0話 目標を立ててみる
生まれ変わって、もう五年。
それなのに、わたしが知っている世界は、家の中と窓から見える小さな庭だけ。
もちろん外に出たことはあるけれど、歩いて数秒の範囲。
家の塀を越えたことなんて、一度もない。
これが、わたしの見てきた世界の全て。
別に外が怖いわけじゃない。
ルールに従っているだけ……。
……無理はしない。
でも、明日は初めて街へ出る。
まだ、知らないことだらけ。何が危険かもわからない。
今後の人生に、どんな影響が出るのか……失敗はできない。
わたしの秘密を、家族に知られるわけにはいかない。
だからわたしは、五歳児の仮面をかぶる。
家族はみんな優しい。
お父さんは、いつもニコニコで、わたしを笑わせてくれる。
お母さんは、怒ると怖いけど、どんな時も笑顔でご飯を出してくれる。
兄も姉も、わたしにいつも優しくて、一緒になって遊んでくれる。
……だからこそ、愛する家族に変な子だなんて思われたくない。
この幸せを壊したくないのだ。
それと、もうひとつ。
誰にも話したことがない、小さな秘密がある。
わたしには少しだけ人と違うところがある。
眠っているあいだ、夢の中で動けるのだ。
そこでは体が軽く、手足も思いどおりに動く。
声も出せるし、周囲の光や音、空気の流れまで、すべてを覚えていられる。
目を覚ましても、その夢をはっきり思い出せる――それが、わたしの特技。
けれど、何のためにそんなことができるのかは、わからない。
怖くはないけれど、誰かに話す勇気もない。
打ち明ければ、きっとみんなを困らせてしまうから。
それでも、できれば――みんなと笑って、平穏に過ごしていけたらいいなと思う。
今のわたしには、それだけで十分なのだ。
……そう、思っていたんだ。
◇ ◆ ◇
薄暗く何もない部屋。
わたしの周りを、ふわりと浮かぶ球体。
いつも見ても不思議な空間。
……あぁ、またこれかぁ。まだ、吹っ切れてないのかなぁ。
音もなく、ふわふわとした綿毛に包まれているような感覚。
けれど体は全く動かせない。
わたしが眠っている時に起こる不思議な現象。
慣れない洗濯作業に、随分と疲労していたのかもしれない。
横になって、すぐ眠ってしまったようだ。
……にしても。
いつも思うけれど変な感じ。
しかも、体があちこち派手に光っている。
自分の周りをプカプカ浮いている光の玉たちも、ネオンのような紫だったり、蛍光色の青だったりカラフルだ。
独り言を呟くと点滅したり、返事はないが不思議と会話をしているような気分になる。
本当になんとなくだが、失敗して落ち込んでいる時は励まされているような感じもする。
……いつもありがとうね。なんちゃって――あっ! きたきた~。
前世の記憶が流れ込んでくる。
何度体験しても、不思議で温かい気持ちになれる現象だ。
随分と昔に、おばあちゃんと話した記憶。
……懐かしいなぁ。
すぅーっと、内容が頭に入ってくる。
前世の記憶だ。
日当たりの良い縁側で、ちょこんと腰をおろして話を聞いていた記憶。
それは「私には霊感があるんだよ」と言っていた、おばあちゃんの不思議な話を聞く時間。
わたしの楽しみの一つで、これもそのうちの記憶の一つ。
「ねぇねぇ、何時代だったの? 室町時代とか?」
「そうだねぇ、どんな時代だったかは朧気だけど……平安時代くらいかねぇ……でも、身近な人の名前や顔、声は全く思い出せないねぇ……」
「そうなんだぁ……。ねぇ、好きだった人とかも忘れるって、悲しくない?」
「考えた時期もあるけどねぇ。神様が前世に引きずられないようにって、配慮かもしれないねぇ」
「うぅーん……?」
「それに生きているのは、今だからねぇ……そのせいで幸せになれなかったら、それこそ、悲しくて辛いんじゃないかい? わたしゃ、娘も孫もいる今が幸せだよ」
「そっかぁ。そんなもんかぁ」
「逆に嫌な人の顔を思い出して、後悔やら憎悪で怨霊にはなりたくないさね。あっはっは」
「うぅ……それは確かに嫌かも」
……うーん、家族の名前や顔は、やっぱり思い出せない。
声はどこかで聞いたことのあるような声。
けれど、きっと本人の声じゃない。
ただ、この会話をしたことは、はっきりと憶えている。
気持ちが落ち込むと、よく起こる現象。
昨日の洗濯の件で、また不安になったのだろうか。
……決心はしたんだけどなぁ。
さらに明日は、人生初の街へのお使い。
ワクワクと胸も高鳴るが、同時に不安も多い。
安全なのか、危険なのか。
何があるのかも、まだ未知の世界だ。
新しいことの連続。気は抜けない。
