるかも。
これなら、なんとかなりそうだと思った。
きっと突破口はここにある。




