29
ステファンが去った部屋で、私とエラは運動をした後のような疲れきった顔をしていた。
どうして話しをしただけなのに、こんなに疲れているんだろう……。錬金術の研究のために、三徹した時の疲れの方がまだマシだわ。
手を頭のこめかみに添えて、グリグリと押してため息を吐いた。
気怠げに背もたれにもたれて、エラは私を見て言った。
「これで良かったの?」
「これって?」
「裁判の証言よ。私が言い出したことだけど、彼と話したら不安になってきたわ。ここまできて優柔不断なのは、もはや病気ね」
そう言って、エラは窓の外を見た。エラにつられて外を見ると、丁度ステファンが帰る後ろ姿が見えた。
気のせいか、その背中から暗い雰囲気が漂っているように見える。
遠ざかっていく背中を私は遠い目でみた。
「ステファンにはステファンの正義があるのよ」
「婚約者だったマリベルを守れもしない正義を、正義なんて認めたくないわ」
私のことを思っての言葉だと分かっているけれど、エラはステファンに厳しい。
私は苦笑いをして言った。
「証言をしてくれるって言ったんだから、良かったじゃない」
「そうだけど……」
エラの言葉が効いたのか、ステファンは証言をするのを承諾した。
条件付きの承諾だったけれど、エラは不満らしい。
ーーー
「僕は……」
私の目を真っ直ぐと見て言ったステファンは、何かを言うのを躊躇うように眉をひそめると、ふたたび黙ってしまった。
しばらくの沈黙の後、ステファンは息を吸うと口を開いた。
「分かったよ……。証言はするけど時間をくれないか?」
「時間?どれぐらいの時間が必要なの?」
「一週間……、一週間でいいから時間が欲しい」
「もしかしてだけど、幼馴染と話そうなんて思っていないわよね?」
ステファンの言葉に、エラは椅子に座り直しながら鋭い目でステファンを見た。
「そんなんじゃないよ。ただ……、心の整理をしたい」
なんの心の整理をするのか疑問だけれど、承諾してくれただけ良い?のかしら。
私は頭の中で日程を組みながら、ある答えを出した。
「五日……、五日しか待てないわ」
証人喚問の請求はすぐに出来ないから、三日後の裁判で証人喚問の許可を取って、次の裁判の日に向けて弁護士と話しをすれば、十分に間に合うはずだ。
「証人喚問の請求をするから、認められたら弁護士を交えて話し合いをしましょう」
「分かったよ」
「しないと思うけど、エミリー様と話そうとか考えないでね。まぁ……、あなたがそんな裏切りをしないことを信じているわ」
にっこりと笑顔でステファンに圧を掛ける。
裁判がはじまっても、エミリー様からの謝罪の言葉はない。
エミリー様に期待しても無駄だと思っているけれど、ステファンを信じでいいのか……。
口に出た言葉と、心の言葉の矛盾を振り払うように、ステファンに手を振った。
「あぁ……。そんなことはしないよ」
話しを終えて、ステファンはドアの取手に手を掛けながら言った。
「さっきの言葉に嘘はないと証明したいから」
「さっき?」
さっきって何のこと?
何の話をしているのか分からなくて首を傾げると、ステファンは「分からないならいい。日程が決まったらまた連絡して」と言って部屋から出て行った。
それまで黙って聞いていたエラは、「最後まで気に食わない男だわ」とステファンが出ていったドアを睨みつけながら呟いた。
ーーー
結局、ステファンは私に何を伝えたかったんだろう?嘘はないって証言をすること?嘘だったら困るのは確かだけど……。
記憶を辿って答えを探していると、エラが肩を解すように伸びをした。
エラがいなかったら、ステファンは証言してくれると言わなかったかもしれない。エラには助けられてばかりね……。
「エラがいてくれて助かったわ。ありがとう」
感謝の言葉伝えると、エラは照れた顔をして笑った。
「お礼なんていらないわ。親友として当たり前のことをしただけよ」
私はこの時、安心しきっていた。全てが上手くいく……、物事が自分の思い通りに進むとは限らないのに。それが、男女関係のもつれなら尚更だ。
証人喚問が認められ、弁護士を交えてステファンと話しをした数日後の証人喚問の日。ステファンが裁判所に姿を現すことはなかったーー。




