11話 凄いぞシュワシュワ石 ~神話に触れる日~
「こうやってハサミを持って、探し物を探すと見つかるんだよ。ハサミさん、ハサミさんってね」
「えー、そんな都合よく?」
「そうだよ。ハサミに憑いた神様が手を貸してくれるんだよ。頼ってばかりいると、物を大切にしていない証拠だから気を付けるんだよ」
「へぇ、今度やってみよう」
……懐かしい記憶の夢。つくも神の話だったはず。家の中で物を探す時に、たまにやってたなぁ。
わたしは前世で小さい頃から八百万の神様の存在を信じていた。
自然の様々な物に宿ったり、神様になっちゃった人物なんかもいて、お話を聞いていて楽しかったし、ワクワクした思い出がある。
この世界はそれと比べてどうだろうか……。
ノックスから聞いた魔力や、神器が神様に与えられた物なら、この世界は前世よりも、もっと神様との距離が近いように思える。
実は近くにいるのかもなどと、懐かしい夢を見たせいで目が覚めてからそんなことばかり考えていた。
この世界にはそういった物語はあるのだろうか。
今まで読んだ物は、お店のカタログの様な物ばかりだ。
字の勉強もあったので、しょうがないのだけれど……。
あるなら読んでみたい気もする。冬の時期、部屋に籠るなら楽しめそうだ。
◇ ◆ ◇
朝食を済ませて、洗濯が終わると自由時間となった。
エステラはロウソクを買い出しに行き、お母さんは暖炉の前で破れた雑巾や、ズボンの補修をしている。もちろん、わたしを一人にしないためでもある。
「ねえ、お母さん。何か物語みたいな物も読んでみたいんだけど……そういうのある?」
お母さんは裁縫をしている手を止めずに、少し考えているようだ。
「ルルーナ、本は高価だから貸してもらえないと思うわ。ノックスが書き写しても……時間がかかりそうね」
「どんなお話があるの?」
「神様の眷属のお話だったり、空想の物語だったりと色々あるけれど……」
「読みたいけど、高いのかぁ……」
……印刷技術なんて無さそうだし、そりゃ本も高いよねぇ……こりゃ駄目かぁ。
読めないことにわかりやすく落ち込んでいると、お母さんがにっこり微笑んだ。
「ふふっ。読めないけれど、語ることはできるのよ?」
「ふぇっ?」
わたしの表情がコロコロ変わるので、お母さんは楽しそうだ。
わたしが暖炉の前に用意した椅子へ腰掛けると、お母さんは裁縫をしながら思い出すように、知っている神様の物語を聞かせてくれた。
かつて光の神が人や動物などの生命を誕生させた。
それらを支えるために、大陸全土に土の神が種を蒔き、草木を芽吹かせる。
そして、水の神が癒やしの雨を降らして祝福し、火の神が力強き日差しで成長を促し、風の神が守護の風で冬の寒さから守ったのだとか。
抽象的な表現や比喩表現が多かったけれど、こんな感じで合っているだろう。
これは曜日の順番と同じで、月の順番もこの順番だ。
身近なところで繋がっていて少々、驚いた。
……闇の神様だけ、話に出てこないねぇ。
「あれ? 闇の神様っていないの?」
「闇の神様は死を司る神様なの。冬の到来は、闇の神様が力を増すからだと言われているわ。冬は風の神の加護がなければ、人々や動物、植物も死んでしまう。それぐらい強い力の神様よ」
……へぇ~。闇の神様というと、わたしは『夜』だったり、『月』とか想像しちゃって、神秘的で大好きだったツクヨミ様を連想しちゃうけど、この世界ではなんだか怖そう。
「死を司るかぁ。闇の神様って怖いんだね」
「そうね。でも、死が無い世界は、それはそれで、変な世界かも知れないわね」
「そうなの?」
「だって、お肉食べられないでしょ? 死なないんだから」
「あっ」
肉の話で納得したわたしの顔を見て、お母さんはくすっと笑った。
……言われてみれば、死の概念が無い世界はおかしいね。お肉食べられなくなっちゃう。
「ねぇねぇ、悪魔とかいるの?」
「あら、教会で聞いたの?」
「うん……」
……やばっ! 勢いで聞いちゃった……でも、これはセーフ?
