怪盗より愛をこめて
――チュリル伯爵、贋作を作成・売買、詐欺で検挙。お手柄探偵の正体は!?
――怪盗クロウ、初めての失敗! ライバルはなんと伯爵家の令嬢探偵
次々飛びこんでくる新聞の見出しに、オクタヴィアは溜め息を吐いた。ささくれ立つ気持ちを押さえようと、テーブルの上にあるクッキーをぼりぼりと何枚も頬張り、最後に紅茶を飲み干す。
「どうしたの、クッキーはお気に召さなかった?」
テーブルを挟んだ向かいのソファで、レイヴンが郵便物の仕分けをしながら尋ねる。
気まずいものを感じながら、オクタヴィアは答えた。
「いやうまい。お前の菓子選びのセンスは最高だ」
「でもご機嫌ななめだ。どうしたの? こんなに仕事の依頼がきてるのに」
連日新聞があおり立てるせいでいきなり増えた、依頼の手紙を示される。
郵便受けからはみ出るほど積まれたそれに呆然としていたら、レイヴンがいつものように菓子を片手にやってきて当たり前のように仕分けを始めたのだ。『このままだと名実ともに助手にさせられてしまうぞ、オクタヴィア』というのは、今日は応接間の帽子かけでぶらさがっているハットの言である。
「……どうしたもこうしたも、色々……」
うまく言えず語尾を濁しているとレイヴンの手が伸びてきて、持っていた新聞を取りあげられた。
「どれどれ。――悪くないじゃないか。君にずいぶん好意的だ。嬉しいね。君の実力が認められたんだよ」
「……何か違う。クロウが何も盗まなかったわけではないし……」
むしろ、クロウが盗んでいったもののほうがオクタヴィアの本命だった。レイヴンが苦笑いする。
「そういう謙虚さは君の美徳だね。でも、チュリル伯爵の悪事を暴いたのは君だよ?」
「別に私が暴いたわけじゃない。画家を見つけただけで……」
「その着眼点がよかったわけじゃないか。君があのあとすぐさがさなければ、あの画家は死んでいたかもしれないだろう?」
レイヴンはほめてくれるが複雑だ。
あの絵の具は、ハットが目録と一致させる作業により、悪魔の遺産ではなくなった。故にあの絵の具で描かれた『天使の晩餐』も効力を失い、絵の具の部分は消えてもおかしくなかったのだが、あの絵の具は画家の絵を気に入っていたのだろう。まるで正規の使用者が使ったかのように、そのままの形で絵は残った。
もう普通の絵となんら変わらないので、危険はない。
だからオクタヴィアは絵の具の意を汲んでやろうと思っただけだ。
あの画家の記憶を、悪魔の遺産を使った事実だけなくした。そうして「贋作を描いた『天使の晩餐』の作者だ」と告げて、アシュトン警部に引き渡した。そこからはすべてアシュトン警部の働きである。
律儀なことに、アシュトンはその後の経緯まで報告してくれた。
画家はだいぶ衰弱していたが、素直にすべてを白状した。チュリル伯爵は最初こそ、絵の前で死んでいた画家が生きていたことに驚き、震えながら自分は被害者だと主張していた。だがそこへ、行方不明だった使用人のひとりが戻ってきて、自分もその贋作の売買の手伝いをさせられたこと、手を引こうとしたところでチュリル伯爵に殺されかけたことを証言した。それで真っ青になったチュリル伯爵は罪を認めたのだ――死んだと思った画家が生きているだけならまだしも、殺したはずの使用人まで生きていたことが、よほど堪えたらしい。髪もすべて抜け落ち、ふくよかだった体型も肉が落ちてげっそりとして、今は見る影もないとアシュトンは言っていた。
チュリル伯爵の言っていることもあながち妄言とは言えない。使用人も、てっきり自分は死んだと思っていたそうだ。そして今までどこにと問えば「天使の晩餐の中にいた」と言うものだから、いよいよもって『天使の晩餐』の知名度はあがった。
「それに、あの画家を助けたのはお前だろう」
「まあ、あの場に居合わせた縁だしね」
そして画家は、獄中で新しいパトロンを得ることになった。レイヴン・エル・オズヴァード侯爵が紹介した美術商だ。堅実で、審美眼に定評のある人物だと聞いている。
「でもそれも結局、あの画家が生きて罪を認めたからこその話だよ。『天使の晩餐』だって、贋作画家が描いた絵だと焼き払われてもおかしくなかった。だから、あの画家の命を救ったのは君だ」
「……そこまで考えてなかった。皆、褒めすぎだ」
しかめっ面のオクタヴィアにレイヴンが笑う。
「世間の評価なら、気にしなくていいよ。どうせ君が何か失敗したらすぐ手のひらを返すんだから」
「……そういうものか?」
「そうだよ。でも、私は君が素晴らしい仕事をしたと思っているからね。それは覚えておいて」
レイヴンの念押しに、まばたく。嫌な気はしなかった――むしろ、力が抜けた。
