後編
そうして、卒業パーティーの日がやって来た。
何も知らないセージ第二王子は、婚約者のローズマリーではなく運命の恋人だと思い込んでいるピンク髪の少女パセリをエスコートし、当たり前のように会場入りをする。パセリを取り囲んでいる宰相の次男や騎士団長の次男たち側近と共に……。
「おいっ、予定通りにローズマリーと婚約破棄するぞ」
「分かっていますよ。悪役令嬢であるローズマリーには退出して貰いましょう」
「パセリを虐めた悪女ローズマリー、許すまじ!」
「最低な悪役令嬢だね、ローズマリーって。性格悪すぎ」
「追放だな」
各々勝手にぼそぼそと話し出すセージ王子たちだが、自分たちがこれからしようとしていることを、既に気づかれているとは思ってもいない。
隠す事なく大声で話すセージ王子たちの会話は周囲に聞こえてしまい、一瞬にして会場入りしている生徒たちに筒抜けになる。
婚約者であるローズマリーをないがしろにするセージ王子に呆れる者、ローズマリーを悪役令嬢だと信じて疑わぬ者、どちらに着くかまだ決めずに傍観に徹する者、様々である。
「まぁ、お聞きになりまして?」
「婚約破棄をなさるおつもりですわ」
「ローズマリー様、散々あのパセリさんを虐め抜いていたという事ですからね。嫉妬に狂って」
「おまけに階段から突き落としたこともあったそうで……」
「まぁ、怖いですわ」
「まさに、悪役令嬢ローズマリー様ですわね」
「あら、私はそうは思いませんわ」
「そうですわ。ローズマリー様は寛大で公平なお方。虐めなんてくだらないことなさいませんわよ」
「でも、現にパセリさんが……」
「私は噂には騙されませんわ。何が真実なのか見極めて見せましてよ? さあて、本当の悪役令嬢は、どなたなのかしら?」
とある令嬢はニッコリと微笑んで、その場で優雅に一礼をすると、人の波へと消えていった。
一方、噂の飛び交うざわつく会場内で、セージ王子たちだけが、ご機嫌に飲み物を手に乾杯を始めていた。
「セージさまぁ、ローズマリー様が、可哀想ですぅー。あまり、ひどいこと、言わないでくださいねぇ?」
「あぁ、何て優しいんだ、パセリは。あんなにローズマリーに酷い虐めを受けても、許すなんて!」
「本当にパセリは、優しいですね」
「パセリは聖女のようだ」
「僕、パセリが天使に見えるよ」
「いや、パセリは妖精だな」
一人の少女を王子を含めて五人の少年が取り囲んでちやほやしているその様子は、はたから見ると滑稽であまり見られたものではない。
特に、パセリに向けられる教養ある令嬢たちの視線は呆れと侮蔑が込められていた。令息たちにも、既にセージ王子たちを見限っている者も多々いそうな視線の冷たさである。
そのような冷めた視線に何も気づいていないパセリの頭の中は、残念なお花畑であり、今現在幸福で満ち足りていた。
(ふふ、やっぱり私はヒロインなのよ。この後、悪役令嬢ローズマリーの断罪劇が始まって、私は逆ハーで王子と幸せになるの。だけど、本命のハーブ様だけは、落とせなかったのよね。何でだろう? ちゃんとシナリオ通りに進めたはずだったのにー。どこかでバグったのかなぁ? でも、イケメン5人ゲットしたし、まぁいいか。早く悪役令嬢ローズマリー来ないかな? あの生意気な女がボロボロにやられるの楽しみなのよねー、ふふっ)
セージ王子たちの前で恥ずかしそうに顔を伏せながら、パセリはニヤリと口角を上げ、断罪が楽しみだとばかりに目を細めた。
その時、会場への大きな扉が開かれ、ハーブ王子にエスコートされたローズマリーが柔らかな微笑を浮かべながら優雅に入ってきた。それは美しいドレスを身に纏うローズマリーは、ハーブ王子に優しく見つめられて恥ずかしそうに笑みを浮かべ、ハーブ王子と一対のようであった。二人が会場に入って来た瞬間から誰もが二人に釘付けになり、ローズマリーの凛とした美しさだけではなくその可憐な表情に見惚れた。
「うそよ! 何で!?」
ただ一人、パセリは叫んでいた。信じらないものと見たとばかりに驚愕の表情で目を見開いて……。
パセリの隣にいるセージ王子も、ポカンと驚きで口を開いていた。他、宰相や騎士団長の子息たちも……。