ここは教会で聞いたことにしておこう。
教会の方々、ごめんなさいと心の中で謝罪した。
でも、どうせ聞くのなら、子供っぽく妖精や精霊の方が、良かったのかもしれない。
これは失敗だ。
「教会の教えでは、悪魔は闇の神の眷属らしいわ。黒き獣は、それらが使役する魔物ね」
「いるんだ……」
「悪魔は物語上によく登場するわね。魔物は調査隊が見つけ次第、騎士団が退治しているから、実物を見たことはないわね」
……魔物退治は騎士団のお仕事なのね。
「調査隊って?」
「そうねぇ~……街道だったり、街から離れた場所での魔物の発見や、調査結果を騎士団に知らせる組織って、お父さんは言ってたわね」
「街道にも出るの?」
「そうらしいわ。商人や旅人以外の平民は基本的に街から出ないから、あまり詳しくはないけれど……」
……前に見た天馬も、それの報告だったのかな。せめて街に引き籠もらないと、わたしには厳しそう。魔物に出会ったらアウトだ。死んじゃうよ……ん? 森にも出没するのかな? もし出るなら、お姉ちゃんは危険なんじゃ?
「森には魔物は出ないの?」
「そうね。森の奥に行かなければ、領主様の街の結界内だから、平気よ。結界の境界線には、見張りの兵士さんがいるから大丈夫よ」
「おお、領主様ってすごいんだね」
……貴族は外敵から領地を守っているって、本当なんだ。
「ルルーナは本当に物覚えが良いわ。裁縫もできるようになったら、将来が楽しみね」
お母さんは、裁縫をする手を止めて「さあ、昼食の準備をしましょう」と台所に向かった。
お話はここまでのようだ。
わたしも子供部屋に行って前掛けをとり、準備を済ませる。
……物覚えが良いかぁ……最近は一般常識を知る度に、パンクしそうだよ。
前世のわたしは基本的に、ミシンしか使ったことがない。
家庭科で習ったような気もするが、ほとんど忘れた。
彫金も趣味程度で、機械のハンドピースでやっていたし、電気のないこの世界で、裁縫や服飾関係の仕事ができるかは未知数だ。
……まずは技術を身に付けないと厳しいけれど、不器用なわたしに、実技は無理そうだよ。でも、経営者になって引き籠る予定だから、覚えなくても大丈夫だよね?
お母さんの娘なら、裁縫の才能とかあるのだろうか。
あるならば、ちょっとだけやってみたい気もする。
娯楽が少ないであろうこの世界で、趣味になりそうなことは手を出してみたい。
◇ ◆ ◇
昼食の準備をしていると、エステラが帰って来た。
すぐに着替えを終え「わたしもやるっ」と言って準備を手伝ってくれる。
……お姉ちゃんって運動系が得意だけど、細かい作業も得意だよねぇ……。
「どうしたのルル?」
「ううん。お姉ちゃんって、細かい作業もできてすごいなぁって」
「何言ってんのよルル。これは慣れよ。慣れ」
……慣れなんだ。なんともお姉ちゃんらしい答えだ。
人に教えるのは難しくても、やればできてしまう感じだ。
ノックスとタイプは違うが、エステラも才能の塊かもしれない。
昼食を済ませるとお母さんは工房へ向かい、お姉ちゃんは子供部屋で、明日に控えた森へ行く準備をしている。
エステラが小ぶりな鉈を真剣に研いでいる様子を眺めながら、わたしはエステラが買ってきたロウソクのことを考えていた。
……あのロウソク臭いんだよね。
お店には固形の石鹸はあったので、塩析などの作業はあるはずだ。
しかし、この世界特有の成分で構成されていたら、塩析を必要としないなど、有り得そうで判断に迷う。
前世の成分と同じとは限らない。
変に手を加えるより、ノックスに相談して、そのうち改良でもしてもらった方がいいだろう。
……今年の冬は我慢するとして、来年はなんとかしたいなぁ。引き籠もる道のりは長そう。