「そうか。……なんでだろうな、お前がほめるのは悪い気はしない」
今度はレイヴンがまばたいた。仕分けの手を止めて、何か考えている。
「それはどういう意味――」
「そういえばお前、怪盗クロウの顔を見なかったか? チュリル伯爵と逃げるとき、怪盗クロウに何か嗅がされて気絶したって言ってただろう」
何やらレイヴンは動きを止めたあとで、にっこり笑い返した。
「残念、見なかったよ。なにせ背後から、しかも一瞬だったからね」
「そうか……何か覚えてないか。顔とか、身長とか当たりはつけられないか?」
「いきなり熱心だね」
「捕まえないといけないと思ってるんだ、本気で」
あの男が悪魔の遺産を集めているのははっきりした。その正体も考えもわからないが、わかりやすく商売敵である。
「情報を集めて対策を取りたい」
真剣に言ったのに、なぜか幾分かさめた目で、レイヴンがまた仕分けを始める。
「へえ。またどうして?」
「殺さないようにしないといけないだろう」
「なるほ……う、うん? なんて?」
「容赦のしかたがわからなくて。手加減はできなさそうだから」
ふうっと息を吐いて、オクタヴィアは真剣につぶやく。
「翼を折るのは当然として、両脚を切るくらいは大丈夫だろうか……?」
「いやだめだと思うな!?」
「どうしてわかる」
「そ、れは……いや、普通に考えればそうなるよ」
「そうなのか……なら全身複雑骨折にしよう。そうしたら絶対に逃げられな」
「それもだめじゃないかな!?」
方針が決められない間に、呼び鈴が鳴った。ほっとしたようにレイヴンが中腰になって言う。
「私が出てくるね」
「いや、私が出る。お前はここで」
「でも」
「仕分けは苦手なんだ。頼む」
レイヴンは瞠目したあと、笑って座り直した。
帽子を取るのは忘れずに、オクタヴィアは廊下を進む。帽子を頭にかぶると、早速ハットがしゃべった。
『おい、あいつを調子に乗らせるな。あと仕事にも関わらせるな』
「うーん。お前の言いたいことはわかるが、最近、抵抗するだけ無駄な気がして……」
『そう言うな! 頑張れ!』
「と言われてもな……助手になってもらおうかと思ってる、本気で」
ぎょっとしたようにハットが頭の上で伸びた。
『正気か!?』
「頼りになるだろう。私は事務的な作業は苦手だし、もし本当に仕事が増えたら依頼の断りだけでも処理できる自信がない。それに、おいしいお菓子を持ってきてくれるし」
『それが本音だろう! かんっぜんに食欲目当てではないか!』
「――あれ?」
玄関をあけたオクタヴィアは、人影がないことにまばたいた。ぐるりと周囲を見回しても、誰もいない。近くで子どもが遊んでいるのか、はしゃいでいる声がどこかから聞こえるばかりだ。
『なんだ、悪戯か? 迷惑な』
「……いや」
踵を返そうとして、ちょうど足先に落ちているものに気づいた。
白い封筒だ。封はされておらず、出てきた中はこれまた白いカードと、一枚のチケットだった。
カードを見たハットが戸惑った声をあげる。
『予告状ではないか!』
――探偵さんへ
次は豪華客船の万年筆をいただきに参ります
ゆっくり目を細めたオクタヴィアは、ぐしゃりと片手でカードを握りつぶした。
■
つい笑い声がこぼれそうになるのを必死にこらえる。だがこの屋敷は宝の山。少しでも変な素振りを見せれば、帝國の女王陛下の道具たちがきっと告げ口に走るだろう。
だから堪えたまま手元の作業に集中しようとするが、戻ってきた彼女がどんな顔をしているのか楽しみでしかたなくて、口元がゆるむのを止められない。
だから、本当に小さく、誰にも聞こえないように、誰も覚えていないはずの言葉を唱えた。
「Catch me, Miss Detective?」
――私をつかまえてごらん、探偵さん?
怪盗より愛を込めて紡ぐ。女王陛下よりそちらのほうが、彼女の呼び名にふさわしいだろうから。
ここまで読んでくださって有り難うございました~!
ひとまず完結ということで、完結表示にしようかどうか悩んだんですが、「楽しい追いかけっこはこれからでは……?」という思いもあり、続きはまた時間ができたときに書ければという超希望的観測にしたがって連載表示のまま残しておくことにしました。
探偵と怪盗のカップルを書きたいという勢いだけで書いたので、ミステリーになっているわけではなく、ただこういうネタ好きだよ!!ってひとに発見して読んで頂けてとても嬉しかったです。
ブクマも評価はもちろん、感想など本当に励みになりました、有り難うございました!
引き続きオクタヴィアたちを応援して頂けたら幸いです。