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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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48話  幽霊商人 ~影を記録する4~



 講義室に戻ると、外の喧騒がまるで嘘のように静まり返っていた。


 分厚い石壁に背の高い窓。

 ひんやりとした空気に満ちていて、背筋が自然と伸びる。


「すぐに記録を始めよ」


 所長の指示に従い、わたしは机に腰を下ろす。

 筆と紙を前にすると、喉がごくりと鳴った。


 公式な調査報告書だ。

 これを書くときは、普段使わない高級な筆を使う。


 深呼吸をひとつ。

 筆先を整えて、紙の上に文字を落とす。


「……倉庫街にて観察。行商風の男の仕草について。取引相手に対し、右手を三度、一定の間隔で見せ、その後に四度目。合図後、相手は頷く、または笑みを浮かべる……」


 書き記していくにつれ、トクントクンと心臓の鼓動が速まっていく。


 あの妙な空気と笑み。

 目を閉じると、重苦しい倉庫の匂いまで思い出してしまう。


「止めるな」


 背後から静かな所長の声がする。


「思い出すのが辛くとも、書き切らねばならぬ。曖昧さは敵の庇護となる」

「……はい」


 筆を持つ手に力を込め直す。


「荷車の幌……ええと、文字は……トバ……。いえ、それ以上ははっきり読めませんでした。二文字で途切れていて……」


 そう記しながら、わたしは筆を止め、そっと振り返る。


「所長、この記録は不完全でしょうか」


 所長はわずかに目を細めた。


「不完全であろうとも、書き留めた事実が重要だ。確証は後から積み重ねればよい……トバで始まる町は、周辺ではひとつだ」

「ひとつ、ですか?」


 ……だとすると、東のトバルかな。


「トバル。東の町だ。君が見た二文字は、それを指す可能性が高い」


 ……やっぱり!


「……書き加えます。トバの二文字を確認。完全な地名は不明。ただし、トバルである可能性が高い」


 紙にそう記したとき、所長が軽く頷いた。


「記録とは事実を記すものであり、推測は分けて明記することだ。その区別を誤るな」

「はい……」


 筆跡の残る紙を見つめながら、わたしは小さく拳を握った。

 厳しい教えだが、何もできなかったわたしが、着実に一歩ずつ前進しているんだと思うと、自信になる。


 ふと所長は机に片手を置き、わたしが書いた紙面をじっと見下ろしていた。


「しかし、トバルか。偶然にしては出来すぎている」

「出来すぎている、とは?」


 思わず問い返す。


「確認された毒の流通。正体不明の商人を雇い、禁制の魔道具まで使う資金力と影響力。考えれば出所は限られる」

「――っ!」


 そこまで言われれば、わたしでも何となく察することができた。

 体がぞくりと震え、筆を握る手に汗が滲む。


「だが、記録せよルルーナ。これはあくまで推測だ」


 所長の声は、いつも通り冷静そのもの。

 まるで動じてない。


 ……権力のある人物が、裏であの商人を動かしてる可能性。


 心の中でつぶやいた途端、エステラとアイナの顔が浮かんだ。


 ……二人とも、大丈夫なのかな。


 記録も終わり、あとは帰って休めと言われた。

 緊張で張りつめていた体の力が少しずつ抜けていく。


 でも、この変な気持ち。

 不安なのか、焦りなのか。

 自分でもよくわからない。


 それでも――家に帰れば、きっといつもの夜が待っている。







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