「何で、悪役令嬢のローズマリーが、ハーブ王子と来るのよー! こんなのおかしいじゃないの!」
パセリは地団駄を踏み、物凄い凶悪な顔つきでローズマリーを睨み付ける。パセリは唇をぎゅっと噛み締め、怒りでプルプル震えながらぶつぶつと呟き出した。
「こんなの、おかしい……おかしい……私がヒロインなのよ。ハーブ王子も私のものなの。何で? どうして?」
周囲はざわついていたため、運よくパセリの異常な言葉は誰にも耳に入らなかったが、セージ王子が震えるパセリにやっと気づき声をかけた。
「パセリ? 大丈夫かい? 震えているぞ」
「あ、その……ローズマリー様が、ハーブ様と一緒に入ってきたので……ちょっとびっくりしちゃって……」
「確かに、そうだな……。何故、兄上が……ここに……」
セージ王子は、兄であるハーブ王子がこの場にローズマリーと共にやって来たことに驚き、これでは予定通りに婚約破棄ができないではないかと、ギリッと唇を噛み締め、側にいる宰相の子息たちに視線を送った。五人は顔を見合わせてヒソヒソと相談をし始める。
「おいっ、どうする?」
「遣り辛いのは確かですね……」
「ローズマリーが、パセリを虐めたのは事実だから、予定通りでいいと思う」
「そうだよ。ローズマリーは酷い悪女なんだから、追放していいと思うな、僕は……」
「私も、賛成だ。ハーブ王子がいようと、悪い奴は裁かれるべきだ」
「よし、では予定通りにいくぞ」
みんなの意見を聞いたセージ王子は、自分が正しいのだと気が大きくなり、ローズマリーの公開断罪を決行しようと決心をした。五人は顔を見合わせて大きく頷く。
一方、ローズマリーとハーブ王子は、移動する先々令嬢令息たちに囲まれ、挨拶や言葉を交わしながらゆっくりとセージ王子たちの方へと近づいていった。
少し緊張した様子のローズマリーに気づき、ハーブ王子は小さく囁く。
「大丈夫だ。私がついている」
「はい……」
「さぁ、思う存分『ざまぁ』してやれ」
「はいっ」
隣にいるハーブ王子を見上げると、優しい眼差しで自分を見つめてくれているのが分かり、ローズマリーは恥ずかしそうに顔を少し赤く染める。別の意味で緊張してしまったローズマリーであったのだが、これからする予定の『ざまぁ』を考えて、少しだけ口元を緩ませた。
(えぇっと……やられたことは、倍返し?と言っていましたよね?)
ハーブ王子から言われたことを思い出しながら、ローズマリーはしっかりとした足取りで力強く正面を見据えた。これから対峙するセージ王子とパセリたちを……。
ローズマリーは優雅に軽く一礼をし、セージ王子たちににっこりと微笑んだ。
「セージ様、お久しぶりでございます。お目にかかりましたのはいつ以来の事ですかね? 私、ずーっと毎日毎日、生徒会室で過ごしておりましたので……。皆様の王族や側近としてのお仕事を私とミントでしておりましたのよ。ご存じでしたかしら?」
ローズマリーは、まずは軽いジャブからチクリと皮肉を口にした。でもその表情は穏やかで口元には微妙を浮かべていて、にこにこと余裕のある様子が窺われる。
セージ王子たちは、ローズマリーの言葉に「うっ」と言葉を詰まらせて、ばつが悪そうに視線を彷徨わせた。パセリに夢中になり過ぎて毎日遊んでいたという事は、一応、自覚しているらしい。
セージ王子は、ローズマリーと一緒にいる兄のハーブ王子を気にしながら、何とか言い訳しようとした。
「わ、私はこれでも、一応、仕事をしていたぞ!」
「まぁ、そうでしたか。生徒会室へ全く来ないで何のお仕事をしていらしたのですか?」
ローズマリーが不思議そうに首を傾げて問うと、セージは得意気に話し出す。
「ローズマリー、お前から、か弱い一生徒のパセリを守っていたのだ。これは、生徒会長としての王子としての私の仕事だ!」
「そうです。私達は、身分が低いとだけで虐められていたパセリを守っていたのですよ。散々、貴女がパセリを虐めていたのはもう分かっています」
「そうだ、パセリの教科書を破り捨てたり、パセリのことを突き飛ばしたりした悪事の数々ばれているぞ!」