だからだろうか、この謎現象も頻度が減ってきたのに……やはり、先行き不安らしい。
……お父さんにも、お弁当届けないとね。雨じゃなきゃ、いいけど。
娘を見ればニカッと笑顔になって、あの分厚くて大きな手で、わたしの頭を撫でてくる。
勤務先でも同じ調子でやられたら、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
恥ずかしいけど、嫌いじゃない。
むしろ、大好き。
でも、人前では勘弁してほしいよね。
……ちゃんと届けるからね。
◇ ◆ ◇
しかし、この不思議空間にも最近は随分と慣れたものだ。
……んっ、そろそろ体が……うん、動く! 腕も……っと。
ふわふわ浮いていた足裏に、床を踏む感触が戻る。
体が動くようになってきた。
わたしは真っ暗な空間で腕をブンブンと回して、「よし!」っと、気合を入れる。
いつもの自問自答をして、心を落ち着かせるのだ。
何度も繰り返してきた作業のように、わたしは考えの整理を始めた。
……意識を集中して。
順を追って思い出す。
わたしが今の世界に生を受け、一年と半年ぐらいの頃。
ふと赤ん坊の頃に過ごした記憶の引き出しを開けられるようになったが、これはごく自然なこと。
問題は二歳近くになる頃だった。
この世界とは違う世界で、確かに過ごしていた記憶が蘇ってきたのだ。
それは、前世の記憶と呼べるようなものだった。
この現象は、ラノベでよく読んだ異世界転生?
輪廻転生との違いはなんだろう?
……うん。全くわからないからパス。
そもそも転生ならば、わたしは死んだのだろうか。
でも、年老いた記憶はないし、病院のベッドで寝ている記憶もない。
わたしは事故死なのか?
……これもわからない。でも、思い出したくもない。
バイトの記憶から、わたしは女性だったはずだ。
メイドの衣装を着た男性がメイド喫茶にいることは……ないはず。
……いないよね、たぶん。
よく運命だったり宿命など、決められたレールが存在するなら、過去に転生して同じ道を歩むパターンもあるのではと考えるが、答えはわからない。
少しはおばあちゃんに詳しく聞いておけばよかったと思ったが、こんな経験をするなんて考えてもいなかったので、後悔してもどうしようもないだろう。
おそらくだが、この世界は見た感じ、現代じゃないのは確かなはずだ。
世界史は得意じゃなかったけれど、中世あたりではないかと予想している。
家の中を見渡しても、家電製品が全く見当たらない。
近所で使っている様子もない。
……これは当たってる気がするよ……だとすると過去なの? ……むむっ。
これからの人生で見る景色によって、答えも変わってくるかもしれない。
当たっている気はするが、明日、街へ出れば少しはわかるだろう。
頭を切り替え、自問自答を進める。
こんな経験をするなんて、わたしには霊感に似た何かがあったのだろうか。
……これは、ありそうだよねぇ。
前世の記憶が今はある。
それに「あんたにゃ、霊感がある」と、おばあちゃんも言っていた。
あのとき聞いた体験談と似たような事が起きるので、間違いないだろう。
神秘的な場所や神社なども好きだし、いつか妖怪たちと心を通わせることもできると、神社の裏山で妖怪を探して駆け回っていたのも、いい思い出だ。
……大丈夫、ただの痛い子ではなかったはず。
おばあちゃんの言葉を実感したのは、この世界に生まれて、ニ歳から三歳の頃だった。
やることもないので、ひたすら不思議現象の事を考えていた時期。
気持ちが不安定になるたび、家族との記憶が流れ込み、胸の辺りがポカポカと温かい気持ちになって、翌朝には不安が薄れていたことも多かった。
これに似た体験を、おばあちゃんから聞いた憶えがあった。
……最初はパニックでよく泣いたなぁ。
お母さんからすれば、手のかかる子供だったはずだ。
なかなか泣き止まないわたしを「あらあら~」と、優しい笑みであやす今生の母親の顔を思い出す。
……うぅ……お母さんごめんなさい。
整理が脱線気味になってきた。
今度は家族の記憶を引き出す。
わたしはぶるぶると頭を振って集中し直すが……やはり駄目だった。
著名人や映画、アニメなど、テレビやネットで見ていた人やキャラクターなどは、顔はもちろん、声や名前まで思い出せる。
しかし、記憶の中で再生される家族の声は、やはりどこかで聞いたことのある声だった。
例えるなら、好きなアニメの声優さんや、映画の吹き替えなどでよく聞いた声だ。
直接関係したことがないからだろうか。
家族や友達と何かをしていた記憶はあるのに、声や顔などは全く思い出せない。もちろん名前もだ。
