(ブレンダの視点)ヴィットリーオの退屈しのぎ
学校から戻ると、桔梗離宮に行っていたケイティから報告を受けた。ターニャが眠った後にベアトリーチェに呼びかけるということなので、充分に気を付けるように伝えた。
部屋に戻って着替えを済ませ、双鷲の堂舎に行く支度をする。ウェンディから渡された剣を腰に差したところで、思い出した。
「そうだ、ウェンディ。ヴィットリーオを呼んできてきてくれないか」
「かしこまりました」
すぐにウェンディがヴィットリーオを連れて戻ってきた。
「何か御用ですか?」
「ヴィットリーオ、退屈させてしまっているのなら済まない。ターニャは週末には平常通りに戻るらしいので、そうしたらまた護衛任務に付いて欲しいのだ」
「かしこまりました。とくに退屈はしておりませんので大丈夫ですよ」
ヴィットリーオが頷いた。私は言葉を続ける。
「それまでは臨時に私の護衛として一緒に行動して欲しいのだがどうかな?」
「よろしいのですか?」
「うん。もっとも、大したところに行くわけでもないが、後宮でぶらぶらしているよりは良いだろう」
「ありがとうございます。では、ターニャ様が復帰されるまでよろしくお願いいたします」
「うん。では、さっそく双鷲の堂舎に行くぞ」
堂舎は王宮に隣接する建物なので、馬車を使う必要はない。後宮から徒歩でも行ける。
「ヴィットリーオは護衛として私の後ろを頼む」
団長室に入り、いつも通り執務をこなしていく。書類に目を通しつつ、次々とやってくる報告にも対応しなくてはいけない。
「ウェンディ殿は護衛というより、副官なのですね」
執務が一段落して、ようやくお茶を口にした私にヴィットリーオが言った。
「ああ、ウェンディがいなくてはとても回らないよ」
「私は少しだけお手伝いをしているだけですよ」ウェンディがちょっとはにかむ。
「だから護衛を増やしてウェンディの負担を減らしたいとは前々から思っていたのだ。短い期間でもヴィットリーオが来てくれて助かるよ」
私は基本的に常に護衛を付けなければならない。だが、ウェンディは執務で他の部屋に行かなくてはならないことも多い。その度に他の騎士を呼んだりしなくてはならず面倒この上ない。
「正式に他の方に護衛を頼んでもよろしいのではないのですか? 側近は他にもいらっしゃるでしょう」ヴィットリーオが疑問を口にする。
「そうなのだけど、団長代行は夏までだし、身近に置くとなると人選もなかなか面倒なのだ」
ウェンディのような護衛を増やすなら、相当に厳しい選考をする必要がある。しかも、私が次期王になるとなれば、将来的には王の護衛騎士だ。簡単には選べない。
「それで臨時に私ということですか」
「ああ、信用していると思ってくれていいし、お前が私に害を為すつもりなら護衛であろうとなかろうと簡単なことだろう?」
「害など為すはずもありませんが、その通りですね」
その後も執務をこなしていく。みな私の後ろに立つヴィットリーオにちょっと驚いたように視線を向けるが、すぐにターニャの護衛と気付いて納得するようだ。
「どうかな、我が騎士団の運営状況は?」
本日分の執務を終わらせて、帰りの支度をしつつヴィットリーオに執務の印象を尋ねてみた。
「大変規律正しい組織ですね。ただ、ずいぶんと書類が多いですね」
「うん、だがこれだけ大きい組織だとある程度は仕方ないのだ。口頭だけでは命令も情報共有も完全にはできないからな」
「そうですね。記憶はあやふやなものです」
夕食は国王陛下とだ。ここでもヴィットリーオには護衛に付いてもらう。ウェンディの給仕で食事が進む。
「ヴィーシュ侯は帰られたそうですね」
「うむ。ターニャもずいぶん良くなったので帰ると使いが来た」
「ターニャを連れて帰るのではないかと思っていました」
「ヴィーシュ侯は連れて帰ろうとしていたのかもしれぬな。だが、ターニャは途中で物事を投げ出すような娘ではない」
あまり接触はないはずだが、さすが父親と言うべきか。よく見ている。ああ見えてターニャは芯がしっかりしている。
「週末にはマリアベーラ様も帰られるそうですね。ターニャはそのまま離宮で暮らしてもうようにするつもりです」
「良いのか?」
「はい。警備や連絡体制を見直しましたので大丈夫です」
何が起こるか分からなかったのでケイティとアグネーゼ、ターニャには後宮に移ってもらっていたが、何か起こればすぐに連絡が回るように騎士団の数や配置を見直したのだ。これで今まで通り離宮で生活してもらえる。
その上、クラインヴァインが夏まで動かないと約束してくれたとのことなので、しばらくは動きはないと思う。これについてはヴィットリーオがいないところで報告するつもりだ。
「それと、ケイティがアグネーゼからの手紙を預かってきています」私はウェンディに手紙を渡し、国王陛下にお見せするように頼んだ。「もっとも、無事だから心配しないで、ということくらいしか書いてありませんが」
国王陛下はウェンディから手紙を受け取り、目を通した。そして、「アグネーゼらしいな」と苦笑して、「元気ならば良い」と付け加えた。
「もしや、私がいることで話しにくくなっていませんか?」
夕食を終え部屋に戻るとヴィットリーオが尋ねてきた。私はウェンディがいれてくれたお茶を飲む。
「そんなことはない。今は大して話すことがないだけだよ」
「アグネーゼ様はどうされるのですか?」
「しばらくエーレンスに留まるそうだ。コルヴタールをベアトリーチェに会わせるわけにもいかないし、やむを得ないな」
「そうですね」
ヴィットリーオはベアトリーチェと協力しているはずだ。今回のことはどう思っているのだろう?
「ベアトリーチェはなぜあの場でコルヴタールを撃ったのだろうな?」
「分かりません」ヴィットリーオは首を振った。「誰のシナリオにもなかったことです」
「ヴィットリーオにも予想外だったか」
「私はエスパーではありませんので」苦笑するヴィットリーオ。「しかも顔が見れないベアトリーチェが本当は何を考えているかは分かりかねます」
ベアトリーチェと会えるのはターニャだけだ。だが、そのターニャもあれからベアトリーチェに会えていないという。これでは真意は分からないし、下手な想像は意味がないばかりか道を誤らせるかもしれない。とくに、ヴィットリーオの話は真偽が分かりにくいので、これ以上ベアトリーチェの話は止めておこう。
「そう言えば、ヴィットリーオに聞こうと思っていたことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「もう一人の悪魔、クローヴィンガーとは会っていないのか?」
「会ってはいないのですが、どこにいるかは分かっています。いや、分かっているとは言えないかもしれませんが」
「歯切れが悪いな。どこにいるのだ?」
「こことは別の世界です。アレクシウスたちがいるのとも違う世界ですが」
五人目の悪魔、クローヴィンガーの情報が出てきました。




