0話 目標を立ててみる
※この回は主人公ルルーナの自己紹介と、転生の記憶に関する心情が中心です。
物語の導入としてお楽しみください。
……あぁ、またこの現象かぁ。まだ、吹っ切れてないのかなぁ。
辺りは真っ暗、ふわふわとした綿毛に包まれているような感覚。
けれど体は全く動かせない。
わたしが眠っている時に起こる不思議な現象。
しかも、わたしの体は、あちこちゲーミングパソコンの様に派手に光っている。
いつも思うけれど変な感じだ。
自分の周りをプカプカ浮いている光の玉たちも、ネオンのような紫だったり、蛍光色の青だったりカラフルだ。
独り言を呟くと点滅したり、返事はないが、不思議と会話をしているような気分になる。
本当になんとなくだが、失敗して落ち込んでいる時は励まされているような感じもする。
……いつもありがとうね。なんちゃって――あっ! きたきた~。
前世の記憶が流れ込んでくる。
何度体験しても、不思議で温かい気持ちになれる現象だ。
……随分と昔に、おばあちゃんと話した記憶……懐かしいなぁ。
すぅーっと、内容が頭に入ってくる。
日当たりの良い縁側で、おばあちゃんの隣にちょこんと腰をおろして、話を聞いていた記憶。
それは「私には霊感があるんだよ」と言っていた、おばあちゃんの不思議な話を聞く時間。
わたしの楽しみの一つで、これもそのうちの記憶の一つ。
「ねぇねぇ、何時代だったの? 室町時代とか?」
「そうだねぇ、どんな時代だったかは、朧気に覚えているけど……平安時代くらいかねぇ……でも、身近な人の名前や顔、声は全く思い出せないねぇ……」
「そうなんだぁ……。ねぇ、好きだった人とかも忘れるって、おばあちゃんは悲しくない?」
「考えた時期もあるけどねぇ。神様が前世に引きずられないように、配慮してくれているのかもしれないねぇ」
「うぅーん……?」
「それに生きているのは、今だからねぇ……そのせいで幸せになれなかったら、それこそ、悲しくて辛いんじゃないかい? わたしゃ、娘も孫もいる今が幸せだよ」
「そっかぁ。そんなもんかぁ」
「逆に嫌な人の顔を思い出して、後悔やら憎悪で圧し潰されちゃって、怨霊にはなりたくないさね。あっはっは」
「うぅ……それは確かに嫌かも」
……うーん、おばあちゃんの名前や顔は、やっぱり思い出せない。声はどこかで聞いたことのあるような声だけど、きっと本人の声じゃない。ただ、この会話をしたことは、はっきりと憶えているんだよねぇ。
わたしの気持ちが落ち込むとよく起こる現象で、昨日の事でまた不安になったのだろう。
最近は頻度が減ってきたのに……やはり、先行き不安らしい。
……決心はしたんだけどなぁ。
しかし、この不思議空間にも、最近はだいぶ慣れたものだ。
……んっ、そろそろ体が……うん、動く! 腕も……っと。
体が動くようになってきた。
わたしは真っ暗な空間で腕をブンブンと回して、よし! っと、気合を入れると、今回も記憶を整理する準備を進める。
いつもの自問自答をして、心を落ち着かせるのだ。
わたしは何度も繰り返してきた作業のように考えの整理を始めた。
……意識を集中して。
わたしが今の世界に生を受け、一年と半年ぐらいの頃。
ふと赤ん坊の頃に過ごした記憶の引き出しを開けられるようになったが、これは、ごく自然なこと。
問題は二歳近くになる頃。
この世界とは違う世界で、確かに過ごしていた記憶が蘇ってきたのだ。それは、前世の記憶と呼べるようなものだった。
……この現象は、ラノベでよく読んだ異世界転生? 輪廻転生との違いはなんだろう? ……うん。全くわからないからパスで。
そもそも転生ならば、わたしは死んだのだろうか。
大学のキャンパスにいた記憶はある。仕事やバイトの記憶もある。でも、年老いた記憶はないし、病院のベッドで寝ている記憶もない。
わたしは事故死なのか。だとしたら、死んだ時の記憶なんて思い出したくもない。
……これもわからない。でも、思い出したくもないから、パースっ!