……やっぱり、何度試しても思い出せないから、おばあちゃんの話を信じよう。うん、それがいい。
明日は街へ出るのだ。
過去の整理も程々に、考えを現実に引き戻す。
◇ ◆ ◇
記憶と考えの整理をある程度終え、徐々に明るくなってきた空間にドカッと座り込んで、今度は明日から始まる新生活について考える。
三歳の頃は文字や数字を覚えるのに必死で、四歳からは文字を書く練習に費やした。当然だが、まだ世間の常識などは全くわからない。
そんなわたしは、つい先日、五歳の誕生日を迎え労働力の一人として数えられるようになった。
家事手伝いという、過酷な労働環境に身を置くこととなったのだ。
……うーん。五歳から家事手伝いをするのは、お母さんから聞いてわかってはいたけど、これは辛いよね。できれば、ダラダラ生活したいなぁ。
部屋の掃除や食事の準備のお手伝いは、四歳の頃からちょくちょくやっていたので、これらはまだマシな部類だ。
問題は洗濯だった。
昨日、こちらの世界では人生初の洗濯を手伝った。
朝早く起きて、家の裏手にある井戸で水を汲み上げ、水を張った桶の中で、布を素足で踏んだり、ゴシゴシと手作業で洗うのだ。
……もう地獄だったなぁ。洗濯は毎日ではないけど、あれはきついよ。
井戸から水を汲み上げるだけでも大変なのに、洗う作業も凍える寒さと水の冷たさで手が痛くなる。
……まずは洗濯ね。効率の改善だけでもしなくちゃ。
だが、問題はまだある。
近日中には、薪拾いも確定している。
本格的な冬に備えるためだとか。
今まで冬の季節以外も、年中、家の中に籠もっていたので気にしてはいなかったけれど、外はさらに寒くなると聞いた時は愕然とした。
わたしは、生きていけるのだろうか?
……いやいや、頑張らないと!
でも、これを継続するのは、現代っ子のわたしには辛すぎる。
体力的にというよりも、気持ち的に。
……そういえば、お祝いの夕食は美味しかったなぁ。
現実逃避はやめよう。
今すぐには無理だけど、この重労働はなんとかしたい。
電化製品が、現状ないのはしょうがない。
しかし、冬の間だけでも引き籠もり生活を実現しなくては。
そのためには、様々な重労働はお金でサクッと解決。
そして、寒さに対抗して引き籠もるには、まずはコタツが必須だと思う。
……わたしはコタツから出たくないっ!
いやしかし、この時代にコタツなど存在するのだろうか。
考えてみれば、電気すら怪しいのに。
……やっぱり、厳しいかな?
コタツがなければ開発させるしかないかもしれない。
それで駄目なら、人を雇えば重労働はなんとかなるはずだ。
やはり、お金を稼いで経営者になるのが一番だろう。
……お金か。やっぱり、いつの時代も金なのか。
これは推測だが、わたしの家は商家なのではないかと思っている。
なので、お金で人を雇えば、ある程度の改善はできるだろう。
どこかに電化製品もあるかもしれない。
まだ、希望は捨てちゃいけないのだ。
五歳になったことで行動範囲も広がるはずだ。
家の周辺以外も、色々と探さなければならないだろう。
……仮になかったとしたら。
本当に時代が中世あたりならば、前世の知識を使ってお金もそれなりに稼げるはず。
ラノベで目にした内政チート戦法でいこう。
まぁ、わたしでは専門知識もないので、大した物は作れそうにないけれど。
……それはその内考えるとして……まずは、第一目標の洗濯の重労働をなんとすることね。
まるでわたしの考えに賛成しているかのように、周りで光る玉たちもチカチカ点滅している。
……よしっ! 当面の目標は、これで行こうっ!
それと今日は大事な日だ。
――初めて、街へ出る。
絶対に失敗はしたくない。
ちょっとワクワクするが、油断は禁物だ。
……大丈夫。お姉ちゃんもいるし。
そんなことを考えていると、わたしの体が段々と透けてきた。
もうすぐ、現実のわたしが目覚める。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
「面白かったなぁ」
「続きはどうなるんだろう?」
「次も読みたい」
「つまらない」
と思いましたら
下部の☆☆☆☆☆から、作品への応援、評価をお願いいたします。
面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちで大丈夫です。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
ブックマークで応援いただけると励みになります。




