出発
早朝、冷たい空気を肺一杯に吸う。クラウスと訓練を始めて一ヶ月半ほど経ち、この生活にもだいぶ慣れた。
ハンナはいつも通り、準備運動をし終えると軽い木剣を手に取る。軽い木剣を使うことで、握り方や正しい刃筋を意識しながら素振りを行える。
ルーティンを終えると、重い木剣に切り替え、腕や肩の筋肉を鍛える。それも終えると、かがんだ姿勢からジャンプしながら素振りを行う。これを行うことで、瞬発力を鍛えながら足腰を鍛えることができる。
素振りを終え、休んでいると、
「精が出ますね」突然声がし、はっと振り返る。
そこには、リヒャルトが立っていた。その顔には微かな疲労。
「なんでしょう」汗をぬぐい、リヒャルトを睨む。この男が居なければ、私は今頃、マガイに殺されていたかもしれない。しかし、心の底から信用して良いのだろうか。
「ついに貴女の力を借りる時が来ました。対マガイ用の重要物資の移送を手伝っていただきたい」
ハンナは微かに目を細め、「約束の日から半月もずれていますが」
「重要物資自体が重く、移送に時間がかかるのもありますが、道中、野盗やマガイに襲われましてね。迂回に迂回を重ねています。移送団も疲弊している」
「失われた騎士の補給に来た、という事ですか?」
リヒャルトは爽やかな笑みを浮かべ、「そうです。では、3日後にこれから伝える場所へ来てください。ここに詳細が」
リヒャルトは紙の束を投げてよこした。乱暴だったせいで軌道がぶれ、ハンナから離れていく、と思いきや、ハンナに向かってくる。目線だけ動かし、腕を無造作に動かして、掴む。そして、リヒャルトを睨みつける。こんなことで私を試そうとするとは。
「驚きましたね」リヒャルトは白い歯を見せ、微笑む。
ハンナは応えずに、「命令には従います」
「頼みますよ。そういえば、ここはマガイがあれ以来、現れていないとか」
ハンナが頷くと、
「もしかすると、こちらの方向に迂回しなければならなくなるかもしれませんね」
ハンナが怪訝な顔をすると、
「移送前の偵察が私の仕事なのです。では、3日後」そう言って、リヒャルトは去っていく。
リヒャルトが来たことを、クラウスに告げるとすぐに荷物と馬の準備を始めた。
「明日、発つぞ」クラウスはそう言って、倉庫へと向かい、一本の剣を持ち、現れた。それは中サイズの直剣。
「堅牢で重さもあり、使いやすい」クラウスはそれをハンナに渡し、「あの大剣は、お前には重すぎる」
「分かりました。ありがとうございます」ハンナは歯噛みしつつ、剣を受け取る。
「2人とも、これを」奥さんが薬草を詰めた袋を渡してくれた。
「ああ、ありがとう」クラウスはぶっきらぼうに奥さんに言う。
ハンナも黙々と準備をし、朝が来た。
「行ってらっしゃい」奥さんが朗らかに言う。
「ああ」クラウスはぶっきらぼうに言い、奥さんを一瞥する。
奥さんと、クラウスの視線が一瞬ぶつかる。哀しみ、寂しさ、様々な物が溢れていた。必ずクラウスを生きて返さなければならない。ハンナは拳を握りしめ、馬に乗った。
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