「本当に酷いよね。ローズマリーさんがパセリに意地悪するから、僕たちが側にいて守っていたんだよ」
「お前がパセリを階段から突き落としたことも知ってるぞ!」
セージ王子が得意気に話し出した事で、他の面々も次々と自分たちの正当性を口にし出した。
ローズマリーは内心想像した通りのセージたちの言い分に呆れつつも、口元に微笑を浮かべたまま表情を変えることなく、ゆるりと更に不思議そうに首を傾げる。
「セージ様、私、全く心当たりがないのですけれど……。不思議ですね。そこのパセリさんとは今日初めて会いましたのよ? それなのに、どうやって突き飛ばしたり、階段から突き落としたりできまして? 遠目にセージ様たちとご一緒していらっしゃるお姿を見たことはございましたけれど、一度もご挨拶もお話もしたことはありませんでしたね」
「なっ! 何を言ってるんだ。パセリが散々、お前に虐められたと言っているんだぞ!」
「そんな訳がないでしょう。誤魔化さないで下さいね」
「そうだ、そうだ!」
「嘘をつかないでよ。ホント、性格悪い」
「パセリが嘘をつくわけない! 嘘つきはローズマリーだ」
五人が各々にローズマリーを責めたてる。ローズマリーは少し困ったような表情をするも、「あっ」と小さく声を出し、何かを思いついたようにポンと軽く手を合わせた。
「これでは、意見が平行線で困りましたわね? でしたら、真実を知る方に証言をして頂いてはいかがしょうか?」
「「真実を知る方?」」
「「「証言?」」」
セージ王子を含めた5人は、ローズマリーの言葉に顔を見合わせる。
「えぇ、私が証言致しますわ」
「私も、真実を知る者として証言するぞ」
いつの間にやって来たのか、ローズマリーの背後からミントとタイムが現れた。
ミントを見て婚約者であるバジルが、タイムを見て宰相の次男であるルッコラが、驚きの声を出す。
「ミ……ミント!?」
「あ……兄上!?」
「あら、バジル様、いつ以来でしょうか? 一つ伝えておきますけれど、私たちはもう、無関係ですから。気安く名前を呼び捨てにしないで下さいね? おじ様から聞いておりませんか? 既に、私たちの婚約はなくなりましたの。どうぞ、そこのお花畑頭のパセリさんと婚約するなり結婚するなり、ご自由にして下さいませ。あぁ、ちなみにおじ様凄く怒っていましたわよ? そういえば、魔獣の森に任務につかせるとかおっしゃっていましたような……?」
ミントは、にこにこと笑顔ですっきりした様子でつらつらと語っていく。ミントの話を聞くにつれて、バジルは顔を青ざめさせていった。
「さて、ここからが本題です。私がずっとローズマリーと行動を共にしていました事は、ここにいる皆様もよく知っている事ですわね? 私もそこのパセリさんと会ったことも話したことも一度もないですね。生徒会の仕事もせずに遊びほうけている皆様の代わりに、ずっとローズマリーと生徒会室で毎日毎日、仕事をしていましたもの。どうしたらパセリさんと会えるというのか、不思議ですわね?」
「そ、それはっ、お前たちが生徒会室へ、籠もる前の話だ!」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
「あら、そう来ましたか……」
ミントはくすくすとおかしそうに笑う。すると、隣にいる宰相の長男であるタイムが、弟のルッコラを見つめながら淡々と語る。
「ルッコラ、情けないぞ。お前の目は節穴か?」
「何故、兄上が……」
「忘れたのか? ローズマリー様は、セージ王子の婚約者。王子の婚約者には必ず影の者が張りつく。だから、ローズマリー様がどこでいつ何をしたのか、全て知られているのだ」
「あっ!」
タイムの言葉に、ハッと思い出したようにルッコラは目を見開いた。タイムは、手にしていた書類のようなものをルッコラに渡す。
「見てみろ。これが真実だ」
ルッコラが渡された書類に目を通していくと、見る間にその顔色を青ざめさせていった。ローズマリーのスケジュールは細かく刻まれていて、学園内でパセリと出会ったことがないのが細かく示されていたのだ。
生徒会室へと籠もる前も後も、パセリとの関係が全くないことが書かれている。