バイトの記憶から、わたしは女性だったはずだ。メイドの衣装を着た男性がメイド喫茶にいることは……ないはず。
……いないよね、たぶん。
転生したら、必ず未来で生まれ変わるのか。それとも、過去に戻り生まれ変わるのか。
よく運命だったり宿命など、決められたレールが存在するなら、過去に転生して同じ道を歩むパターンもあるのではと考えるが、答えはわからない。
……パスは三回まで……パスしよ。
少しはおばあちゃんに詳しく聞いておけばよかったと思ったが、こんな経験をするなんて考えてもいなかったので、後悔してもどうしようもないだろう。
おそらくだが、この世界は見た感じ、現代じゃないのは確かなはずだ。
家の中を見渡しても、家電製品が全く見当たらない。ご近所で使っている様子もない。
世界史は得意じゃなかったけれど、中世あたりではないかと予想している。
……これは当たってる気がするよ。うふふふっ。だとすると過去なの? ……むむむっ。
これからの人生で見る景色によって、答えも変わってくるかもしれない。
当たっている気はするが、すぐに答えは出ないので自問自答を進める。
こんな経験をするなんて、わたしには霊感に似た何かがあったのだろうか。
……これは、ありそうだよねぇ。
前世の記憶が今はある。それに「あんたにゃ、霊感がある」と、おばあちゃんも言っていた。
おばあちゃんの体験談と似たような事が起きるので、間違いないだろう。
神秘的な場所や神社なども好きだし、いつか妖怪たちと心を通わせることもできると、神社の裏山で妖怪を探して駆け回っていたのも、いい思い出だ。
……大丈夫、ただの痛い子ではなかったはず。
おばあちゃんの言葉を実感したのは、この世界に生まれて、ニ歳から三歳の頃だった。
やることもないので、ひたすら不思議現象の事を考えていた時期。
気持ちが不安定になる度、眠った時におばあちゃんや、家族との記憶が流れ込み、胸の辺りがポカポカと温かい気持ちになって、翌朝には不安が薄れていたことも多かった。
これに似た体験を、おばあちゃんから聞いた憶えがあった。
……最初はパニックでよく泣いたなぁ。
お母さんからすれば、手のかかる子供だったはずだ。
なかなか泣き止まないわたしを「あらあら~」と、優しい笑みであやす今生の母親の顔を思い出す。
……うぅ……お母さんごめんなさい。
整理が脱線気味になってきた。
わたしはぶるぶると頭を振って集中し直し、今度は家族のことを思い出そうと試みるが……やはり駄目だった。
著名人や映画、アニメなど、テレビやネットで見ていた人やキャラクターなどは、顔はもちろん、名前や声まで思い出せる。
記憶の中で再生される家族の声は、やはりどこかで聞いたことのある声だった。例えるなら、好きなアニメの声優さんや、映画の吹き替えなどでよく聞いた声だ。
……うーん、直接関係したことがないから?
家族や友達と何かをしていた記憶はあるのに、声や顔などは全く思い出せない。もちろん名前もだ。
……やっぱり、何度試しても思い出せないから、おばあちゃんの話を信じよう。うん、それがいい。
記憶と考えの整理をある程度終え、徐々に明るくなってきた空間にドカッと座り込んで、今度は明日から始まる新生活について考える。
三歳の頃は文字や数字を覚えるのに必死で、四歳からは文字を書く練習に費やした。当然だが、まだ世間の常識などは全くわからない。
そんなわたしは、つい先日、五歳の誕生日を迎え労働力の一人として数えられるようになった。
家事手伝いという、過酷な労働環境に身を置くこととなったのだ。
……うーん。五歳から家事手伝いをするのは、お母さんから聞いてわかってはいたけど、これは辛いよね。できれば、ダラダラ生活したいなぁ。
部屋の掃除や食事の準備のお手伝いは、四歳の頃からちょくちょくやっていたので、これらはまだマシな部類だ。問題は洗濯だった。
昨日、こちらの世界では人生初の洗濯を手伝った。
朝早く起きて、家の裏手にある井戸で水を汲み上げ、水を張った桶の中で、布を素足で踏んだり、ゴシゴシと手作業で洗うのだ
井戸から水を汲み上げるだけでも大変なのに、洗う作業も凍える寒さと水の冷たさで手が痛くなる。
……もう地獄だったなぁ……。洗濯は毎日ではないけど、これはきついよ。
近日中には、薪拾いも確定している。本格的な冬に備えるためだとか。
今まで冬の季節以外も、年中、家の中に籠もっていたので気にしてはいなかったけれど、外はさらに寒くなると聞いた時は愕然とした。
わたしは、生きていけるのだろうか?
……いやいや、頑張らないと!
でも、これを継続するのは、現代っ子のわたしには、辛すぎる。
体力的にというよりも、気持ち的に。
……そういえば、お祝いの夕食は美味しかったなぁ。
現実逃避はやめよう。今すぐには無理だけど、この重労働はなんとかしたい。
電化製品が現状ないのは、しょうがない。しかし、冬の間だけでも引き籠もり生活を実現しなくては。
そのためには、様々な重労働はお金で解決し、寒さに対抗して引き籠もるには、まずはコタツが必須だと思う。
……わたしはコタツから出たくないっ!
いやしかし、この時代にコタツなど、存在するのだろうか。
考えてみれば、電気すら怪しいのに。
……やっぱり、厳しいかな?
コタツがなければ開発させるしかないかもしれない。
それで駄目なら、人を雇えば重労働は、なんとかなるはずだ。
やはり、お金を稼いで経営者になるのが一番だろう。
……うーん、金か。やっぱり、いつの時代も金なのか。
とはいえ、わたしの家は推測だが商家なのではないかと思っている。なので、お金で人を雇えば、ある程度の改善はできるだろう。
……でも、電力は……。
五歳になったことで行動範囲も広がるはずだ。
家の周辺以外も、色々と探さなければならないだろう。
どこかに電化製品もあるかもしれない。まだ希望は捨てちゃいけないのだ。
仮になかったとしても、本当に時代が中世あたりならば、前世の知識を使ってお金もそれなりに稼げるはず。
ラノベで目にした内政チート戦法でいこう。まぁ、わたしでは専門知識も無いので、大した物は作れそうにないけれど。
いや、まずは、第一目標の洗濯の重労働をなんとすることだ。
まるでわたしの考えに賛成しているかのように、周りで光る玉たちもチカチカ点滅している。
……よしっ! 当面の目標は、これで行こうっ!
それと今日は大事な日だ。絶対に失敗はしたくない。ちょっとワクワクするが、油断は禁物だ。
そんなことを考えながら、わたしはゆっくりと深い闇に意識が落ちていった。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
0話は導入回となります。
これから転生した少女ルルーナが、秘密を抱えながら少しずつ街や日常を変えていく物語が始まります。
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次回は「初めてのお使い」に挑みますのでお楽しみに!