49話 影を追う ~赤き魔性~
「ダズマか……」
低く、しかし、よく通る声で少女が名を呼ぶ。
二人の男はぴたりと動きを止め、子供たちは硬直した。
次の瞬間、行商風の男は振り向くと、慌てて跪き顔を伏せた。
……え、あの人、今……ダズマって。
「あれが? ……ダズマだって?」
トランが呟き、驚愕の表情を見せた。
だが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
頭を振って、観察を続けている。
どういうことか確認したかったが、今はわたしも目の前に集中する。
「アゼレア様……な、なぜ、ここへ」
「なぜ?」
「い、いえ……よ、ようこそお越しくださいました。まずはご報告申し上げます」
アゼレアと呼ばれた少女の瞳は冷ややかだった。
まるで、全てを見透かしているかのように。
遠目に見えるエステラとアイナも、男の動きをじっと見守っている。
二人はまだ建物の陰から動かず、様子を伺っているようだ。
わたしも息を潜める。
紙にかすかな手書きの文字を走らせながら、この一部始終を記録していく。
ここから何が始まるのだろう。
……わたしも全部書き留めないと。
現れた一人の少女。
十五歳前後だろうか、けれどその振る舞いは歳相応のものではなかった。
……お兄ちゃんやアイナより、少し上かな?
落ち着き払った足取りと、他人を値踏みするような冷たい眼差し。
その雰囲気だけで、只者ではないと分かる。
アゼレアと呼ばれた少女は、夕日の光を受けて立ち止まる。
少女でありながら、その立ち姿は威圧的ですらあった。
「また随分と集めたのね、ダズマ……その荷馬車、重たそうじゃないの?」
「い、いえ……こちらは試しのために選別したものでして。間もなく運び出す手筈でございます」
……運ぶ!? 子供たちをどこへ……?
「言い訳?」
ダズマは見ていてわかるほどに焦る。
「そ、そのようなことは……も、申し訳ありません。冬の到来が思ったよりも早く、雪解けまで潜伏しておりました」
行商風の男――その存在が、今や一人の少女の命令に従っている。
「……そう」
呼吸することを忘れて、気づけば手も止まっていた。
わたしは慌てて紙に書き留める。
だが、手が震えて、筆の先がカリカリと紙を掻いた。
あの少女を見ているだけで、震えが止まらない。
アゼレアは小さな顎に手を添えて、荷馬車を覗き込む。
その表情は少女らしさとはまるで無縁で、淡々とした冷ややかさだけがあった。
「……泣いてばかり。見ていて退屈ね。どうせなら、もう少しマシな素材を揃えられないの?」
ダズマは、さらに低く頭を下げる。
「は、はい! ですが、アゼレア様……商家の子女などは、どうしても警戒が……」
「言い訳は聞き飽きたわ。次こそ私を楽しませなさい。でなければ……」
アゼレアがにっこりと微笑んだ。
その顔は少女そのものなのに、背筋が凍りつくほど冷酷だ。
「わかっているわよね?」
「は、はい。必ずっ!」
アゼレアが、地面に額を擦りつけるダズマを見下ろす。
その姿は、どう見ても普通の少女とは思えなかった。
……楽しませる? 素材? 人のことを物扱いなんて……。
わたしは息を殺し、震える手で記録を続けた。
夕日が赤く紙面を染めるたびに、その少女の影が大きく伸びて――まるで、わたしの上に覆いかぶさってくるようだった。