ローズマリーには、常に王国の影が張り付いているので、その書類に不備や偽りはないのだ。
「そ……そんな……」
「ルッコラ、どうした?」
顔を青ざめさせたまま返事のない硬直しているルッコラから、セージ王子がその書類を取り上げ慌てて確認する。
書類を読み進めていくうちに、セージ王子も驚いたように目を見開いて顔色を悪くしていき、額から汗が流れ出した。
「そんな……嘘だ!」
思わずセージ王子は叫ぶが、これが嘘でないことは理解できた。だが、感情がついていけず、よろよろとふらつくと自分に寄りかかっているパセリを見つめた。
「パセリ……嘘だと言ってくれ! キミは清らかで純粋で嘘などつかないと!」
「え?」
パセリは、先程から何が起こっているのか分からず、戸惑いに焦りの表情を浮かべた。予定通りに進まない断罪劇に苛立ちが募ってくる。
「セージさまぁ、私、ウソなんてつきませんよぉー。信じてくださいー」
うるうると泣きそうな瞳をさせながら上目遣いでセージ王子を見つめ、ぽろっと涙を零す。そんなパセリの涙を見たセージ王子は、ぎゅっとパセリを守るように思わず抱き締めた。
「すまない、パセリ。疑うようなことを言ってしまって……。そうだよな、パセリが嘘をつく訳がない! きっと何か誤解があるに違いない」
「セージ、その言葉、父王、陛下に対する反逆か? お前は影の報告を偽りだというのか?」
セージ王子の態度に、ハーブ王子から冷たい声が漏れる。セージ王子は兄の言葉に、ハッとした表情で慌てて首を振った。
「兄上、違う! 私は反逆など……。ただ、何か誤解が……と思っただけで……」
「影の言葉は絶対だ。誤解も何もそこには存在しない」
きっぱりと口にするハーブ王子の淡々と告げる台詞に、セージ王子は真っ青になり、自分に弱々しくしがみついてくるパセリと自分を真っ直ぐに射抜くように見つめてくる兄を交互に見つめ、自分の足元がぐらぐらと崩れそうな気がして怖くなり震えだした。
そんなシーンとした張りつめた空気の中、微笑を浮かべたままのローズマリーは、凛とした姿勢を崩さずコツンと一歩前に出た。
「セージ様、何か真実か分かりましたでしょうか? それとも、まだ迷っていられるのかしら……?」
「あ……わ、私は……」
「まぁ、そこのパセリさんを信じたいのでしたら、ご自由にどうぞ。どちらにしても、真実は一つですからね。それと、私から一つだけ。今日、この場を持って、婚約破棄させて頂きますわ」
「なん!?」
「既に、陛下からは同意を頂いておりますので、ご安心を……。陛下は、仰せになりましたわ。『王族として、側近として、仕事を放棄した役立たずはいらない』と」
「「「「「……っ!?」」」」」」
パセリを守るように周りにいるセージ王子を含めた五人が、絶句して顔を真っ青にさせた。今現在の自分たちの立ち位置をようやく理解したのであろう。自分たちの足場が今にも崩れそうな崖の上であることを……。
「セージ様、今までありがとうございました。私に何もして下さらなくて……。贈り物を何一つ下さることなく、パーティーのエスコートもして下さることなく、王族としての視察や生徒会長としての仕事もせずにずっとパセリさんと自由に楽しんで下さいましてありがとうございました。また、私を罵り、悪女だの悪役令嬢だのと、してもいない罪をなすりつけて下さりまして感謝致しております。お蔭で直ぐに婚約破棄ができますから……。あ、でも一つだけ、これだけはいけません。生徒会費用を私事で勝手に使用することは許されませんわ。何に使用したのかは、既に分かっております。パセリさんへのドレスや宝石などの贈り物に色々ですわね。もちろん、セージ様だけが生徒会費用を勝手に使用したのではない事は分かっておりますので、ご安心下さいね」
ローズマリーは、一歩前に出て貴族令嬢としての完璧な礼をすると、終始笑顔でにこやかにすらすらと口にして、『ざまぁ』を決行していった。ローズマリーの言葉が進むにつれ、セージ王子たちはダラダラと冷や汗を流しながら更に顔色を悪くしていく。
