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「マリベル」
エラと別れて自分の研究室に戻りながら、ぼんやりと今後どうするか考えていると、後ろから誰かに声を掛けられる。
足を止めて後ろを振り返ると、ある人物が立っていた。
「ジルベルト様……」
満月の日に温室で会ってから数日ぶりのジルベルト様は、いつもと同じ正体不明の汚れが付いたローブを着ていた。
この前に会った時より、体調が良さそうに見えること以外は、いつもと変わらない姿のジルベルト様に、不思議と心が落ち着く気く。
私の隣に歩いて来たジルベルト様は、足を止めて言った。
「何をしているんだ?」
「自分の研究室に行こうとしていたところです」
「僕も自分の研究室に行くところだから、途中まで一緒に行こう」
そう言って、私達は話しをしながら足を進めた。
「こっちの校舎で会うのは珍しいけど、何をしてたんだ?」
「えぇーと……」
先輩であり先生でもあるジルベルト様に、裁判の証言をステファンに頼んでいたことを、どこまで話していいか悩む。
ただでさえ、日頃から迷惑をかけているのに、これ以上、迷惑をかけていいんだろう?
言い淀む私を、ジルベルト様は不思議そうに見ている。
ジルベルト様にはこの件で、色々と迷惑をかけたから、途中から何も言わないのは逆に心配させてしまうかもしれないわね。
「ステファンと会って話しをしていたんです」
「……元婚約者と話しを?」
元婚約者の言い方に棘があるような?
ジルベルト様も私とステファンの関係性を知っているからか、エラと同じでステファンへの当たりが強い気がする。
「エミリー様との裁判のことで話すことがあって」
「話は上手くいったのか?」
「はい。ステファンは裁判での証言を引き受けてくれました」
「へぇ……。あの男にも良心があったんだな」
驚いたように心底意外そうな声で言うと、ジルベルト様は足を止めると、「マリベルは大丈夫なのか?」と心配そうな目で私を見て言った。
大丈夫?心配されるようなことを言っただろうか?
首を傾げて「私は大丈夫ですよ?」と言うと、ジルベルト様は「元とはいえ、婚約者だっただろ?」と言った。
そう言うことか。ジルベルト様は元婚約者であるステファンに会って、私が辛くないか心配してくれているらしい。
ジルベルト様の優しさが嬉しくって、フフッと笑ってしまう。
最近気付いたことだけれど、私の周りには、私のことを心配してくれる人が沢山いる。
そのことが嬉しくって笑っていると、笑う私を不思議そうに見ているジルベルト様を置いて、足を進めると振り返って言った。
「大丈夫ですよ。それに……、ステファンのことを少し信じてみようと思うんです」
「…‥そうか。マリベルがそう言うなら」
そう言って笑うジルベルト様と共に、私は研究室へと足を進めた。