「そういえば、森には薪拾いの他に何か拾ったりするの?」
……森には、いっぱい不思議材料とかあるのかな? あるなら、ちょっと行ってみたいけど、今回は我慢しなくちゃ。
エステラは鉈を研ぐのを終え、今度は縄を編み始めていたが、「うーん」と作業の手を止めて考え始めた。
「冬じゃなければ、木の実や香草、あとは薬草かな。キノコもあるけど、あれは知識が無いと危ないから、採らないかな。狩りに行くなら、ポリニーやムッガルの狩猟。冬は本当に浅い場所までしか行かないから、薪ぐらいしか拾わないわね」
……冬は期待出来なそう。
「春なら虫が集めてる蜜が甘くて美味しいんだよ。多くは採れないけど」
……おおっ! もしや蜂蜜? 甘いものは是非欲しい。
縄を編む手が止まっていたエステラが「ほら、ルルも編むの手伝って」と、お願いされてしまった。
わたしが止めてしまったので、手伝わないと。
思いの外、縄を編むのに熱中しているとノックスが帰宅した。
ニコニコしながらわたしたちの元へ来て、ジャジャーンッ! と言いそうな勢いで、鞄からぬか石鹸を取り出した。
「ぬか石鹸に毒性がないことがわかった。二人も使ってみてくれ」
……お兄ちゃん、調べるの早くない?
聞けば、毒性の有無は平民でも使える魔道具で調べることができるらしい。
今日は役所から魔道具を借りて検査していたようだ。
……なにその便利道具。申請すれば借りられる道具があったんだ。あの苦いってメモ……いきなり、舐めたんじゃなかったんだね。
夕食後、今日は桶にお湯を用意して、体を拭く際にぬか石鹸を使ってみた。
わたしの周りでお風呂は見たことがなく、いつも布で体を拭くといった具合だ。
エステラとお互いに拭き合いをしてみた。
結果、肌はすべすべになり、汚れもしっかり落ちている。ぬか特有の香りもほとんどしない。
お母さんも興味津々でわたしたちを見ている。
やはり女性は美容に興味があるのは、どの世界も共通かも知れない。
「凄いのね。ぬか石鹸だったかしら……」
瓶に入ったぬか石鹸を手にとり、まじまじと見つめてお母さんが感嘆した。
「お母さんも使う?」
「ルルーナ。それはまた今度にするわ。今回は量も少ないみたいだし、二人で使いなさい」
そう言うと、お母さんがぬか石鹸を見つめて何か考え込んでいる。
エステラの背中を拭きながらチラリと見れば、考えがまとまったのか、お母さんは椅子から立ち上がり部屋から出て行ってしまった。
おそらく、ノックスの部屋に行くんだろう。
……お母さんも欲しいんだよね? 獲物を見定めた目だったよ。
わたしは試しに髪の毛先にも使ってみた。
汚れは綺麗に落ちて、ツルツルの毛先をしているし、パサつきもない。
前世のトリートメント程ではないけれど、十分な効果だ。
……このぬか石鹸って、万能過ぎない? 全身洗えるし……これ香り付けしたら、飛ぶように売れそう……。
体を拭くのを終え、暖炉の前で髪を乾かす。乾いた布で丁寧に拭いてくれているお母さんが「本当にツルツルね。指通りもすごいわ」と感心しきりだ。
エステラも「本当にこれすごいね。ツルツルだよ。ルル」と、自分の髪の指通りを何度も確かめている。随分と気に入ったようだ。
……ほんと、予想以上だね。これ。
帰宅して机でお酒を飲んでいたお父さんが「うちの娘たちはどこにもやれんな」などと言っているが、これは無視しておこう。
ちなみにノックスは自分の部屋で体を拭いてる最中だ。
あとできっと、感想を言いに来るだろう。
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