そんな中、パセリだけは唇を噛みしめながらローズマリーを物凄い視線で睨み付けていた。そんなパセリの視線に気づいたのか気づいていないのか、ローズマリーはにっこりと聖母のような微笑みを浮かべる。
「セージ様、『ざまぁ』ですわ」
「……っ?」
青い顔色でローズマリーの言葉に怪訝そうに瞬きをするセージ王子の横で、パセリは驚愕の表情をして額に青筋を浮かべ怒りでプルプルと震えた。そして、ずいっと前に出ると頭に血が上ったまま、ローズマリーをピシッと指差す。
「あんたも転生者だったのね! だから、バグが起こってハーブ様をものにできなかったんだわ。あんたは悪役令嬢ローズマリーなのよ。ゲーム通りに動きなさいよ。本当ならあんたが断罪されるはずなのに! こんなのおかしいじゃないの! 私はヒロインなの。この世界は私中心に回っているのよ! 美しい男はみんな私にかしずくの。美男はみんな私のものなのよ!」
はぁはぁと一気に怒りのまま怒鳴るパセリの豹変した姿に、姫を守る筈のセージ王子たち五人の騎士は、呆然と信じられないものを見るかのように口をポカンと開けて目を見開いていた。
ハーブ王子は、そんなパセリを蔑み、とうとう本性を現したなと思いながら馬鹿にしたように眺めている。
この場にいるほとんどの者が、パセリの言う内容を正確に理解できずにいたが、ただパセリがとんでもない性悪女だと言うことは理解した。周囲がざわつき、不敬だという言葉が聞こえてくる。
「「「「「パ……パ、セリ……!?」」」」」
尚もポカンと口を開きパクパクさせながら、セージ王子たち五人は何とかパセリの名前を口にするのだが、頭の中は混乱していてこの状況を理解していない様子である。自分たちが愛した清らかな少女だった筈の真逆の真の姿を認めたくないだけなのかも知れないのだが……。
一方、ローズマリーは、自分をプルプルと指差して怒鳴るパセリをキョトンと眺めながら首を傾げていた。不思議そうにじっとパセリを見つめる。
「あの……パセリさん、仰っている意味がよく分からないのですが……。てん、せい? 馬具? そもそも世界が貴女を中心に回っていることなんてありえませんわ。世界は、世界中の人々皆様を中心に回っていると私は思っておりますので……。それに、淑女とあろう令嬢がはしたないですわ。男性が全て自分のものだなんて、あぁ……何て恥ずかしいお言葉を……」
「ふざけるな。このっ、転生者の癖に誤魔化すんじゃないわよ! 悪役令嬢ローズマリーの癖に、アンタなんか本当なら断罪されて、追放か幽閉か死刑なのよ。私のチートハーレムを返しなさいよ! 今からでも遅くないわ。アンタ、死になさいよ!」
殺さんばかりの物凄い鬼気迫る表情でローズマリーを見つめるパセリは、側で呆然としたままのセージ王子の腰にあった装飾品である短剣を引き抜いた。装飾品とは言え、殺傷能力は十分にある。
そのままパセリが短剣を手に怒りのままローズマリーへと突進すると、ローズマリーを守るように前にサッと出たハーブ王子は難なくパセリの手首を捻り、短剣を叩き落とした。
「大丈夫か? ローズマリー」
「はい……」
「まさか、ここまで愚かだったとは……。済まない。私の読み違いだ」
「いいえ、ハーブ様は何も悪くありませんわ。守って下さり、ありがとうございました」
微笑み合うハーブ王子とローズマリーの近くでパセリは崩れ落ち座り込む。
「何なのよ。こんなのおかしいの! ヒロインは私なの!」
落ちた短剣を拾うためにパセリの近くへ寄ったハーブ王子は、意地悪く小さく囁いた。
「俺のヒロインはローズマリーだ。お前みたいな性悪女狐じゃねぇよ、転生者。ざまぁ」
「……っ!?」
愕然とした表情でガバッと顔を上げ、ハーブ王子をマジマジと見つめるパセリ。ハーブ王子は素知らぬ表情で、短剣を側に控える騎士に渡すとパセリを冷たく睨み付けた。
「私の大切なローズマリーを傷つけようとは! そこのパセリとかいう者を連行しろ!」
「「「「「パ……パセリ……」」」」」
「転生者は、アンタだったのー!? バグよバグ、早くリセットしないと。これは夢なのよ。だって、私はヒロインだもの。こんなの嘘よー!」
一連のパセリの言動に全く動けずに固まったままのセージ王子たち五人は、騎士に連れ去られていく訳の分からないことを叫び続けるパセリを呆然と見送るしか出来なかった。おそらくパセリはもう助けられまいと五人は思った。
「さて、セージたちよ」
ハーブ王子の低い声にビクッと五人は肩を震わす。
「あ……兄上……」
「セージ、この度のお前の仕出かした事、もう理解したな。何度、忠告した事か……。それなのに残念に思うぞ」
「兄上……すみません。私は、どこから間違えたのでしょうね……。一体、パセリのどこを見ていたのでしょう。ローズマリー、本当に済まなかった」
まるで憑き物が落ちたような表情を浮かべたセージ王子は、ハーブ王子とローズマリーを見つめ深く頭を下げた。セージ王子を真似るように他の四人も謝ってくる。だが、仕出かした愚かな罪は消えない。五人は、騎士に連行されていく。
この後、調書を取られ、貴族法に則り処罰を申しつけられるだろう。また、各々の生家から放逐されるだろうことは容易に想像できる。
ローズマリーは肩をしょんぼりと落として去っていくセージ王子たちを見つめながら、『ざまぁ』とは考えていた時は楽しかったけれど、実際に行ってみると後味の悪いものだと思った。想像していたよりも気分がすっきりしなかったのだ。
その後、ローズマリーは、セージ王子たちの罪を少しでも軽くできないかと、陛下に直談判してお願いする。それは、弟であるセージ王子をどこか寂しそうに悲しそうに見送っていたハーブ王子のためでもあった。ローズマリーは、幼い頃から仲の良い二人の兄弟王子をずっと側で見て来たから……。
結局、罪は罪のため、セージ王子を含め皆許されず平民となってしまったのだが、その後、五人は力を合わせ小さな店を立ち上げ商売を始めた。
やがて、その商売は大成功を治め国一番の商家へと発展していき、貴族や王族とも良い関係性を持つ事になる。
時々、ふらっと店に訪れる王太子夫妻と良き関係で楽し気にたわいない話でティータイムを過ごす元弟王子夫妻の姿もあったと言われている。
*************
主な登場人物のその後
ハーブ王子……見事にローズマリーを射止め、婚約し結婚する。世界で一番の幸せ者は自分だと豪語。国王になってからの国はより豊かに発展安定し、賢王として名高い。愛する妻と子供にめろめろである。
ローズマリー……ハーブ王子の激しいラブラブアタックに早々に降参し、婚約する。結婚後、二男二女に恵まれ、生涯愛し愛され幸せに暮らす。
タイム……口喧嘩ばかりしていたのに、いつの間にかミントに惚れてしまい婚約、結婚。ハーブが国王になると同時に宰相になる。切れのよい意見を出したりして、友人として宰相として生涯ハーブ国王を補佐する。
ミント……同じくいつの間にかタイムを好きになってしまい、婚約、結婚。ローズマリーと同じく二男二女に恵まれる。ローズマリーとの親交は絶えず、子供たちを含めてずっと仲良く生涯一緒の時を過ごす。
セージ元王子……平民になってからかなりの苦労をするが、商売が成功してからとんとん調子よくいく。裏でこっそりとハーブやローズマリーたちの助けがあったとか……。商売で世界を旅している時に出会った女性と恋に落ち、そのまま結婚。一男一女をもうけ、穏やかで幸せに暮らしている。兄夫婦には頭が上がらない。
側近四名……同じく平民になってからかなりの苦労をするが、セージを助け必死に頑張っていく。各々商売で知り合った女性と結婚して、幸せに暮らしている。
パセリ……男爵家から放逐。調書を取ろうにも、「私はヒロインなの。リセット、リセット」と訳の分からないことをぶつぶつ呟き続け、やがて病死したとか……。詳しくは不明。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
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日間異世界転生ランキング4位(11/18)なんて、いつの間にと、びっくりしました。嬉しいです。大感謝。
次は何を書こうかと、モチベーションが上がります。